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survivor.  作者: ナルガレックス
Vol.1 ノルマンディの焔魔編 序章『絢爛都市へ』
5/7

プロローグ-1『カーンへの旅路』

 パリを発ってから、約2日。陽太はバイクに乗りながら、『白紙』の地表を走っていた。当然、この終末期に優れた文明の利器は残ってはいない。なので、彼の乗っているバイクは一体なんなのか、という話になるのだが。


目的座標(ポイント)まであとどれくらいだ? アトゥム」


 

 白いポロシャツに黒いパンツ。黒いマントを羽織り、ヘルメットすらつけていない陽太は、バイクに視線を向けて話しかける。


『この調子でいくと3時間。けどそろそろ休憩をとった方がいいから、実質的に5時間かな?』


 陽太の問いに、どこからともなく声が返ってくる。


「辛いな……。ま、けどアトゥムにはほんと助けられてるよ」


 一瞬苦悶を漏らして、すぐさま少年はアトゥム……と呼ばれた黒い車体のバイクに感謝を告げる。陽太の乗っているバイク。それはアトゥムが変容した姿だった。初見では陽太も驚かされた。可憐な天使がイカつい二輪車になるなんて、誰が想像できよう。当の本人は、『人類を補佐する機械なんだから、当然じゃん』と笑い飛ばして見せたが。


 空は何一つ変わらない快晴。大気圏(そら)の向こうの太陽は、熱風の威力を弱めていながらも、力強く存在を誇示している。この惑星が侵略者に破壊されてから、『海』というものは消失している。原理はわからない。ただ日本大陸とユーラシア大陸の間に存在する太平洋が()()()()()()にまるまる置き換わっていた。この事実から、陽太は『同じく他の海洋も置換されている可能性がある』……と仮説を立てている。


 そしてこの惑星には、生存者たちの結界(コロニー)が存在する。

それこそが生存圏。陽太たちの目指している『目的座標』にも、()()は存在している。その地点とは———


「けど、ステラ博士が言ってたことは本当なのか?」


 ステラ博士。

先のパリ研究所探索で出会った、政府直属研究科の生き残り。彼女は陽太と別れる前に、この座標を彼に託した。


『嘘じゃないと思うよ。人工密度———『人類存続度(プルーフメーター)は上昇していってる。近くに生存圏があるのは間違いないよ』


 人類存続度。いわば、人口密度。探索範囲にどれだけ人間が存在しているかを示すパラメータと想像してくれたらいい。


「そうか……ま、お前が言うんなら正しいだろうけど。もう少し走ってから休むか。どうやら監視の眼は緩んでるみたいだからな」


 日本の記録書(レポート)にはこんなことが記されていた。

“空に眼アリ。我々は、彼を失明させねばならない”……と。正直なところ、怪文書であるが———彼はこれを『宇宙から地球を監視していた侵略者がいた』と捉えた。それは今も変わらない。何者かに撃ち落とされ、その視力を奪われたのだと。

 

 陽太はその言葉を最後に黙ってしまった。アトゥムもまた、『車体』の運営に集中する。


★★

 『白紙』となった地球でのドライブはとてつもなく退屈だ。なぜなら、風景の変化がないからだ。この上なく単調。街を練り歩く人々の変化や、立ち並ぶ建物の変容もない。このような状況で娯楽を求めてしまうことに罪悪感を覚えるが、それでも吐露したいときは来るものだ。


「退屈だなあ」


 陽太がそう呟いたのは、先ほどの30分後だ。目的地には着々と近づいている。目的達成への前進よりも、現在進行形の退屈さへの陰鬱が暴発した。


「ラジオとかあったらいいんだけどなあ。アトゥムが分身できたら、オレ……そうだな、ワイヤレスイヤホンとモバイルバッテリーになってもらって……」


 うちに秘めていた願いの数々を吐露する陽太。


『私だって分身できたらしたいですよ。人間の補佐……補助が目的なのに、手段が乏しいことに不満を感じているのは事実なんですよ。ただそうなると、寿命(ライフ)が短くなるので……本末転倒ってやつなんでしょうね』


 機能を増やすと、本体の寿命が縮む。陽太はその『欠点』に対して『そこさえなんとかなればなあ』、なんて心の中で意見してみる。


生存圏(コロニー)に専門の技術者とかいればいいんだけどな。けど、そんな都合のいい話期待しても無駄か」


『ワンチャンス……くらいには期待していてもいいんじゃないですか?』


「そうするとしっぺ返しが怖いし……」


 『しっぺ返し』ってなに? と?マークを浮かべるアトゥムと、なんやかんや言って心の中では期待をさてられない陽太。二人の雑談は、案外滞りなく進んでいった。そして、彼らの会話が止まったのはそれからたった数分後。陽太が不意にバイクを止めたことがきっかけだった。


『どうしたの?』


「……いや」


 アトゥムの問いに、陽太は返事を淀ませる。ぎこちない返答に、アトゥムは疑念を抱きながら、自らの視線を陽太の視線と重ねる。そして、陽太の停止の理由に符号がいったのか、『そういうこと』と内心で納得する。


 陽太はバイクから降りる。主が降車したのを確認したアトゥムは、愛らしい幼女の姿に戻る。陽太の視線の先には、少女がうつ伏せに倒れている。年若い、身長の低い少女。肩まで届く髪は鮮烈な赤色。身に纏う純白のワンピースは血で赤く染まっている。弱っているのは、誰から見ても明白だった。陽太は逸る気持ちを抑えられず、走り出してしまう。


『あ、ちょっと待ってよ! 陽太!』


「目の前で人が倒れてるんだ、待てない!」


 振り返ることもなく、一心に少女の元へ走り寄る陽太。再三言おう。彼は、お人よしだ。見知らぬ人間に意識を向けられる、どうしようもない善人なのだ。


 少女の右隣に座り込んだ陽太は、彼女の上体を右手で押し上げて息を確認する。


———頼む。生きててくれ! ()()()()()()()()()()()()


 陽太の心の中の叫びに応えるように、少女は目をゆっくり開ける。あまりにも弱々しい呼吸———震える左手を空に掲げながら。


「———かあ、………さ」


「アトゥム!」


「承認!」


 少女の息を確認した陽太は、間髪おかず、天使の名を大声で叫ぶ。それは、『治療行為を始めてくれ』という合図なのだ。そして、そこから怒涛の治療行為が始まった。


▼△

 20分の救命活動。アトゥムに備え付けられた『医療措置機関(AIDS )によって、少女は命を繋いだ。『白紙』惑星:ノルマンディエリアの近傍で、3人は座り込んでいる。


「ありがとうございます。お母さんに“人類は全滅した”って聞いてたから……助けてもらえるなんて、思ってなくて」


 毛布で身体を覆い隠した少女は、弱々しい声で切り出す。その言葉には、少しの警戒が含まれたままだ。それに対して、陽太は若干の笑みを浮かべながら、


「オレもまさか生き残りがいると……いや、最近会ったばかりだったな。傷はもう大丈夫なのか」


 言葉を返す。彼の表情には歓喜が漏れている。


「はい。おかげさまで」


「ふふん! 私の能力サマサマだね! あとで揚げパンだ!」


「要検討だな」


 アトゥムは、嬉しさを体現するように羽根を上下に揺らす。その様子を優しい目をしながら眺めていた陽太に、少女は話しかける。


「あの、あなた達は一体……? いえ、助けてもらって、嬉しいんですが」


「オレ達は———謎を解くために、この地球を渡り歩いてるもんだ。そうだな。アカギ……って、呼んでくれたらいい」


「———アカギさん」


 少女は言葉を詰まらせる。


「君の名前は?」


「リアム。私のお母さんがくれた名前」


 その返事は重みを感じさせる。陽太は、少し顔を曇らせて——一瞬躊躇してから、話題を切り出す。


「リアム……、いい名前だな。それで、なんであんなところに倒れてたんだ?」


「……私の家が……襲われて………」


 少女の身体が小刻みに揺れる。まるで何かに怯えているように。その双眸には悲壮と恐怖が宿っている。陽太はまだ早かった、と頭をかきながら、


「いや———まだいい。……無理はするな」


 少女の言葉を遮る。


「アトゥム、結界はれるか? 少し離れた場所で休憩しよう」


「了解」


 陽太の問いかけに簡易的な返事をして、アトゥムは“バイク”へと変じる。人のざわめきがとうに消え去った惑星に、猛々しいエンジン音が響く。その変容に、少女は目を見開く。


「すごい……」


「だろ? 2100年の叡智ってやつらしい」


『作ってから人には感謝、だね〜。ほんと、人助けできて嬉しいよ』


「……その状態でも、喋れるんだ……」


 呆然とするリアムに、陽太はリュックサックから取り出した赤いヘルメットを被せる。


「危ないから、これつけとけ」


「……ありがとう」


 出立の準備ができた二人は、バイクにまたがる。数秒の間のあと、二人を乗せた二輪走行車は、休息地に相応しい場所を目指して走り出す。


▼△

 ノルマンディには、今の地球に似合わない絢爛な都市がある。その絢爛都市の見張り塔から、陽太たちの行動の一部始終を監視している者がいた。


「……随分と楽しそうだな、あいつ。地球(わくせい)が死んでも、そこまで健気でいられるのは、なぜなんだ?」


 黒いフードを被った少年は片手をズボンを突っ込んで、忌々しげに呟く。その言葉には疑念と、嫉妬が含まれている。そんな彼の背後には、妖艶な衣装に身を纏った、背丈の高い女が立っている。


「妾の僕、仕事ミスってんじゃん。誰だっけ、担当。()()()()


 女は苛立ちを声に乗せながら、言葉を紡ぐ。


「始末担当はアレ———いえ、5()7()()です」


 タニモトと呼ばれた少年は、振り向きながら答える。その答えを聞いて、女はその可憐な顔立ちを醜悪に歪める。


「あああの女か! 57番は生意気なくせに仕事はできないつっかえない奴だよね〜! 妾にも口答えしたことあったし、正直ムカつくんだよね!そうだ! あの白衣の女に申し込んで死刑にしてもらおうかな!?」


 叫ぶ。叫ぶ。嫌なやつ(けんきゅうしゃ)を処分できる名目が生まれて狂乱する長身の女。少年タニモトは、脳裏である人物の名前を浮かべている。


「……リゼさんか」


「そう! あの女は処刑人と素晴らしいよ! いや、彼女というより、彼女の技術なんだけど———」


「『オックスフォードの異端児』……世界が誇る頭脳だったんですから、当然でしょう。それよりも、()()()()()()?」


 タニモトの声色が変わる。真剣みを帯びた問いかけに、女は狂乱の舞を止めて、少年に背中を向けてこう告げた。


()()()()()。貴様は優秀だから、期待しているよ」


「———ありがたきお言葉」


「じゃあ私は虫を痛ぶってくるよ! わるーい子には折檻が必要だもんね〜!」


 子供っぽい、無邪気を感じさせる声と共に、女が見張り塔から去る。


▼△

 誰もいなくなった見張り塔。

少年はフードを外し、空を見上げながら呟く。


「———赤城陽太」


 タニモトは一瞬、彼との記憶を懐かしむも、すぐに脳裏から消し去る。今の自分には必要のない記憶だ、と。自らを戒めるように。そうして、少年も見張り塔を去った。

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