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survivor.  作者: ナルガレックス
プロローグ《放浪》
3/7

第3話『慚愧も慟哭も書き捨てて』

  フランス•パリ。かつて華の都と謳われたその場所の地下に眠っていた『研究所』。ナニかによって滅ぼされた地球文明を渡り歩く少年は、人類が遺した文明の痕跡を訪れていた。少年……仮称、陽太(ヒナタ)は探索の中で解錠されている研究室を発見する。


「なんだよ……これ。ってか、酷い臭い……人間(死体)、腐ってるんじゃねえの……」


 陽太は酷い臭いに耐えきれなかったのか、鼻を手でつまむ。


「ああ、腐敗臭ってやつ? 私には検知機能(かんかく)がないからわからないや。ふふ、面白い顔」


 フフ、と陽太の顔を指差して可愛く嗤う少女。

彼女は、人類補佐端末アトゥム。『侵略』の生存者である陽太をサポートし、彼の目的である『人類壊滅の謎を暴くこと』のお手伝いをする少女だ。


「なに笑ってるんだよ。ったく、ロボットはいいよな。視覚()聴覚(みみ)もあるのに、嗅覚(はな)だけないなんて。都合のいい身体だよな」


 陽太は、研究員(したい)が握っている書類を手にとるようにしゃがみ込む。今はなんでもいいから情報が欲しい。地球文明壊滅の謎を暴く手がかりがあれば万々歳だ。


「実際最適化されていると思うよ。人類とのコミュニケーションには、喋る力(ことば)聴く力(はんすう)があればいいんだから」


 アトゥムは、研究員のすぐ隣で絶命している『アリ』に視線を向ける。


「……それよりも、これって」


 書類を手に握って立ち上がった陽太に、アトゥムは問いを投げる。


「クソアリの残党か。……親を殺しても、子が死ぬわけじゃないしな。コロニーを作られてたら面倒だし、非重要任務(サブタスク)程度に考えておくか」


 陽太はそこまで真剣に捉えることはなく、血で汚れた書類の束を指でパチン、と弾いて、アトゥムに返事をする。巨大なアリ……より正確に言うなら『ヒアリ』はひっくりかえって、無様に力尽きていた。陽太はその親個体との戦闘経験もあるが、さしたる脅威でもなかった故に、その子どもを危険視することはしない。陽太の行動原理と照らし合わせて見れば、巨大火蟻の残党問題は大したものではない。


「それよりも今はこっちだ。どれどれ……ったく、題名は読めないな。まあいいや、本文が読めたらそれでいいや」


 陽太の意識はてっきり文章の方に写っている。アトゥムも呆れ気味に、陽太が目を通している書類を覗き見る。


“『■■■—作戦及び■■■■——作戦:提■書』……——は自国の防衛の為に■■を濫用することを、正式に——に■■■■た”


“我々は■■に浮かぶあの要塞、忌まわしい——を■■■■す為、『世界戦力』の■■を行う。■■改定時刻:——時間PM 12:38”


「……なんだよ、本文もまともに読めないじゃん。いや待てよ『世界戦力』ってのは、初めてみたぞ」


「最後の文は読めるよ。“また、世界戦力の詳細については2枚目を参照せよ”……だって」


 陽太は素早く、一枚目を3枚目の後ろに移動させ、2枚目の書類に目を通す。


“世界戦力の一騎目、仮称/ジュワユーズの完成を報告。魔術の質においても、肉弾戦においても上質な戦果を得られるよう、調整した。彼の投入は、地球の保護のため正当化されるものとする”


「……アトゥム以外にも補佐稼働式(いぶつ)が作られていたのか?」


“ジュワユーズ。我が国が全力をあげて作成した、()()()()。魔術適性を人為的に向上させ、個人の戦闘力を上昇させる。また、身体能力に関しても同様に設計する”


「人間を兵器に……倫理的に大丈夫なのか? 法律とかで規制されてるんじゃないのか?」


 当然の疑問。少なくとも陽太が最後に目覚めていた時代……2015年では、すべての人間に権利が与えられ、尊厳凌辱の禁止を敷いていたはずだ。それとも90年もの年月があれば、国家の考え方も変わってくるのか。


『余裕がなかった。なりふり構ってられなかったんだよ、きっと。緊急時には君だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………」


 悍ましい結論だ。いくら人命のためとはいえ、一人の人間を蔑ろにするなんて、どれほど差し迫っていたというんだ。陽太は唇を噛んで、胸の中でそんな疑問を抱く。


“被験改造体 名前 ■■■■■・■■■■。

改造者 ■■■■■■”


「被験改造体……被験? 待て、それじゃあ。そのジュワユーズってのは」


「生身の人間だったんだよ、多分。政府に抜擢か、申告か、どうしたかはわからないけど。人類の終末期……2099年には、『生身の人間を兵器として扱ってはいけない』、そんな当たり前の法律(ルール)すら軽んじられたんだろうね。地球という財産を守るためなら、人一人の命なんてアリみたいなものなんだよ」


「…………」


 胸が痛む。この被験者は、見ず知らずの大人数を救うために、その尊い命を投げ打った。彼にも家族がいただろうに。彼にも友人がいたんだろうに。


「憐れむのはダメだよ、陽太。それは彼に対する侮辱だ。彼は自分の意思でそれを望んだんだ。その覚悟を憐れむのは、失礼になるよ」

 

 言葉が出ない。陽太は黙ったまま、書類を読み進める。


“戦闘記録:移動侵略要塞ウラヌス

被験者戦果:討伐”


 機械的な報告が、そこには記してあった。血に汚れて、かすれた『討伐』の文字。生身の人間が改造を経たとはいえ、侵略者を討伐した。その価値は計り知れないはずだ。こんな紙っきれの片端にポツリと記述されて、済まされるはずではないのに。彼には、その歴史に見合うような報いが与えられたのだろうか———


「いや、今はそっちじゃないな。空中侵略要塞………ロシアと中国のやつが書いてたのは本当だったのか」


 空に浮かんでいたという空中要塞。その威容は失われて久しい。人類を殲滅し、文明を侵蝕し、地球を漂白したもの。ロシアでは『戦闘機』。中国では『蠢く巨城』。そしてここパリでは———


「『植物』……城で戦闘機で植物って、どういうことだよ。侵略者ってのは物理法則とか無視できるのか」


 性質を比喩してそう記述されているのか。

それとも、()()()()()()()。陽太には判別することができない。なんせ相手は超文明。どんなインチキ性能を備えてるかもわからない。疑問を積もらせながら、陽太は資料を読み進める。数分読み続けたところで、陽太は『よし』と言って踵を返す。


「もういいの?」


「おう、収穫はあった。『世界戦力』と『要塞(ウラヌス)』の情報が得られただけで上々だしな」


 この研究室で得られた成果は大きい。分岐点は2050年であり——分岐を決定的にした出来事が2099年にあった。詳細は記されていなかったが、次の研究所への期待が高まった。


「じゃあ、本題いくか」


 研究室を出た陽太は右へと曲がり、『本来の目的』を果たすべく、研究所のさらに奥を目指していく。

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