表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
survivor.  作者: ナルガレックス
プロローグ《放浪》
2/7

第2話『記録/■■の患者』

 ———意味不明。それが、少年の世界の惨状に対する感想であった。療養のため眠っていたら、起きてみれば誰もいない。驚くべきことに、()()()()()()()()()()()()()。目覚めた場所は、誰もいないコンクリートの暗い部屋の中。陽の光を求めて、彷徨ってみれば、この始末。灰色の宙に、赤い大地と海。旧約聖書に記された終末に見紛う凄惨さだ。人類の営みは軒並み失われている。文明の累積はこれでもかというくらい、崩されている。


「……マジかよ」


 状況把握に使おうとしたスマートフォンも、今や電気を失い、活動する力を失くしている。少年はため息をつく。そして、どこに向かうわけでもなく———放浪を始めた。


 少年は、高い知的好奇心を有していた。悪く言えば物好き。疑問を疑問として放置することに嫌悪感を抱き、疑問を解決できたら悦に浸れる。歩く辞書。知的好奇心の怪物。彼の日常は、そんな『欲』を満たし続けるだけのものであった。先生は、それを殊勝な心がけと讃えた。生徒は、それを“うざい”と罵倒した。疑問はなくしたい。それは即ち、適当を許さないということと同義なのだ。


 やがて彼は疎まれる存在になった。

史実に在るソクラテスがそうであったように。孤独な探究者。

それが、2014年までの■■陽太の在り方だった。


 病というものは理不尽なものだ。たとえば、風邪。たとえば、インフルエンザ。たとえば、骨折。たとえば———挙げ始めるとキリがないものだが、中には()()()()()()()()()()()ものもある。それが、歴史的な黒死病(ペスト)であったりだとか、狂犬病(ドッグマーダー)といったもの。致死率100%。こちらの事情なんて知ったことないと、自分勝手に死を押し付けてくる。2015年1月1日。陽太が罹患した病も、この類のものだった。


『ん……これはダメですねえ。今までのどのウィルスとも合致しない……症状とも合わない。まったく……新しい症例だ』


———原因不明(わからない)を聴いた。


『むう……ウィルスの正体がわからなければ、治療法を模索できない。とにかく、今の全力を尽くしますが……』


———治療不能(できない)を聴いた。


 その言葉に、陽太はひどくもどかしさを感じる。なぜわからないのか。医師たちは三日三晩、新たなウィルスの研究に明け暮れている。なのに判明し(わから)ない。國が持つ叡智、その全てを結集しても、陽太の病気の原因はわからない。それを聴いて、陽太は絶望する。『わからない』という事実に、とてつもない嫌悪感を抱いた。そうして、抵抗の3ヶ月間が過ぎようとしていた、4月4週目の土曜日。病に伏していた陽太の元に、ある人物が病室に尋ねにくる。


『君が例の患者かい? いっや〜、『医学の大御所さん』にお願いされたら無視するわけにはいかなくてさ〜。急遽、君を担当することになったんだ〜、よろしく〜』


 ……陽気な声が病室の外から聞こえてくる。声の主は、勢いよく病室の扉を開ける。……学校に初めてきた小学生じゃないだから……と陽太は内心思いながら、自身のことを担当することになったという女性に視線を向ける。豊満な身体つきだ。女性として完成されている。それでいて、手足は彫刻のように美しい。汚れのない白いキャンパスのよう。青い双眸は、凛としていて気高さを感じさせる。……陽太は、その容姿と発言のギャップに、少々驚いた。


「……なにさその目は。まるで変人を見る視線じゃないか、それは。ああ、私の服装が()()()?」


「いえ……別に」


 少年は女性に向けていた視線をずらしながら、小さく呟く。病室を訪ねてきた女性は、白い病室には似合わない、派手でふしだらな服装に身を包んでいる。デニム生地のハーフパンツに、へそが見える丈のTシャツは、扇情的なものを感じさせる。


「自己紹介を済ませておこう。私はシエル。偉大なる医脳(グランドオーナー)からの指令を受けて、貴方を視察することになったさすらいの看護師です」


 シエルは黒く、艶やかな髪を揺らして、右手を腰にあてる。


「貴方は大変珍しい病に罹患していると聞いています。

 珍しい物好き(ものずき)の私からしてみれば、お宝のようなものなので、推薦がなくともいずれ自分で視察しにくるつもりでしたけど……まあ、予定が早まったってことでね」


 看護師を名乗る不審者は、陽太に意識を向けることなく、寝台の隣に置かれた丸椅子に座る。その所作は、やはり慎ましい女性を感じさせる。

———服装に気は遣わないのか、と陽太は内心考えていたが、口には出さないことにした。


「さて、診問でも始めましょうか。難しいことは要求しません。ただ私の質問に答えてくれれば結構ですので」


「……はい」


 ———どうせ診てくれる先生が変わっても結果は一緒だろう……と陽太は懐疑心を抱いていたが、渋々、看護師を名乗る不審者の診問とやらを承諾する。陽太はそれを無駄と疑っていながらも、人の善意を無碍にすることはできない。結果には期待せず、不審者の診察を受けることにした。


「では早速。貴方が罹ったというその病……症状はいつから?」


「今年の一月からです」


「災難ですね。で、この3ヶ月間で病状の改善は見られない、と」


「先生もお手上げみたいで……」


「……まあいいでしょう」


 シエルは一瞬、寝台で寝たきりの陽太に目を向けて、即座にカルテに視線に戻す。


「結論から言うと、貴方の病気(それ)は地球由来のものではありません」


「———は? なんだって、今、せんせい」


 陽太は、シエルから放たれた言葉の意味を理解することができない。『地球由来のものではない』。その言葉は———本当にそのままの意味なのか? 陽太は頭の中で思考を巡らせる。シエルは右脚を左脚の上に乗せて、さらに脚の付け根を支えに頬杖をついて、先ほどの衝撃的事実について語り始める。


「貴方の病気は地球由来のものではありません。一般の医師団では、散々リソースを費やして『わかりません』と結果を投げるのが限度でしょうけど、()()()はその先をいっています」


 理解の追いつかない陽太を置き去りに、シエルは一方的な語りを続ける。


「視点の多さの違いですね。彼ら医師団は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………?」


「たとえば、貴方の左腕。尋常じゃないくらい壊死してるでしょう」


「な、なんでそれを!」


調査書(カルテ)です。院長に頼んで、作らせました。貴方の腕の損傷ははっきり言って異常です」


 それからも話は続いた。陽太にとって一番気になるのはやはり、『自分の患っている病気が地球産のものではない』という話だった。

 では、どこからやってきた病気なのか?

 これが次にやってくる妥当な疑問である。が、シエルはその答えを彼に教えることはなかった。


『……と、いっても。()()もその正体までは掴めていない。

ただ、()()()()()()()()()()()()()


 シエルは口角を上げて、肩にかけていたリュックから取り出した『文書』に視線を落として語り始める。


それは300年以上昔の話。曰く、シエルが属する界隈では有名な『事件』。嘘か真か、その真偽さえ不明の大量死滅事例(パンデミック)。専門の調査団が設けられたらしいが、たった一つの成果しか挙げられていない。それこそが、シエルの取り出した『文書』。フランスを中心として起きた『黒の17世紀事件』についての記録である。


「なんですかそれ」


 口を開けたのは陽太の方だ。先の『地球産の病気じゃない』発言に驚かされ、さらに『過去の事例』の提示までしてきたシエルに対して、得体の知れない恐怖を抱いている。


「この記録に似たようなことが書かれています。翻訳すれば、『この病の患者は、特定箇所に極端な壊死を有する』的なことが。ほら、今の貴方の状況と似てません?」


 シエルは補足説明を加える。それを受けて、陽太はハッとする。


「まあ確かに似てますね。左腕しか壊死してませんし……」


「そう、そこがおかしいんです。地球上のウィルスが発生させる壊死とは明らかに違うのです。■■さんは医学の意識はお持ちで?」


「いや、まったく……」


「では結構。私が説明します」


 シエルは長い髪を手の甲で持ち上げて、『文書』に視線を向けながら語り始める。


 壊死。細胞の死であり、組織の破壊であり、修復不可能かつ干渉不可の呪い。世代交代のための死……つまりは、()()()()()()()()()。これを業界ではアポトーシスとも呼び。後継がいない細胞の死。永久的な身体機能の剥奪。これを業界ではネクローシスと呼ぶ。そした壊死というのは、一度起こってしまえば連鎖的に起きてしまう事象。腐ったみかんのように、他の部位を侵していく。なので、自然に壊死が収まるなんてことは起き得ない。シエルは、その点をおかしいと指摘する。


「……地球上の『壊死』とは道理が違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「はあ……」

 

 頷きながら話を聞くことしか、陽太はできない。


「俗に言うフランス事変。文芸復興(ルネサンス)の裏に隠された惨劇。

……『壊死』の流行病です」


 フランス事変。そんな出来事、教科書(しりょう)にも載っていなかったし、(プライベート)でも習わなかった。


「……シエルさん。貴方は一体何者なんですか? 僕の勘ですけど、一般人ではない、ですよね」


「いいえ、私は一般人ですよ。ちょっと住んでる世界が違うだけで」


「嘘だ。普通の人ならそんな結論、出せるわけない!」


「———まあ、信じ難いのは理解できます。それに、あくまで私の意見は推測です。根拠は一つも提示できませんし。まあ、その真偽を暴くのは貴方自身です」


「……!」


「そう言う人間でしょう、貴方は?」


 2015年4月末。

 病棟のボイスレコーダーの記録より。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ