しょうがないわね。
今日はとっても、いい天気。
「王妃の手先め!恥を知れ!」
「皇太子というものがありながら、他の男とみだらな関係になるなんて、ほんとサイテーだよね。」
私が終わるには十分な日だ。
「ルナ…本当に…?」
いつもは血濡れの皇太子と人々から恐れられ、人々を圧倒する赤い瞳が弱々しく揺れている。
ああ、そんな顔をしないで。
すぐに終わらせてあげる。
苦しいのはほんのひとときなのだから。
「聞いているのか!ルナ・クロレンス!」
そうして私はゆっくりと振り返り、笑うのだ。
私の名前はルナ・クロレンス。皇太子の婚約者であり、子爵家の長女である。子爵家の私は本来ならば皇太子の婚約者などには決してなれない。
そんな私が何故皇太子の婚約者になれたのか…。
簡単に言うと、王妃からの皇太子への嫌がらせであった。今の王妃は皇太子の母親の王妃がなくなった後に王妃につき、第2王子の母である。
継承権が高い皇太子に後ろ楯がつかないように、子爵というどうでもよい家の私を無理矢理婚約者につかせたのだ。
まぁ、よくあるはなしである。
小さな頃から向けられる周りの大人からの蔑まれた目線や言葉。何よりも「皇太子をちゃんと捕まえておくのよ!?」という耳にタコができそうなくらいい続ける、金と権力が大好きな両親を見ていれば何となくは分かる。
私は駒だ。それも、特に重要ではない、替えのきく駒だ。私が何か気にくわないことをしでかした時点で殺されるだろう。まぁ、うまいこと王妃様にご機嫌をとりながら、生きよう。できれば、皇太子の婚約者など早々に辞退させてもらって。できれば、遠いところでゆっくり、ひっそり生きたい。
そうして、10歳の時に初めて同い年の皇太子に出会ったのだ。黒い髪に赤い瞳。そして予想外にもなかなかの美形…ちょっと役得じゃない。だけど、迫力美人というか、険しい表情には圧力を感じるわね。
とりあえず、淑女らしい笑顔でご挨拶。
「初めまして、ルナ・クロレンスです。これからよろしくお願いします。」
我ながら完璧な挨拶。笑顔姿勢バッチリである。一応皇太子妃になるといことで、死ぬほどマナーや知識を叩きこまれたのだ。
皇太子も挨拶をして来た。さすがに仏頂面はやめたけど、やはり空気は固い。
「それでは、若いお二人だけの方が話が弾むでしょう。時間になるまで私どもは失礼させて頂きます。」
そう言って執事メイド共に部屋からは誰もいなくなった。私は目を点にした。
いいの?それで?初めましての相手どうしだよ?皇太子への刺客かもしれないじゃん(事実そうだし)。
目の前の紅茶に口をつける。紅茶も不味い。まともに茶も入れられないのかここは。
目の前のイスががたりとなった。目の前にたったのはもちろん皇太子。
冷え冷えとした目で見据えられる。
「お前が王妃の手先ということは分かっている。私がお前に気を許すと思ったら大間違いだ。私の王位剥奪を狙っているのだろうがそうはいかん。必ず私は王になってみせる。お前はそれまでの繋ぎでしかない。覚えておけ。」
そして皇太子は部屋から出ていってしまった。執事たちに気づかれたら不味いことは分かっているだろうから、時間になったら戻ってくるだろう。それまで私は自分の入れたお茶でゆっくりさせてもらおう。お茶を飲みながら思考を潜らせる。
…そりゃそうだよな。無関心な父(王) 、母は亡くなり、今の王妃には命を狙われている。そうして伴侶となる婚約者は王妃が送り込んだ刺客。
…うん、なんだかめちゃくちゃかわいそう。同情するわー。
恐らく、私が泣いて婚約者を辞退することを狙ってるのだろうが、何分私も命がおしい。
良心がチクチクするが、命が一番大事。しょうがないでしょ。
しばらくはもくもくとお茶を飲んでいたが、飲んでばかりいてはお腹がたぷたぷになってしまう。
「散歩にいってみようかな。」
そうして私は散歩にいった。誰もいない。部屋だけではなく、屋敷からってことだったんかい。さすが王宮。やることがよくわからん。
無駄に広い庭をぽてぽてあるいてみる。いつ人が来ないかもわからないしなー。どこか人目につかないところは…。
「発見♪」
一際成長した奥の茂みがいいかくれ場所になっている。あそこで昼寝でもしようかな。ここは息が詰まる。ドレスが枝に引っ掛からないように進んでいくと。
「あ、」
スースーと寝ている皇太子がそこにいた。せっかく良いところを見つけたと思ったのに。
「先客がいたなら仕方がない。」
今なら私が来たことにも気づいてないようだ。早々においとましよう。元の道に戻ろうとすると、背後からうめき声が聞こえた。
「う、」
思わず振り替える。よくよく見ると、顔色が悪く、化粧で隠しているが隈がてきている。脂汗もにじみ出ているようだ。即座に皇太子の額に手をあて、体調を確認する。顔色は悪いが特別熱があるわけでも、脈が乱れてもいなかった。
「良かった。大したことはなさそう。」
ほっとして額から手を離そうとすると、突然手を握られた。
「!!」
お、起きた!?
「は、ははうえ。」
弱々しい声が、その人を探す。私の手を握る手は冷たく、しかし、その手は決して離そうとはしない。
確か王妃がなくなったのは、皇太子が6歳の頃だっただろうか。
「それからはずっと一人きりか…」
弱々しく母を求めるその手を私の手のひらでそっと包んだ。
「大丈夫、大丈夫ですよ。今は辛いかもしれませんが、頑張ればきっとあなたが安心して暮らせる日が来ます。大丈夫ですよ。」
ゆっくり、ささやくと、涙を浮かべて虚空を見ていた瞳はゆっくりと閉じた。顔色も赤みが戻ってきている。その顔を私はしばらく見つめていた。
「…しょうがないなー。」
私は皇太子をおいて、1人部屋に戻った。
しばらくすると、思った通り皇太子は戻ってきた。顔色が大分よくなっている。よく眠れたようだ。相も変わらず私をにらんでいるが、知ったことか。
この日に限らず、皇太子とは週に1度は会うようになった。仏頂面は流石に続かず、普通に話す間柄にはなった。常に警戒はされているが。
8年後。
皇太子は私に宣言した通り、文武両方においてめきめきと力をつけた。これまで日陰者にされていた皇太子が日の目を見たのは隣国との戦の時だった。戦いの中で信頼できる部下をつくり、兵を率いて隣国の猛将を蹴散らしたのだ。敗戦を予想されるなかでの快勝だった。3年の戦の間に英雄として皇太子は国民や貴族の胸をつかんだ。
王は皇太子に目を向け始めた。
戦で得た仲間は身分こそ低いが、戦かでそれなりの身分をもらい、文官として、武官としての実力を王宮内でも認められつつある。
そして、公爵家には美しい一人娘が。
私は思わずほくそえんだ。
ー揃った。やっと、終わる。
「さぁ、始めましょう。」
最大のショーを。
その日、私が呼ばれたのは執務室。部屋には私を殺さんばかりに見つめてくる彼の部下たち。
「ルナ・クロレンス。貴方には複数の容疑がかけられています。心してきくように。」
そして皇太子の横でつらつらと読まれる罪状。横領、密通、殺人教唆等々、よくもこれだけあげられたものだ。特に密通。そんな素敵なことが起きていたらこんなことしていない。
黙って聞いている私に不満を抱いたのか、文官と武官が怒鳴り付けてくる。
「王妃の手先め!恥を知れ!」
「皇太子というものがありなごら、他の男とみだらな関係になるなんて、ほんとサイテーだよね。」
…と、冒頭に戻るわけです。
さてと、皇太子を改めてみる。こうも感情を表す顔はあのとき以来だ。やはり、6年も一緒にいると流石に情もうつるか。嬉しい半分、なんだか申し訳なくなる。はやく、はやく終わらせてしまおう
…と、その前にこいつらを叩きのめす。
「ー。以上です。何か質問がありますか?」
「質問だらけです。」
「「「はい?」」」
私以外の全員がポカンとした。立ち上がり、皇太子の横にいた、罪状を読み上げた武官が持っていた書類を奪い、目を通す。
「誰々が言った。私がその時間目撃した人がいなかったなど、状況証拠ですよね?しかも、その証人ざっと見たところ全て皇太子推進過激派ですよね?本当に信用できます?それにこのご令嬢、私にいじめられたと言っているそうですが、私このご令嬢知りません。パーティーでも見かけていないので、すぐに証拠はでるでしょう。色々な人から。」
次々と出る私のマシンガントークに誰もついていけていない。皇太子にも無関心を通してたので、これだけ私が話すことを知らなかったろう。
はーっとここでため息を一つ。
「甘いですね。人ひとりを追い詰めるにはもっと明確な証拠と根回しが必要ですよ。今回、あなた方は他の貴族に踊らされただけです。今回の証拠で私を追い落とせればもうけもの。そうでなくても、十分な証拠もなく皇太子の婚約者に罪を被せようとした愚か者として、あなたたちを皇太子から遠ざけ、我こそはと、次のポストにつきたかったんでしょうね。まんまとはまりましたね。はい、残念。」
ようやく言われたことが理解できたのか、真っ赤になった一人が食ってかかってくる。
「な!なにを!「ですが」」
そこに私は割り込む。ごめんね。時間がないの。
「貴方達の殿下への忠誠心は分かりました。これからも力を磨いてくださいね。」
そして私は部屋から持ってきていた書類を渡す。文官がパラパラと捲ると、顔色がみるみるうちに変わっていく。どうだ、すごいだろう。
「それが本当の動かぬ証拠というやつです。」
真っ青になった部下の姿に安心した。今回は甘かったが、彼の忠誠心は本物だ。これからも成長して皇太子を守ってほしい。
今度は、皇太子の前に出る。
「ルナ。良かった。」
そう言って微笑む。8年かけて見せてくれるようになったレア中のレアである。といってもそれは私(その他)だけで、気のおけない部下には度々見せていることを知っている。…寂しいなあ。
私はゆっくり、微笑んだ。最後の、1番きれいな笑みで。
「殿下、今までありがとうございました。」
ー幸せになってね。
私はドレスに忍ばせておいたナイフを握り、皇太子の喉元めがけて振り上げた。
「何をする!」
瞬間武官が私を取り押さえた。あっけなく手からナイフが落ちる。
「きゃああああ!」
私が連れてきた女官が悲鳴をあげ、執務室に護衛の兵士がなだれ込む。
「皇太子を命を狙ったものを連行せよ!」
護衛の隊長が鋭く指示をし、兵士が私の腕を捻りあげた。タイミングが良すぎる護衛の乱入に、皇太子の部下も反応できない。
「待て!その者は私の婚約者だぞ!」
「皇太子に仇なすものはすぐに捕らえるよう王から厳命されています。例え殿下のご命令でもきくことができません。」
皇太子が強く訴えるがにべもなく断られる。それはそうだろう。私がこの状況を作ったのだから。
連れていかれるとき、皇太子と目があった。呆然としていたが、次に会うときは喜んだ顔が見たい。
王宮の地下牢に入れられた。さすがに皇太子の婚約者とあってか、貴族用の豪華な廊下に入った。その中のソファーに座り、ひといきつく。
「これからが正念場よ。」
しばらくすると、牢屋の扉が開いた。入ってきた人物に、完璧な礼をして迎えた。
1週間後、皇太子殺人未遂の容疑で私は王候貴族が並ぶ裁判台に立たされた。参列の中には勿論王妃や皇太子も含まれている。
皇太子は目を厳しい顔で私を見つめていた。
そのうち乾いた木の槌の音が鳴り響き、辺りは静まり返った。
「罪人、ルナ・クロレンスは皇太子を殺害しようとナイフを刺そうとしたが失敗。間違いないか?」
「間違いありません。」
事実の確認を淡々と認めていく。何度か皇太子が動いていたのが視界のはしに見えたが、気のせいかもしれない。
さて、重要なのは、ここからだ。
「では、ルナ・クロレンス。貴女は何故皇太子を殺害しようとしたのか。」
「それは…」
会場中から息をのむような音が聞こえる。私もごくりと生唾を飲み込んだ。できるだけ弱々しく、臆病者に見えるように。震える声で、涙を浮かべた顔で。頑張れ私。
「わ、私は、お、恐れながら王妃様の命にて暗殺を企てました!」
ざわり。空気が動いた。
皇太子と王妃のめが見開く。
「なんと…!」
「王妃様が…。」
「やはり…」
「これ!聞こえると無礼だぞ!」
「だが前から王妃様は皇太子のお命を狙っていたではないか」
ざわめきは次第に大きな渦となり、会場中に広がった。一気に注目の的となった王妃は顔を真っ赤にしながら、震える手でルナを扇子で指し示した。
「無礼者!妾に罪を着せるか!そんな証拠どこに「ここに。」」
「!!」
王妃が振り替えるとそこには皇太子の部下が。持っている書類を掲げる。そこにはこれまで行ってきた証拠の数々。
「これらと証言を合わせます。この書類だけではなく、実際のやり取りの音声も入手しています。これでも、言い逃れができますか?」
王妃は最初こそ激昂していたが、次第に黙って聞いていた。兵士の問いかけを受けると、王妃は静かに立ち上がり、艶然と微笑んだ。
「それで、どうなされます?」
どこか挑発するように、玉座に佇む王に問いかける。王の表情は裁判が始まった時から動いていない。だが、王妃の問いかけにピクリと眉が動いたことに、ルナは気づいた。やがて声を張り上げてもいない、静かな声が響き渡った。
「王妃は錯乱しているようだ。今回の事件も含め、しばらくは西の森へ療養。ルナ・クロレンスは皇太子との婚約を解消し、王妃の侍女として同行することを命ずる。」
ざわり。
「西の森とは・・・。」
「残酷なことをなされる。」
西の森には王家の療養所がある。国の最も西を位置し、土地は作物が育ちにくく、魔物も出ることから、代々罪を犯した王家のものが入る場所となっている。つまりは公には処分したくないからお前ら勝手に野垂れ死ねということだ。
王妃は慌てるでもなく、黙ってその場で拝した。了承したということだろう。
「!陛下!恐れながらそれは余りにも、、、!」
皇太子が立ち上がり、抗議しようとする。
恐らく私を庇ってくれてるのかな?でも、ダメだよ。
私は声を上げる皇太子の声に被せた。
「陛下」
直接は見れないので、頭を下げたまま話す。
「この度、私は王妃様、そして皇太子殿下を裏切りました。そのようなわたくしめに寛大な処罰をありがとうございます。誠心誠意、王妃様にお仕えし、遠くから皇太子殿下のご健勝をお祈りすることで、我が罪を償いたいと思います。」
「…また王妃による策略が疑われる場合は次は貴様の一族もろとも滅ぼしてやるから覚悟しろ。」
「肝に銘じます。」
裁判が終わり、兵士に連れられた先に皇太子がいた。その目は怒りに満ちている。
「どうして…!」
こんな所まできてくれるとは。まだ私に情をかけてくれるらしい。意外と情に厚かったのか。自然と笑みがこぼれた。
「ばかなひと」
バチンっ
一瞬おいて頬に強烈な痛みか走った。衝撃に耐えられず、倒れこんでしまう。鉄の味がするから口も切っているようだ。ゆっくり顔を上げると、そこには、初めてであったときよりなお深い、何も写さぬ黒い瞳があった。
「貴様のようなものに祈られる筋合いはない。王妃と共に朽ちるがいい。」
私はゆっくりと立ち上がり、皇太子の横を過ぎ去った。お願い、何でもないように見えて。
「やっぱり、つらいな…。」
人を傷つける方法を選んだ私がなく資格がないことは、分かっている。分かっているが、ほんの少しだけ泣いてもよいだろうか。
1週間後、必要最低限の荷物と、粗末な馬車に積み込まれひっそりと発つこととなった。誰にも見送られず、誰にも知られずに。
準備が整うまで、馬車の前で少し感傷に浸っていたが今度は目の前の人物に目を向けてみる。そう、王妃である。王妃は私をずっと見ていたらしく、ようやく気づいたかというように目を細めた。
都にいるときよりも質素な身なりをしているはずなのに迫力がある。王妃を勤めていただけのことはあるわね。しかし、会った瞬間殺されるそうになるぐらいの想定をしていたけど、、そんな気は全然なさそう。どういうことかしら。
「ルカ・クロレンス。」
ルビーのような輝きをもつ、赤い瞳がとろけるように笑む。
「あなたを見くびっていたわ。面白いことをしてくれそうな子だとおもっていたけど、予想以上だったわ。その中でも一番は、私を選んでくれたことね。」
最後の一言は元王妃、カルラ様が全てを察していることを意味した。私は黙ってひれ伏す。
そう私はあの日、皇太子を救うことにした。すると、私との婚約は破棄しなければならない。さらに、敵対関係にある王妃も。しかし、私が死ぬ気は更々ない。私が生き残り、皇太子を救う道を模索しているなかで、いくつかの手は浮かんだ。この方法も最初は私だけが助かる予定だった。しかし、皇太子の様子を報告するために定期的に王妃と会い、この方が本当は、何もかもどうでもよく考えているのではないかと感じるようになった。今回早々に諦めたことがその証だ。ならば、と、私はこの方も巻き込もうと思った。嫌いになれなかったこともあるし、何より、私は意外と寂しがり屋なのだ。流石に、王に直接交渉したときは賭けだと思ったが。
「さあ、行きましょう。私と共に来てくれるのでしょう?」
「はい、お供します。」
馬車に乗り込むとき、カルラ様が遠くを見て笑った気がした。
その後、事前に土地を調べていた私は荒野を地味に開拓し、畑をつくってひっそり、のんびり、カルラ様と暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
そんなのんきな私を王妃が微笑ましく見ていたことに、私はその時気づかなかった。
「そうはいかないと思うのよねー。」