第九十話『離愁のベゼ』
森のほとんどが焼け焦げていた。
かつて、英雄アーサーと魔王ウルティマが戦ったこの奇跡の島。
この島の空では、僕とホアイダが居た。
ホアイダは今にも死にそうで、魔法一つ放つ体力もない。
そんな無気力なホアイダの首に、ゆっくりと僕の手が伸びる。
「ああああぁぁ!」
しかし、ホアイダは最後の悪足掻きで僕の首を掴み、背後に回り、両腕両足を使って僕の首を締めようとする。
「さっき言ったはずだ。今この状態は不死身だと。能力も魔法も無駄」
「かはぁ!?」
ホアイダの右手をへし折り、後ろを振り返る。
「待っていました……この清々しい程の油断と隙を」
「え?」
何が起きたか分からなかった。
目の前で、ホアイダがニコッと笑ったかと思えば、その顔が僕のゼロ距離にあった。
顔と頭を掴まれ、強引に唇を奪われている。
唇と唇が重なり、深く長いキスを交わしている。
なぜこんな無意味なことをしているのか理解出来ないし、頭がイカれたのかと思うくらい不思議な雰囲気だった。
そして、力が抜けたかのように、背中の羽根が元の服に変わり、神の力を使用していたベゼの顔がマレフィクスの顔に変わった。
まるで、全ての能力が解除されたかのようだった。
「何してんだお前……」
慌ててホアイダの頬を叩いた。
僕とホアイダは、空から地上へと自由落下して行く。
「いでっ!?何でだ?羽根が消えた!?顔も戻ってる!?ホアイダお前!一体何を……何をしたんだ!」
能力が一つも発動出来なかった。
服が羽根に変わらないし、マレフィクスの顔がベゼの顔にならない。
おまけに魔法も放てない……僕は激しく動揺した。
そして、地に着地した僕とホアイダは、海辺の近くでお互いに座り込んだ。
僕もホアイダも、高い場所から落ちたから足が骨折している。
「離愁のベゼです」
「は?」
「悲しい別れのキスって意味です。離愁の意味も、ベゼの意味も、マレフィクスが教えてくれたのですよ。馬の乗り方だって、船の操縦の仕方も、全部貴方が教えてくれた」
「んなこと聞いてない!何をしたのか聞いたんだ!!」
ホアイダの表情は、まさしく離愁の表情だった。
別れを悲しむかのような、そんな虚しい表情だ。
「私の能力……ないと嘘をついていましたが、本当はあるのです。それは相手から能力と魔法を奪う能力……その発動条件がキスをすることなのです」
「なっ……まっ、まさかヴェンディの能力を身に付けていたのは!?」
「そう、私の能力で奪ったから」
僕の体に鳥肌が立った。
僕にとって有り得ないことが起きている。
「嘘だ!!だって僕はあの時!君が僕の城に五人の男と来た時!君の記憶を見て謎を確認した!ヴェンディが魔法で君に能力と魔法を受け継がせたって記憶にあった!記憶が嘘をつくものか!」
生まれてこんなに動揺したのは初めてだった。
目が揺らぎ、体が震えている。
僕は確かに、ホアイダの記憶を見た時、ホアイダの能力がないことと、ヴェンディがホアイダに能力と魔法を受け継がせたのを確認した。
記憶が嘘をつく訳ないから、ホアイダが能力を持っている訳ない……はずなのに……なぜなんだ……。
「貴方が最初に殺した老人ヘルヴォル、彼の能力は記憶を操る能力。私がヴェンディの能力を使えば、貴方が謎を確認する為記憶を見るのは必然的……だからヘルヴォルさんの能力で私の記憶を操り、謎を漏らさないようにしていたのです。貴方が私の記憶を見終えるのを確認し、能力を解除すれば……いくらでも貴方にキスをするチャンスは訪れる」
しかし、ホアイダの説明で全ての謎が解ける。
謎が溶けて理解していても、体が納得してくれない。
――この僕が、こんなちっぽけなガキの罠にハマるなんて有り得ない……有り得ないんだ!
「そんな……あの時から既に仕込んでいたなんて……僕の能力は!魔法は!どうなるんだ!!」
「私が死ねば、能力も魔法も取り戻せます」
ホアイダは一丁の拳銃を僕の元へ投げた。
ホアイダの左手にも、もう一丁の拳銃がある。
「銃?」
「貴方が13歳の誕生日にくれた二丁拳銃……これで決着を付けましょう」
ホアイダはそう言って拳銃を手から離した。
僕もホアイダも、手の届く所に拳銃が転がる。
「能力も魔法も使いません……正々堂々と勝負して勝つことに意味があるのです。もし貴方が勝てば、能力も魔法も戻ります。貴方が拳銃を手に取ったその時が、試合開始の合図です」
さっきまでの動揺が不思議と吹き飛んだ。
この場に及んで正々堂々なんて甘いことを言う……これだから正義と言うものは生ぬるく哀れなんだ。
ホアイダを殺せば能力と魔法が僕の元に帰ってくる……このことは真実だ。
ホアイダの目には嘘はない。
能力や魔法を使わないことも真実……ガチの真剣勝負。
これで負けるのは絶対に嫌だ。
必ず僕が先にホアイダの眉間に球を当てる。
「どうしました?怖気付いたのですか?」
息を切らして傷だらけのホアイダが、冷静に僕に向けて視線を送る。
僕の反応を長々と待ってくれている。
「ホアイダ、僕、初めて人とキスをした。それで分かったんだ……人を想う素晴らしさ、愛情の素晴らしさ……言いずらいんだけど、僕は君が好きかもしれない!嘘じゃない!本当だ!キスで目が覚めた!僕は、君の言う通り弱虫だ。ずっと愛情や友情と言った人間らしい感情が欲しかったんだ。僕が間違っていたよ!罪は償えないのは分かってる!だからせめて、君の、君の手で僕を殺してくれ!」
――フフっ……名演技だ。
涙を流し、これでもかってくらい切ない表情を浮かべる。
――元映画監督の僕は、ハリウッドスター以上に演技が上手いの。優しいホアイダなら、この改心した演技で動揺するはずだ。
僕の思った通り、僕の表情を見たホアイダは切なそうにし、ゆっくりと瞼を閉じた。
――バカめ!この隙を待っていたぜ!
僕は右手で素早く銃を取り、ホアイダに向ける。
しかしらホアイダは僕よりも早く拳銃を手に取って構え、引き金を引いた。
弾丸は僕の眉間に当たり、脳を貫通した。
* * *
走馬灯と言うやつか?
僕は前世の死因を思い出していた。
確か……そう、脳の癌だ。
けど、今は脳に銃の弾が入っている。
ハハッ、渾身の親父ギャグだけど引くほどつまんないね。
「残念、ホアイダ、僕は完全なる悪魔……完全なる存在となった」
僕は脳に弾丸を食らっていて尚、余裕で生きていた。
「な……ぜ?」
「それはこの果実……この果実を食べたから」
右手に持っている白いりんごのような果実を、ホアイダに見せ付けた。
その果実は一口かじられている。
「この果実はヴェンディを病気で死なせまいと思い作っていた果実なんだ。残念ながらヴェンディの死までは間に合わなかったけど……今この場で君に披露できた」
「国の研究で作った果実……ですか」
「そう、この果実はウルティマの血が組み込まれてる。分かりやすく言う、これを食べた者はどの魔物をも超える最強の体を手にし、不老不死を得る。つまり、君は僕を殺せない……これは絶対だ」
ホアイダは目を震わせ僅かに涙を流した。
きっと、絶望してしまったのだろう。
そして、僕は残りの果実を指で摘み、果実を丸呑みする。
額の傷が一瞬にして治り、骨折した足も治った。
今この場から、僕は完全なる不老不死、永遠を生きるこの世界の悪役となった。
「残念だよホアイダ、今から君を殺さないとならないなんて……せっかく新たな正義にさせてやったのに」
ゆっくりと立ち上がり、ホアイダの元まで足を運ぶ。
ホアイダは下を向いて涙を流し、抵抗する気が見えない。
「顔を上げて笑いな」
ホアイダの頬を触り、顔を上げさせる。
そして、ニコッと笑ってホアイダの頭を撫でる。
「今から思い出に浸り、死んでいこう」
離愁の件は、第四十六話『四学期』。
ベゼ(キス)の件は、第七十七話『キスはベゼの味』。
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うる覚えや忘れていた方は、もう一度目を通しておくとより楽しめるよ(*´﹀`*)
次回(明日)最終話です( ¨̮ )見てね(°▽°)




