第七十三話『余命宣告』
* * * * *
病院では、ヴェンディが両親と共に診察をしていた。
どんよりした空気の中、医師が言う。
「肺がんです。もうステージ4になっていて、手術は出来ません」
医師のその言葉を聞き、ヴェンディの母が泣きながら父の肩に手を置いた。
父が泣く母をあやすが、ヴェンディは目から光を失っていて、絶望している。
「もって一年、早くて半年です」
その後、真実を受け止めたヴェンディは、両親と共に病院出て行った。
家に帰っても、母も父も泣いていて、ヴェンディは何も考えることが出来なくなっていた。
「父さん、母さん、ごめんなさい……」
ヴェンディがやっと発した言葉は、両親にとって一番残酷な言葉だった。
「うっっ、ごめんね。気付いてあげれなくて」
「お前は悪くないんだヴェンディ」
母と父は、泣きながらヴェンディを抱き締めた。
ヴェンディの光のない目から、溜まりきっていた涙がじわじわと流れる。
鳴き声は上げなかったが、ヴェンディの心はなくなりかけていた。
それは、自分が生きれない苦しさもそうだが、この世界を守れなくなる悔しさがそうさせていた。
ベゼと言う敵が居るのに、ただ朽ちていく自分の未来に絶望してしまったのだ。
その日、ヴェンディは泣き疲れてベッドで眠った。
目覚めた次の日は、寝る前より疲れていて、今までで一番酷い朝だった。
*(マレフィクス視点)*
ヴェンディが学校を休んでから一週間が経つ。
ヴェンディが肺がんになって余命一年もないことは、病院の者と彼の両親、それと僕しか知らないことだ。
「ヴェンディ、そろそろ来て欲しいですね」
「はぁ……」
「ここ最近、マレフィクスも元気ないですね」
「ヴェンディが不登校になったからね」
僕もかなりショックだった。
ヴェンディがあと一年もしないで死ぬってことは、セイヴァーと戦い合うことももう出来ない。
強敵と刺激が一気になくなると考えると、憂鬱で仕方ない。
正義と戦わない悪なんて、ダサすぎる。
そう思っていると、教室がざわついた。
教室のドアから、久しぶりにヴェンディが姿を見せたからだ。
「ヴェンディ!」
「あっ、ヴェンディ……」
ホアイダは喜び、僕もガッカリしたままヴェンディを見た。
学校に来たところで、死ぬ事実は変わらない。
「どうしたのヴェンディ!一週間も休んで!」
「皆心配してたんだぜ!」
人気者のヴェンディは、クラスの皆に囲まれる。
「いや、ちょっと風邪をこじらせて……。心配かけてごめんな」
「なんだ風邪か!良かった!」
「風邪なら風邪って言え!」
ヴェンディが登校してきて、明るさが取り戻った。
僕とホアイダは、ホームルーム後にヴェンディと話した。
「久しぶりです!ヴェンディ!」
「久しぶり」
「少し痩せましたね」
「そうかな?食事はちゃんと取ってたんだけどな」
ヴェンディの表情はぎこちなかった。
ぎこちない笑顔は、ホアイダに心配かけないとしている。
僕には、それがハッキリと分かる。
「おはようマレフィクス」
「いつもの場所で待ってる」
僕はヴェンディの挨拶を無視し、そう言って教室を出て行く。
* * *
図書室で、僕はチェスの準備をして本を読んでいた。
本の内容は、肺がんについてだ。
「来たか……」
図書室に入って来たヴェンディは、静かに僕の目の前の椅子に座った。
「誰にも言わないでくれたんだな」
「言う必要ないもん」
「ありがとう、マレフィクス」
「キモッ、笑うなカス」
「……」
爽やかに笑うヴェンディは、すぐに表情を引きつる。
いつもと逆で、僕が怒り、ヴェンディが笑っていた。
僕に罵倒されても、ヴェンディの笑顔は消えなかった。
だが、その笑顔は、かなり寂しいものだった。
「タバコの吸いすぎが原因だったらしい……本当に後悔しかないよ」
「バカ。だけど、もうこなれば吸わない理由はないね」
タバコを一本取り出し、ヴェンディに渡す。
ヴェンディは少し戸惑うが、すぐにタバコを手に取った。
「火を……くれるか?」
「いいよ」
僕がヴェンディのタバコに火をつけた。
タバコからは煙が出て、ヴェンディの口からも煙が出る。
「あ〜……お前が本当の友達だったら良かった。ヴェンディとマレフィクスの関係だけで良かったのにな……。なぁ、今からでもそうなってくれないか?」
「無理だよ。僕はセイヴァーとしての君が好きなんだ。僕の本性はベゼだよ」
「……だよな」
その時、ヴェンディは涙を流していた。
堪えるように目を細めているが、数滴の涙が出ているのは確かだった。
「泣いてるの?」
「……あぁ、煙が目に染みるんだよなぁ」
上を向いて涙を堪えるヴェンディが、滑稽に見える。
揶揄ったり、嘲笑いたくてうずうずしていたが、ヴェンディのメンタルが殺られ、セイヴァーとして活動出来なくなる可能性があったから、それはしなかった。
「僕の前で泣くのは止めろ。男なら壁を乗り越えて生きろって……最初に僕に言ったのは君だろ?」
「お前それ……よく覚えてるな。最初に会った時そんなこと言ったけ?」
「言ってた」
「ハハッ、お前変な奴」
「君も変」
ヴェンディは涙を拭って、いつもの優しい笑顔を見せた。
僕もそんなヴェンディを見て、偽りの笑みを浮かべた。
傍から見たら、楽しく笑い合う友達そのものだ。
「俺が死ぬ時、お前は泣いてくれるのかな……。いや、絶対泣かないな……何なら笑ってそうだな」
「あら?分かってきたんじゃない?僕のこと」
「流石に六年も一緒に居れば……嫌でも分かるさ」
「君が死ぬ時は僕に殺される時だ。最高の死に方を考えとくから、楽しみにしてて」
「そっくりそのまま返すよ」
僕らはワインを片手に、乾杯をしながらたわいのない話をする。
ワインにも、自分にも酔っていた僕とヴェンディは、少しづつ憂鬱な心を取り戻していた。
「俺死ぬまで全力で生きる。ヴェンディとしてもセイヴァーとしても……もう怖いものないね」
ヴェンディが呟くようにそう言った。
そして、深呼吸をして深深と笑った。
何か吹っ切れたように見えた。
「ヴェンディとしての目標はホアイダを彼女にする!セイヴァーとしての目標はベゼを倒す!お前より全力で生きて全力で楽しんでやる!お前より自分らしく生きてやる!お前より良い人生を送ってやる!だから見てろ!ずっと見てろマレフィクス!」
ヴェンディは飛び跳ねる勢いで立ち上がり、涙を流しながら笑う。
その笑いは、これからの僕を嘲笑っているような清々しい笑いだった。
「分かった。全部見ててあげるから、僕を失望させないでね」
僕は、元気とやる気を取り戻したヴェンディを見て、安心を取り戻した。
ヴェンディの精神と心が、朽ちてないことに安心したのだ。
* * * * *
ニュースには、ベゼやセイヴァーの姿が良く映る。
滅多に二人をカメラに捉えることはないが、運が良い時は二人の姿が映る。
ベゼの顔はしっかり映っているが、セイヴァーは顔を隠しているから、はっきり映らない。
「あら?今日早いわね」
「早めに仕事あげたんだ。ヴェンディの為にご馳走食べるからな」
ヴェンディの父は、帰ってすぐテレビを付けた。
何か見たい番組がある訳でもなかったが、テレビを付けるのが彼の癖なのだ。
「ん?」
テレビはベゼとセイヴァーのニュースだった。
遠くからだが、二人の戦いを捉えた映像が映っていた。
ヴェンディの父は気付く、セイヴァーの耳に黒いピアスが付いてることに。
そして思い出す。
ヴェンディも黒いピアスを付けていることを。
――そう言えば、ヴェンディはいつも怪我をして帰ってくることがあったり、家の中でも傷を増やすことがあった。
ヴェンディの父の頭に、ほんの少しだけ疑いが過ぎる。
ヴェンディがセイヴァーかもしれないと言う憶測が。
「……まさかな」
「何か言った?」
「いや、何も言ってないよ」
ヴェンディの父は、自分の考えを否定し、何事もなかったようにチャンネルを切り替えた。




