第七十一話『学校生活の再開』後編
ベゼがウルティマを倒して半年が経過していた。
竜の土地は全てベゼに支配され、いつものように不定期にベゼが街や都市を破壊する。
そして、いつものようにセイヴァーがベゼを止めに来る。
人々の感覚は麻痺しつつある。
セイヴァーが居れば、この世界が完全に支配されることはない。
地獄に近い状況で、まだ未来への希望を抱いている。
世界中の国々は正式に世界同盟を結び、全世界でベゼに対抗しようとしていた。
しかし、それも最初の話である。
圧倒的戦力差を見て、誰も彼もがベゼと戦うことを放棄した。
「ベゼ様、我々も戦いたいです。我々は戦いを好む者、戦って死ぬことを望む者です」
竜の土地制圧に、僕の部下達の何人かが協力した。
要らないと言ったが、本人達の意思で世界と戦うことを決めたのだ。
しかし、部下達はすぐに自分達が邪魔にしかならないことを理解する。
「全速前進!!」
敵軍が突っ込んで来る中、僕は大きな布を何枚も丁寧に広げていた。
「君らは下がってな。格の違いを見せてやる」
何十枚もの布は、全て姿をとある魔物に変えた。
とある魔物――それはウルティマだった。
ウルティマの軍勢が、敵軍にゆっくりと近付く。
「何だあれ……」
「一体でも絶望的って言うのによぉぉ……」
「ベゼは……死者を蘇らせれるのか?」
敵軍の誰もが、戦意喪失。
自暴自棄になって突っ込んで来る者も居たが、ほとんどがしっぽを巻いて逃げた。
敵軍の司令官も、撤退せざるおえない状況になる。
「撤退!!」
「この国は諦める!!避難せよ!」
能力番号20『衣類を生物に変える能力』で、ウルティマの大軍を出せる僕に、誰も盾をつけない。
だが、その唯一がセイヴァーであるヴェンディだ。
世界はセイヴァーを認め始めた。
ベゼの位置が分かり、抵抗することが出来る唯一の人間であるセイヴァーは、やがて世界中の希望となっていった。
警察もセイヴァーを逮捕せず、協力を求めた。
セイヴァーはそれに応じ、警察と共にベゼを倒そうとしている。
*(ヴェンディ視点)*
とうとう、学校生活もあと一年になった。
六学期の冬、マレフィクスは18歳、俺とホアイダは17歳。
もう大人なはずなのに、マレフィクスもホアイダも子供みたいな顔している。
嬉しいことに、俺達三人は全員一番上の特級クラスだった。
全員が特級クラスになるのは、今年で二回目……最後の年が皆同じクラスで良かった。
――学校生活が終わったら、マレフィクスはどうしてしまうのだろう?
ベゼとして世界を征服してしまうかもしれない。
この世界を片っ端から壊してしまうかもしれない。
奴が何を仕出かすか分からないから、俺はいつも未来が不安だ。
「あれ?マレフィクスもホアイダもどこ行った?」
とある日の放課後、俺はマレフィクスとホアイダを探していた。
いつもなら、一緒に帰ったり、勉強したり、ギルドに遊びに行ったりするのに、その日は二人共教室に居なかった。
「これは?」
俺の机の中に置き手紙があった。
手紙の主はマレフィクスだ。
「何!?」
手紙の内容はこうだ。
『屋上でホアイダとイチャイチャ中』。
俺は不安を抱きながら急いで屋上に向かった。
屋上の扉を開けようとするも、鍵が掛かっていて開かない。
だが、ドアには覗き窓がついていて、そこからマレフィクスとホアイダが見えた。
屋根に座り、二人でいい感じなムードを作っている。
マレフィクスが恋愛や女の子に興味ないと思って、完全に油断していた。
「おい!!開けろ!!」
こっちからは聞こえないらしい。
そして、俺の前でマレフィクスがホアイダの頬に口付けをする。
ホアイダは満更ではない顔をしている。
「おおぉ!!やめろぉ!!それ以上はやめろ!!」
ドアを紙にし、強引に紙になったドアを突き破った。
その瞬間、俺は確かに聞いた。
「口にしても、良いんですよ」
ホアイダが頬を赤くし、唇を指差してマレフィクスに言ったのだ。
正直ショックだった。
「今のキスはそういうのじゃないの。それにヴェンディも見てるよ」
マレフィクスはそう言って、床に這い蹲る俺を見下ろし、ニヤッと笑った。
その笑みを見て、ガッカリする俺を見て遊んでいるんだと理解した。
「お前ら……付き合ってんの?」
俺は泣きそうになりながら、惨めな表情で言った。
「違います!勘違いしないで下さいヴェンディ!」
「そうそう、ただの友達」
ホアイダは少し気まずそうに下を向いて、扉があった場所から出て行く。
マレフィクスも俺の元へ来て、屋上から去ろうとする。
「勘違いしてるようだから言うけど、ホアイダが僕を屋上に呼んだんだよ。これはいつもの嘘じゃない」
マレフィクスは俺の耳元でそう言った。
嘘じゃないと言うマレフィクスには、妙な説得力がある。
次の日、俺はホアイダに聞いた。
昨日の屋上での疑問を。
「あのさ、昨日屋上に行こうって誘ったのどっち?」
「……どっち?えっ、あ……私ですけど……本当に付き合ってる訳じゃないですから」
ホアイダが言葉を詰まらせながら言う。
「あ、うん。信じるけど……口にしても良いってのは?キスのことか?」
「えっ……聞いてたのですか!?」
顔を赤くして露骨に動揺している。
「その、マレフィクスがホアイダの頬っぺにキスするのも見ちゃったんだけど……」
「違うんです……これには事情があって……」
ホアイダは涙目になりながら、困ったようにポム吉を抱き締めた。
「事情って?」
「……言えません。言えませんけど、マレフィクスのことが異性として好きな訳じゃないんです。確かにここ数年、私は女性として生きようとしてます……そのきっかけがヴェンディですし……けど本当にマレフィクスに好意がある訳じゃないです。今は話せませんが、いずれ真実を話します……だからガッカリしたり、私を嫌いになったりしないで下さい」
ホアイダにしては、動揺していて早口だった。
涙をグッと堪え、ポム吉の顔が潰れるくらいギュと抱き締めている程、必死な感じだった。
俺はそんなホアイダの言葉を聞き、疑うことは出来なかった。
「分かった……ちょっと安心した。つまりホアイダは俺のことが一番好きなんだな」
「そうは言ってません」
「じゃあ誰が一番好き?」
「……お父様です。ヴェンディはその次です」
「マレフィクスは?」
「四番目」
「四番目?三番目は?」
「ポム吉です」
「まじか!?やっほぉぃ!ポム吉とマレフィクスに勝った!!」
俺の落ちに落ちていたテンションと心は、一瞬にして頂点に達した。
そんな俺を見て、さっきまで気まずそうにしていたホアイダが、クスッと笑った。
* * *
その日の帰りだった。
俺は舞い上がったまま、ホアイダと一緒に学校の階段を降りていた。
「うっ!ゴホッゴホッ!!」
何か詰まったのか分からないが、突然咳が出た。
俺は体を苦しめながら、しゃがみこんで袖に咳をした。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。口に小さな虫が入っただけ……ゴホッゴホッ!」
ゆっくりと立ち上がり、何事もなかったかのように階段を降りる。
その時、ふと自分の服の袖を見た。
「!?」
白い袖に、赤黒い血が付着していた。
一瞬で悟る……さっきの咳で出たのだと。
俺は背筋が凍りつつも、ホアイダに悟られないように後ろに手を回した。
「どうしました?」
「いや、何でもないよ」
俺の知らないとこで、死へのカウントダウンが始まる。




