第七十話『学校生活の再開』前編
世界は、希望と絶望を、喜びと苦しみを、光と闇を同時に得た。
大魔王ウルティマが絶対悪ベゼに倒されたことがニュースになり、世界が困惑していた。
ウルティマに支配されていた国は、引き続きベゼによって支配され、ベゼの部下によって国々が仕切られた。
だが、ウルティマ程理不尽ではなく、下手な真似をしなければ、最低限の決められた人生を生きることが出来る。
だが、それは家畜や奴隷と大した変わりがない。
結局はそれ以上の幸せを得れないのだから。
ウルティマとベゼによって被害を受けた大都市メディウムは、能力や魔法により復興しつつある。
幸運なことに、僕が通うエトワール学校は、ほとんど無事だった。
それでも、ウルティマ襲撃の一ヶ月後に学校が再開された。
「ニュース見たか?神の土地にベゼの国があるかもしれないってニュース」
「見た!神の土地を拠点にして魔物を従えてるって噂」
神の土地に神聖ベゼ帝国があることは、まだ世間に広まりきっていない。
単なる噂程度にしか広まっていないのだ。
「おはようヴェンディ」
「……おはよう」
いつも通りの学校生活が始まる。
今は五学期の春。
今年はウルティマのこともあって春休みがなかったが、僕は17歳になり、学校生活も一年半となる。
そう考えると、思い出作りの期間も短い。
* * *
「パスだ!パスしろ!」
昼休み、僕は同学年の男子共とグラウンドでサッカーをしていた。
休み前も、今日のように男子達でサッカーをしているが、やっぱりスポーツは楽しい。
「マレフィクス!あっ!」
「貰い!」
仲間が僕に向けて蹴ったボールが、敵チームに取られる。
――周りを見ないでボール蹴るから……。
しかし、僕は敵の前に出て敵の周りを一回転し、両足でボールを挟んで上空にボールを上げる。
「ナイス!」
「異次元すぎ」
上空に上がったボールをヘディングする。
ボールは綺麗に飛んで行き、華麗にゴールコートに入る。
「ナイスマレフィクス!!」
「ずるいって!次からマレフィクスがゴール決めるのなしにしようぜ!」
「その方がずるいだろ!」
「そっちにプロ選手が居るみたいもんだろ!!ダメだ!」
世界がベゼによって支配されつつあるってのに、呑気なものだ。
こいつらは、世界の危機よりサッカーの方が重要だって顔してる。
「けどそっちにはヴェンディ居るだろ」
「ヴェンディとマレフィクスじゃ話にならねぇって」
「それ俺本人の前で言うなよ……」
ヴェンディが嫌そうに笑うと、周囲もクスクスと笑った。
「確かに俺とマレフィクスに実力の差はあるけど、これはサッカーだ。チーム戦だろ?上手くチームバランス考えれば良いんじゃない?」
「だから!マレフィクス居るチームもっと弱くしろって!」
「そしたらマレフィクスが本気出す」
「ねぇ、誰かこっち見てない?あの木の影から」
言い争いの中、一人が少し遠くにある木の影を指差した。
木の影からは、小さな白いクマのぬいぐるみ――ポム吉が顔を出していた。
それと、恥ずかしそうに木に隠れているホアイダも居る。
「ホアイダだね」
「一緒にやりたいんじゃない?」
「誰か声掛けて来いよ!」
皆が背中の押し合いをするが、誰も行こうとはしない。
ホアイダが変わり者で、関わりの少ない人だからだ。
「やだよ、あいつ女の子でしょ?それにマレフィクスの彼女じゃなかった?」
「違う!俺の彼女だ!」
ヴェンディが食い気味に否定する。
「どっちも違うよ」
「どっちでもいいけどさ、二人共仲良いんだろ?話しかけに行ったら?」
「……」
僕の方を横目で伺ったヴェンディが、フライングしたかのような勢いでホアイダの所まで走って行った。
「おい!一緒にサッカーするか?」
ホアイダの所まで来たヴェンディが、優しく聞いた。
「……良いんですか?」
「誰もダメなんて言わないよ」
「……サッカー、したいです」
ヴェンディの背後に隠れて、恥ずかしそうにしながらホアイダが歩いて来た。
僕らは少し困ったように笑い、ホアイダを歓迎した。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
ホアイダは皆にペコッと可愛らしく頭を下げた。
「本当に大丈夫か?体小さいから怪我しそうで心配だよ」
「皆が気を付ければいいだろ?」
皆、自分達より細身で小柄のホアイダを心配している。
体が女の子だから、衝突して怪我することを恐れている。
「それよりどうする?奇数になっちゃったけど?」
「こっちに入れよう。マレフィクスの方に入れると人数増えて有利になるだろ?だからこっち」
「了解!じゃあホアイダはヴェンディチームね」
「分かりました」
ホアイダが加わり、再びサッカーが始まる。
先行後攻を決めると、中央でボールが動いた。
「止めろ!」
「広がれ!」
皆が声掛けをしながら、ボールを追う。
今、ボールをゴールに向けてドリブルしているのはヴェンディだ。
上手に人を交し、ドリブルで欺きながら、確実にゴールに近付く。
しかし、僕のチームがヴェンディを警戒し、ヴェンディにマークが付く。
「ヴェンディ!流石に無理だ!パスしろ!」
「ホアイダパス!」
ピンチになったヴェンディが、ホアイダに向けてパスをした。
ホアイダは少しおぼつかないが、丁寧にボールを蹴っていく。
だが、ホアイダの前に敵チームのディフェンスが入る。
「パスしろ!」
「ポムちゃんパス!」
「バカっ!そっちには何も――」
ホアイダがパスした場所は、誰も人が居ない場所だった。
一番近い者は、敵チームである僕だけ。
しかし、ボールはドリブルされ続けた。
「何だあれ!ボールが二つあるぞ!?」
「違う!あれはぬいぐるみのクマだ!ホアイダのクマだ!」
ホアイダがパスした相手は、ぬいぐるみであるポム吉だった。
独りでに動き、小さな体でボールを必死こいて蹴っている。
良く見れば、ホアイダが走りながら、指を細かく動かしている。
「糸だ!糸の魔法を使ってぬいぐるみを動かしているんだ!一見バカな作戦だがゴールは目の前!行ける!」
しかし、ポム吉の前に天才マーちゃんこと、僕が現れる。
「ダメだ!マレフィクスに取られる!」
僕は思っいきりボールを蹴った。
しかし、実際蹴ったのはボールではなく、ポム吉だった。
「ほわァァ〜〜!」
聞こえないはずのポム吉の断末魔が聞こえた。
裏声のような高い声が、頭の中に何故か聞こえる。
「ポムちゃん!!」
ホアイダは遠くにあるヴェンディチームのゴールコートに入って行ったポム吉を追いかけた。
「おい見ろ!」
ポム吉はヴェンディチームのゴールコート、しかし肝心なボールは僕のチームのゴールコートに入っていた。
「やったぁぁ!!」
「流石ポム吉!敢えて弱者を演じることで強者を打ち負かした!俺達に出来ない芸当を当然の如くやった!これこそ戦いに負けて勝負に勝つ!奴は不可能を可能に出来ることを体で証明してくれたんだ!」
敵チームは、僕を欺いたポム吉を褒め称えた。
僕のチームも、今の一瞬の出来事に度肝を抜かしている。
今まで、僕のディフェンスを抜ける奴なんて居なかったから、これぐらい騒いでもおかしくはない。
しかし、クマのぬいぐるみを称えてるこの光景はおかしい。
ホアイダを称えるなら分かりはするのだが……。
「どうしたのですか?」
「英雄が生まれた」
ホアイダがポム吉を連れて来ると、皆は喜んでポム吉を胴上げした。
「照れちゃう」
ポム吉とホアイダは、そう言って露骨に照れた。




