第六十九話『神聖ベゼ帝国』
僕は黒くて緩い服を着ていた。
気心地が良いし、デザインも僕という悪役に似合ってる。
そして、シャワーを浴び、乾かした髪を赤い紐で結ぶ。
準備バッチし。
ベゼ城の広場には、既に何万人もの人々が集まっている。
勿論、神の土地に居る僕の部下全員が来た訳ではない。
城付近に訪れれない者は、テレビ中継で僕の演説を聞くことになる。
「マレフィクス様、そろそろですよ」
「はーい」
マレフィクスの顔に戻していた僕は、再びベゼの顔にし、小さめの冠を頭に乗っける。
そして、アリアとヴァルターを連れて、広場を見下ろせる城のバルコニーに足を踏み入れる。
民主は僕が姿を見せた瞬間、歓声を上げた。
だが、僕が堂々とバルコニーから民主を見下ろすと、歓声は静まり返った。
全校集会の生徒達のように、僕が話をすることを悟り、お喋りを止めたのだ。
「我はこの国の王!この世界の絶対悪!そして、歴史の王者大魔王ウルティマを倒した者!我こそ悪の王様ベゼだ!」
民主のほとんどが初めて僕の顔を直接見ただろう。
民主達は、僕の言葉と姿に酔ったような表情を見せる。
「そして、この顔が本当の僕。我の名前はマレフィクス.ベゼ.ラズル」
ベゼの顔からマレフィクスの顔に変える。
人々は目を疑ったように、僕の顔をまじまじと見る。
「皆は、隣に居るアリアから僕の元に来た者がほとんどだろう。金の為、安心の為、生きがいの為、社会に恨みがある為、僕の元に来た理由は様々だろう。皆僕が悪だと分かっていても、僕の元へ来た……一体それは何故なんだ?」
民主はお互いに顔を見て、僕の質問に答えるか迷っているようだった。
しかし、民主がこれ以上迷わないよう、すぐに話を続けた。
「君らが僕と同じ悪党だから?違う……中には悪党も居るだろう……しかし善人が居ることも分かっている。いや、善悪を付けること自体が悪だね……皆分かっているんだろ?昔の惨めな自分より、今の美しく気高自分が本当の自分だって……この中に法を犯した者は?人を殺した者は?社会に恨みを持った者は?たくさん居るだろ!社会が君らを否定しても、僕は君らを否定しない……何故ならそれが人の本質だから」
民主は取り込まれたように僕の話を聞いていた。
そんな民主の元へ、服を黒い羽根に変え、降り立った。
そして、民主の一人に問いかける。
「君はレイ.テュシアーだね」
「えっ!あ!はい。その通りです」
男――レイは一瞬戸惑いつつも、すぐに丁寧に返答した。
僕は一度見たことや聞いたことを忘れない記憶力がある。
だから、何万何億人と居る部下の顔と名前と経歴は全て覚えている。
「君は五年前、人を殺したね?その理由は一体なぜ?」
「……ええ。今考えてみれば理由らしい理由はなかったです。仕事や人間関係が辛くなっていた私に、追い討ちをかけるように辛いことの連鎖が起きた。皆同じだって分かってても、辛さは人を孤独にしてしまう……我慢していたものが溢れ出したかのように、恨みのある上司を殺したのです」
レイは民主の前で、マイクに向かって嘘偽りのない理由を答えた。
僕はそれを見てニコリと笑う。
「人の悪事ってのは、そういう悲しみや苦しみ、怒りや憎しみと言った負の感情から起こる。けど、そんな悪事は古いよ……これからは苦しいからではなく楽しいからにするんだ」
レイからマイクを受け取り、再び城のバルコニーの上に立つ。
「良いか皆!責任が取れるなら何でもやっていい!人間の法を破っても良いし、モラルのない行動だってしていい!ただし覚悟し、責任を取れ!覚悟と責任がないのにふざけた真似したら死んでもらう!これからは苦しみで行動するな!喜びで行動しろ!自分らしく居ていい!誰も君らを縛ることは出来ない!この僕以外は!僕こそ絶対悪!君らのあらゆるちっぽけな恐怖は!僕という強大な恐怖により取り除かれる!そしてここに発表する!我が国を『神聖ベゼ帝国』とする!」
「「「「うおおおおおおお!!!」」」」
清々しい程の歓声が上がる。
民主が思い通りに僕を褒め称えるこの光景は、優越感に浸れて、ものすごく気分が良い。
「よっ!悪のカリスマ!」
「流石悪の神様!」
「ムフフッ……」
アリアとヴァルターに煽てられ、尚更気分が良い。
思わず笑みが零れてしまうほど、自分と言う存在に酔っている。
「今日は開国記念日!ウルティマの死亡記念日!パーティに相応しい!今夜は全員好きなだけ楽しめ!」
その言葉を後に、僕はアリアとヴァルターと共に城の中に戻って行く。
民主は歓声を終えた後、流れるように城の広場で祭りを始めた。
酒を片手に、魔物が運営する屋台や料理店を回る。
* * *
その日の夜は楽しかった。
夜景と街並みが綺麗に見えるお城の上から、アリアとヴァルターとレネスの三人と食卓を囲んだ。
勿論、食事は高級ステーキ。
ウルティマを倒した達成感がある僕には、ステーキがより美味しく感じた。
肉汁溢れ出る言葉に出来ない旨み、噛みごたえのある肉厚、舌と口が喜びを満喫していた。
更には、能力番号29『食べ物をより美味しくする能力』があるから、この世の物と思えない程の美味しさだった。
「もっと持って来て!」
「マレフィクス様、そんなに急がなくても……」
ステーキを次々と口に入れる僕を見て、ヴァルターが困ったように笑い、ナプキンで僕の口元を拭いた。
「んんっ」
「テーブルマナー、マレフィクス様以外守ってますよ。魔物のレネスですら守ってます」
「ほぉー?僕に意見するとは頭が高いぞ……これはあれしかないな」
「あれしかないですね」
「あぁ、あれですね」
「……私抜きで変なノリ止めてください」
ヴァルターが困ったように片目を細めると、僕が勢い良く高級ワインを出す。
「これしかないよ!竜の土地名産物高級ワイン!ほらヴァルター、皆に注ぎな」
「おぉ。限定品じゃないですか……流石マレフィクス様です」
表情が晴れたヴァルターは、喜んでワインを皆のグラスに注ぐ。
「「「「乾杯!」」」」
お互いのグラスを当てて乾杯し、高級ワインを喉に通す。
「そこら辺のワインと全然違いますね。魔物の私でも分かります」
「竜の土地は草原豊かな土地だがらね。フルーツとかも凄く美味しんだよ」
楽しく飲んでいると、アリアが突然椅子から転げ落ちた。
顔が赤くなっており、片手には割れたグラスを持っている。
「うぅ……」
どうやらワインで酔ったらしい。
「流石に13の女の子にはきつかったか」
「もっと……マレフィクス様……」
酔い潰れ、寝言を言っている。
仕方なくアリアをメイドの一人に連れて行かせた。
「何やってんだよヴァルター」
「マレフィクス様が皆に注げって言ったのですよ?」
「……言ってない」
「えぇ……」
「それはともかく、僕は後二年で学校卒業だ」
「そうですね」
ステーキを一口口にし、ワインも一滴口にし、ふざけた表情を止める。
そして、少し自分に酔いながら話を進める。
「僕はこの世界を少しずつ征服する」
「なぜ少しずつ?」
「世界征服するのが簡単になったから。一気に征服するのはもったいない……それに僕とヴェンディは永遠に戦うんだ。僕の世界とヴェンディの世界を半分半分にしないと戦いにならない」
「戦闘員を用意しますか?」
「要らない……皆国でぬくぬくと遊んでれば良いよ。僕はこの国の外で遊ぶから」
「分かりました」
学校生活も後二年。
これからの予定はこうだ。
二年間、学校生活で思い出を作りつつ、ベゼとして世界征服や街や都市の破壊を楽しむ。
飽きるまでそれを楽しむことにした。
国の発展や領域拡大は、大半を部下に任せればいい。
大魔王ウルティマが死んだ今、僕がこの世界の絶対悪。
やはり、趣味を楽しむということは、何よりの幸福だ。




