第六十二話『喧嘩と宣戦布告』
ウルティマが大都市メディウムに攻める日、その日はいつも通り始まった。
ヴェンディに与えた七日間のチャンスも、昨日で終わっている。
またいつもの学校が始まる。
「おはー」
「てめぇ、奴の部下になってたとはな」
「奴って誰?」
「とぼけんなカス」
「傷の治療が間に合ってよかったね」
「ちっ」
ヴェンディは朝から不機嫌で、当たりが強かった。
僕がウルティマと繋がっていたことが、相当頭にきたのだろう。
「何イラついてんの?話なら聞くよ」
「まさかお前がウルティマの封印を解いたんじゃねえよな?」
「そうだよ」
ヴェンディの目と表情が激変した。
さっきまで不機嫌で済んでいた表情が、嫌悪と怒りとなった。
「……おっ、お前嘘だろ?ウルティマのせいで戦争起きたんだぞ?なっ、何人も死んだんだぞ?お前……本当に何やってんだよ……」
「それが目的だもの」
「ざけんなよ……ざけんなマレフィクス!」
ヴェンディの怒りが頂点に達した。
ヴェンディは僕の胸ぐら掴ち、そのまま持ち上げて僕を殴った。
「人質、殺すよ?」
弱みを握られたヴェンディが、ピタリと動きを止める。
やられっぱなしが嫌な僕は、ヴェンディの手を叩き、腹を蹴り飛ばす。
クラスの皆が見ている中、ヴェンディは人や机を崩して吹き飛んだ。
「いっ……てぇな!!」
「止めろってヴェンディ!!お前ら仲良しじゃん?喧嘩すんなって!」
キレて僕に向かって来るヴェンディを、周りの生徒が必死に止めた。
誰も僕を止めようとしないが、皆ヴェンディを止める。
彼らにとって、僕を止めるのはあまりにも危険だから、ヴェンディを止めて場を収めようと言うことだ。
「もう良い。来いよヴェンディ、今なら喧嘩買ってやるよ」
「何言ってんだよマレフィクス!」
「邪魔だボケ共、虫みたいな集るな」
周りの生徒が居るが、お構いなしにヴェンディに机を投げる。
何人かが怪我をし、ヴェンディは机に手を挟める。
「皆離れろ!!誰か先生呼んで来い!」
「教室から出ろ!」
生徒達は危機を感じて、慌てて教室を出た。
「大サービスで人質は取らない。来いよ、殴り合いだ」
「ぶっ殺す」
ヴェンディは机を持ち上げ、上空に高く投げる。
同時に、椅子を振り回しながら僕に近寄る。
僕は椅子を掴み、椅子越しにヴェンディを蹴る。
「あああぁぁ!てめぇのせいで何人犠牲出たと思ってる!!」
「止めれない無力な人間共が悪いんだろうがよ」
ヴェンディががむしゃらに拳を振るうが、僕には当たらない。
「どうしたヴェンディ?悔しいなら殴り返せよ」
一発二発、ヴェンディの顔に丁寧に拳を入れるが、ヴェンディはまだ倒れない。
「うおあぁ!!」
拳も蹴りも当たらないことを体で理解したヴェンディは、最後の悪足掻きとして僕にタックルする。
僕の体を両腕で持ち上げ、自慢の力で締め上げようという作戦だ。
実際、僕の骨が砕ける音がし、その痛みは内臓まで届こうとしている。
しかし、僕はヴェンディの肩を掴み、バキバキに骨ごと潰す。
「うおおおぉぉ!!」
「くっ、こいつ……なんて力だ……ちょぴっとも力が緩まないなんて……」
肩を砕いたというのに、ヴェンディの力は一切緩まなかった。
それどころか、怒りと執念で力が強くなっている。
流石の僕も、危険を感じた。
「こいつ!!肩だけじゃなく頭蓋骨も割られてぇのか!離せヴェンディ!!ぶっ殺すぞボケナス!!」
「ああぁぁぁ!!ぜってぇ離さねぇ!!」
だが、とうとう僕の肺に折れた骨が刺さった。
「がはぁ!」
こんなこと予想外だった。
ヴェンディは血反吐を吐いた僕に、追い打ちをかけるように頭突きをした。
机に体をぶつけ、頭から床に倒れた僕の意識は朦朧とする。
「マレフィクス!!」
「ヴェン……ディ」
鼻血を出して倒れる僕に、ヴェンディの拳が振るわれる。
顔面に良いパンチを一発貰った僕は、血を吐いて気絶した。
* * *
目を覚ましたのは四時間目の最中だった。
保健室で目を覚ました僕は、先程の出来事を思い出し、悔しくなる。
隣のベットでは、傷に包帯を巻いたヴェンディが落ち着いた様子で読書をしていた。
僕はそんなヴェンディを横目で見る。
「俺ら明日から停学だってよ」
「何日?」
「知らん。取り敢えず二週間だって」
「退学じゃなくて良かったね」
ヴェンディの怒りは収まっていて、代わりにあったのは冷静で穏やかな姿だった。
殴り合って、冷静になったのだろう。
「俺はまだお前を理解してなかった……願望だけで、お前のどこかに良心があると思っていた……少しずつ理解してきたよ……お前がクズ野郎だとな」
「僕は君を理解してるよ……君以上にね」
「俺も、お前を理解しないとならないようだ……でなければ、お前に勝てる気がしない」
「理解したところで勝てないよ」
「さっき勝った」
「……」
目も合わせずに話をする僕らは、不思議と清々しい気分になっていた。
思う存分殴り合って、身も心もスッキリしたのだろう。
「うあぁ!?バカお前!やめっ!あーー!」
手から出した釣り糸で、ヴェンディのベッドをひっくり返した。
ヴェンディはベッドと共に転げ落ちる。
「じゃあお大事に〜」
「お前……おっ、覚えてろよ」
ベッドに潰され、這い上がるヴェンディを後に、保健室を出た。
* * *
能力番号21『寝れば傷が治癒する能力』で、ヴェンディに折られた骨も、傷付いた内臓も治癒していた。
完全に治った訳じゃないが、大して問題はないだろう。
ヴェンディに殴り合いで負けて、無性に腹が立っている僕は、このウルティマ戦で負けたら死んでも死に切れない。
この敗北感を拭う為にも、この試合は勝たなくてはならない。
「魔物だ!!北の門から魔物の大群が来たぞ!!」
人々の慌てふためく声と共に、街に避難のニュースやアナウンスが流れる。
どうやら、北の門からウルティマが来たらしい。
「来たか……」
ウルティマが引き連れてきた魔物達は、皆僕が能力で創った魔物だ。
数百と居る魔物の中には、幹部クラスの強い魔物も何匹も居る。
「さてやるか」
顔をベゼの顔に変え、壁と門を大きな体で吹き飛ばし、堂々と入ってきたウルティマの前に現れる。
「来たかベゼ……」
「宣戦布告!!このベゼは!大魔王ウルティマをぶっ殺します!このベゼと一体一で戦いましょう!」
「は?」
ウルティマは、気が抜けたかのように目を丸くした。
「聞こえなかったか爺、今から死ぬんだよ……あんたはさ」
「もっ、もしかして作戦か?」
一番信頼してる部下に宣戦布告されたら、こういう反応が普通だ。
だから、このボケには全てを説明しなければならない。
「僕は君の部下を演じていただけなの。君は大勢の部下に愛され、世界を制圧し、優越感に浸り、今まで最高の気分だったでしょ?けど、それは全て僕が与えた幻……これから君が味わうのはどん底だ」
そう言って、魔物の一人を布に戻した。
ウルティマは再び目を丸くし、少しずつ目を細める。
「布に変えられた?」
「違う、この魔物達は能力で創った魔物。つまり、君に味方は誰一人居ない。彼らは僕の思うまま動く」
「何だと?」
「魔物共!誰にも僕とウルティマの邪魔をさせるな!少しの間この都市を混乱させてろ!」
魔物達はその通り動いた。
都市に散らばり、警察や冒険者や一般人の注目を集め、僕とウルティマの周りを複数の魔物が囲む。
「ベゼ!どういうことだ!何がしたいんだ!」
流石のウルティマも、状況が分かりかけてきたらしい。
僕の本性と、偽りの魔物達を見て困惑してきたようだ。
「大魔王ウルティマを復活させ、僕が君を正々堂々と倒す。そうすることで、これまでの歴史で最強は僕になり、世間はもっと僕を恐れる。完全なる絶対悪に近付くのだ」
「じゃあ貴様は!裏切るつもりで儂を復活させたのか!?今までの全部演技!?」
「そうだって言ってるだろ、ど阿呆」
ウルティマは露骨にガックリする。
もう立ち直れないみたいな顔をし、子供のように建物に座って地面の砂を弄る。
「残念……」
「来い、大魔王!」
「もしかして、儂に勝つつもりか?実力の差が分からない……無知とは残酷なものだな」
ウルティマは立ち直れない状況で、ゆっくりと立ち上がった。
「勝つよ」
「後悔の時間をやる……それ以外の時間はないがな」
建物の一回り大きい巨体が、僕の前に立ちはだかる。




