第六十話『最後のチャンス』前編
*(ホアイダ視点)*
この日、私は病院に来ていた。
母が死んでから、父が追いかけるように病気にかかり、病院生活が強いられていた。
病気になって数ヶ月、父の状態は一向に良くならない。
「お父様、調子はどうですか?」
「……」
逞しく、倫理観があり、いつも優しく笑顔の父も、病気にかかってからは無表情で無気力だった。
「今日は、どうだった?」
そんな父は、毎日のようにこの質問だけをする。
他は一切聞かず、反応もしないが、私がお見舞いに来る都度、絶対にこの質問をする。
「今日、初めて告白されました。彼は友達だったのてすが、明日からどう接していいか分かりません」
「……」
私がそう言ったら、前の父なら笑顔で何か助言をくれる。
だが、病気になった父は無反応だ。
「彼のことは好きですが、それが恋心なのかは分かりません」
「……」
「私の心は……どうしたいのか分かりません」
「……」
「けど、悪い気はしないので……本当に本当に複雑です」
「……」
行ける日は毎日、父に寄り添いにお見舞いに来てるが、父が元気になる未来が見えない。
とうとう家には私一人だけになってしまった。
あぁ、それとポム吉も居ました。
「ポムちゃんだけだよ」
ポム吉の頭を撫で、パソコンの前に座る。
ネットサイト『シノミリア』には、セイヴァーから連絡が来ていた。
そのメールは、ベゼに関するとても重要なことだった。
「お父様、お母様、私には……まだ使命があるようです」
私はゆっくりとキーボードに触れ、落ち込んでる心を落ち着かせる。
*(ヴェンディ視点)*
ホアイダに告白した次の日、俺はマレフィクスと図書室でタバコを吹かしていた。
タバコ臭くならないように、窓を全部明け、窓際で横になりながら吸う。
「もう一本……」
「今日は良く吸うねぇ」
「なかなか立ち上がれなくてな」
「それは良かった」
マレフィクスからタバコをもう一本貰い、ライターの火をタバコに移そうとしたその瞬間、何者かが俺のタバコを背後から取り上げた。
「おい!」
「二人共、本当に悪い子ですね」
「げっ!ホアイダ!」
俺からタバコを取り上げたのはホアイダだった。
ホアイダにタバコ吸ってることがバレて、正直やばいし、昨日のこともあり、凄く目を合わせずらい。
「おはようホアイダ」
「おはようじゃありません」
ホアイダはマレフィクスからもタバコを取り上げた。
そして、ポッケトから取り出したタバコに良く似たシュガレットお菓子を取り出し、俺とマレフィクスの口に咥えさせる。
「んっ」
「うっ」
「タバコの代わりです。もうタバコは止めてください」
「嫌だね」
「……」
マレフィクスはニコッと笑い、俺は口を開かず黙ってシュガレットを咥える。
「分かりましたか!ヴェンディ!」
「えっ!あ、分かったよ」
ホアイダは昨日のことがなかったかのように、俺に話しかけた。
俺は少し戸惑い、同様してシュガレットを一度落としてしまう。
「ヴェンディは昨日振られて落ち込んでるんだよ。誰に振られたか知らないけどね〜」
「おいマレフィクス!」
――マレフィクスめ、余計なことを言いやがって。
そう思い、シュガレットを口から手放す。
「別に嫌いな訳じゃないですから……」
ホアイダは視線を逸らし、少し困ったような穏やかな表情で言った。
「酷いよなホアイダ。僕とはあんなことやこんなことをしたのに……ヴェンディには気を許さないか……」
「はぁ!?てめぇマレフィクス!いつそんな!」
「ヴェンディ、いつものデタラメですから……」
「こっ、こいつ……」
「あはははは!まぁ、ヴェンディは男も女もいけるからね」
「そうでしたね」
「だから違うって!!!」
この日、俺はホアイダとよりを戻した。
* * *
マレフィクスから七日間のチャンスを貰って、七日目になった。
今日が最終日、勿論何もしない俺ではない。
「この平原は誰も居ない穏やかな場所だ……崖に囲まれているけど、いい場所だろ」
「全て無駄だと分かって、正々堂々戦うことにしたのね」
「そうだ。さっさと始めよう」
この日、俺は正々堂々セイヴァーとしてマレフィクスを倒すことにした。
周りには魔物も人も居ない。
平原で、岩や崖はあるものの、戦いやすい場所だ。
必ずマレフィクスを拘束してやる。
「始めるぞ」
「来な」
俺はセイヴァーとしてのハーフマスクを身に付け、マレフィクスはベゼの顔に変わる。
マレフィクス――ベゼはニコッと笑い、俺の距離を無蔵座に詰めてくる。
先手必勝。
短い草が生えてる地面を触れ、ここら一体を紙に変える。
俺自身も紙になり、地面を切って地面へ逃げるように潜る。
ベゼの位置は、地図を見れば世界の危機的状況が分かる魔法により、丸わかりになっている。
左手にこの草原の地図を持っているから、ベゼの位置は手に取るように分かる。
何せ、ベゼはドス黒い赤色で記されてる。
奴の邪悪さが、裏目に出ているのだ。
――今だ!
地面から出て、ベゼの足を掴もうとするが、分かっていたかのように避けられた。
ベゼが羽根で逃げる前に、距離を縮めて剣を振る。
ベゼも尖らせた爪で剣を受け流すが、俺の剣に押される。
「取った!」
しかし、ベゼの影から出てきた鎌を持った死神が、俺の剣を受け止めた。
ベゼは動きが止まった俺に、すかさず指を向けてビームを放つ。
「くっ……」
「本当に勝つつもりでやってるの?」
ビームが肩に掠った為、死神を蹴り飛ばして一歩後ろに下がる。
流れるように折り紙の手裏剣を投げる。
「解除」
ベゼの手前で、手裏剣はカプセルに変わる。
「そのカプセルは強力な魔法が込められた魔道具だ……そのゼロ距離、お前は避けれない」
ベゼの手前でカプセルはパカッと音を立てて開いた。
その瞬間、ベゼは絶対的な力に押さえ付けられたかのように倒れた。
そう、あのカプセルは重力魔法が込められたカプセルだ。
「うぅ……」
骨や内臓が潰れる音がした。
それほど、この重力魔法は強力なのだ。
しかし、ベゼが潰れきる前に、重力が反転したかのようにベゼの体が宙に浮く。
「なっ!」
ベゼが、俺に手から出した釣り糸を引っ掛けた。
そして、釣り糸を縮めて、俺に素早く近付く。
「バカめ」
俺は体を紙にし、釣り糸を外す。
バランスを崩したベゼに、すかさず剣を振るう。
ベゼは硬化した手で、剣を受け止めた。
「やるな」
「君もね」
「だが、お前の体はダメージを負いすぎだ」
丸めた折り紙を一枚、ベゼの上空に投げる。
「解除」
解除された折り紙は、火のついた巨大な岩に変わる。
すかさずベゼの足を蹴り、体勢を崩させる。
「無意味に頑張りな、ベゼ」
俺はベゼを地上に置いて、紙になって地面に逃げる。
火のついた岩がすぐ目の前にあったベゼは、為す術なく押し潰される。
ベゼの体から血が吹き出し、火が体に移る。
「絶対止めてやるぜ」
ベゼの体から吹き出した血が、固定されかのように固まる。
一瞬だが、その血が岩と地面の柱となる。
ベゼはその一瞬の隙をついて、近くの岩に釣り糸を引っ掛けて身を交わす。
「チェックメイト……」
「ぐはぁ!?」
岩を避けたベゼの腹を、地面から出てきた剣が貫いた。
「今このまま殺すことも出来るんだぜ」
俺はベゼを剣で突き刺したまま上に持ち上げた。
ベゼの体はボロボロで、血反吐を吐くくらいダメージを負っている。
この状況、逃げる以外奴には道はない。
「殺れば……いいだろ……」
「転移の能力で、しっぽ巻いて逃げても良いんだぜ?」
だが、ベゼは戦いから逃げるようなタイプじゃないし、煽られた場合は尚更だ。
今この状況で逃げるのは、奴にとって死よりも苦痛だろう。
例え逃げても、地図を見てこいつを追える。
「なるほど……これが追い詰められた者の気持ちか……闘志が湧くな」
「何を言って――」
ベゼの服が白い羽根に変わった。
その羽根の一枚が独りでに動き、ナイフのように硬くなって俺の胸を貫いた。
一瞬の出来事だった。
「がはぁ!?」
「ウルティマとの戦いの練習になったよ」
ベゼはその隙を逃さなかった。
羽根を広げ、剣をへし折って宙を舞い、俺の首を掴んだ。
「くっ!」
「勝利が見えた光景は……一体どんな快感だった?そしてその光を失った今、君は何を目にする?」
ベゼは俺以上のダメージを負っているのにも関わらず、力強かった。
さっきの魔法と岩の攻撃で、右足と左手が折れていくつもの内臓が傷付いてるはず。
――痛みがないのか?なぜ立ってられる?
このダメージで、一切震えていなかった。
俺の首を力強く閉める一方で、俺は一切抵抗出来ない。
体に力が入らず、意識が遠くなっていく。
「君が見ているものは絶望だ……これからも見続ける。いや、僕が君に見させ続けるから……それに抗ってみせてよ」
意識が薄れる中、最後に目にしたのはベゼの真っ赤な瞳と、邪悪で冷淡な笑みだった。




