第三十九話『魔王軍幹部』後編
オルニスの背中の傷は、羽根によって塞がっていた。
冒険者達は、怪我人を含め、まだ村の外に出ていない。
怪我で動けない者、瀕死の者、その者達を連れて行こうと必死な者、そんな者ばかりだ。
「ホアイダ、逃げるよ」
「エリオットは?置いてくのですか?」
「今の君は魔法を使えないし、武器も体を通らない。足でまといになるだけだ。分かったなら行くよ」
ホアイダを連れて村の外に走る。
しかし、オルニスに僕ら二人を逃がす気はない。
「逃がさない」
「しまった!?」
エリオットを無視して放たれた火の玉は、僕とホアイダを襲う。
僕はローブを羽根に変えて飛び、ホアイダを抱えて横に身を避けた。
「くっ!」
しかし、範囲が大きい火の玉を避けきることは出来なかった。
僕はホアイダを庇ったまま、村の家まで吹き飛ばされた。
「マレフィクス!!」
「お兄さん、次はお前だよ」
オルニスが飛ばした羽根を、エリオットが剣で弾く。
少しずつだが、距離を縮めるように立ち回るエリオットを前に、オルニスが一歩後ずさりをする。
「いっ?」
見るからに浅いが、オルニスの胸に矢が刺さった。
矢を放ったのは、崩れている家の屋根の上に居るハンナだ。
「援護感謝!流石ハンナ!」
エリオットは、一瞬の隙をついて距離を縮めて剣を振るう。
しかし、オルニスの鋼の羽根によって剣は受け止められた。
「ふぅぅ」
「近距離なら、勝てると思った?」
二人は、剣と羽根を弾き合わせた。
オルニスの早い羽根の刃に、エリオットは十分なくらい対応できている。
「隙がなければ魔法も羽根の攻撃も出来ないようだな?」
「出来なくても勝てるし」
エリオットの戦いぷりに、まだ近くに居た冒険者達は、心躍らせた。
ほんの少し、希望が見えてくるようだった。
「すげぇエリオット!」
「流石内のギルド唯一のSランク冒険者!あの化け物と互角だ!」
互角どころか、ハンナの援護もある為、押しているように見える。
「バカだな人間」
オルニスは自身の毛を一本操り、エリオットの足を軽く切った。
「なっ!」
エリオットは体勢を崩し、オルニスの羽根の刃をもろに受けそうになる。
「物を伸ばす能力」
しかしエリオットは、剣を地面に刺し、自分の能力で剣を如意棒のように伸ばした。
エリオットの体は、剣が伸びた高い位置まで移動する。
「能力……人間ってずるい。私達にはない力を使って得意げになる」
「魔法が使えない今、お互い様だ」
「そうだね」
その瞬間、オルニスがニヤリと笑った。
剣を元の長さに戻し、上空から剣を構えて落ちてくるエリオットを嘲笑うかのような魔物らしい笑いだった。
「雷魔法」
オルニスの耳のような羽根が、天を向けて伸びきる。
瞬間、上空からオルニスの羽根目掛けて雷が落ちた。
攻撃の軌道に居たエリオットは、直で雷を受けてしまう。
「がはぁ!?」
「エリオットォー!」
真っ黒焦げになって気絶したエリオットを見て、ハンナが叫んだ。
「お前はそれなりに強かった……お礼に残酷な死をあげよう」
オルニスは、落ちてくるエリオットを容赦なく羽根の刃でバラバラに切り裂いた。
「あっ……ああああああああぁぁぁ!!!」
目の前で恋人の死を目にしたハンナは、絶望の涙と苦しみの悲鳴を上げた。
「可哀想に、名前忘れたけど……可哀想」
オルニスは、バラバラになったエリオットの死体とその血を、犬のようにぺろぺろと舐めた。
血を舐めていた時の表情は、一ミリも可哀想と思っていない、目だけが上を向いてるニヤついた満面の笑みだった。
「うぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
近くでモタモタしていた冒険者達は、再び危機を感じ、慌てふためいて村の外に向かう。
* * *
時間はほんのちょっと遡る。
僕がホアイダと共に、家に吹き飛ばされた時までだ。
「マレフィクス!大丈夫ですか?」
「頭打った……けど大丈夫だよ」
僕は頭を抑えながら、ゆっくりと起き上がる。
家の壁は、僕らが飛んで来た時に穴が空いて、崩れかけてしまった。
「奴は?」
「今エリオットとハンナが相手してます」
「どんな状況だ?」
「こっちが押しているように見えます」
窓辺にあったカーテンを引きちぎり、窓から外の様子を見た。
この角度から見えずらいが、確かにエリオット達が押しているように見える。
オルニスが、近距離で苦戦してるようにも見える。
「ホアイダ、君は今のうちに村の外に逃げろ」
「嫌です。マレフィクスはオルニスと戦おうとしている……私も一緒です」
「ホアイダ……君は優しいんだね」
僕は、ホアイダの頭を撫でてニコリと笑う。
ホアイダは、少し頬を赤めて表情に困った。
しかし僕は、ホアイダの腹を殴り、首にあて身をした。
「うぅ」
「ガキが……わがまま言いやがって……足でまといって言ってのに」
気絶したホアイダを引っ張り、窓をゆっくりと開ける。
その時、僕が目にした光景は衝撃の光景だった。
「エリオットォー!」
真っ黒焦げになったエリオットが、オルニスの手によってバラバラに細切れにされた光景だった。
悲しいとかではないが、あまりにも衝撃的だった。
この僕が、瞬きも忘れるくらい。
しかし、オルニスに対して怒りが湧いたのは確かだった。
その怒りは、決してエリオットのことを思っての怒りではなく、僕が殺す予定だったエリオットを横取りしたからだ。
例えるなら、楽しみにしていた熱々のステーキを、目の前で食べられた感じだ。
せっかく思い出を作って、殺す時を楽しみに待っていたのに……僕とエリオットととの思い出が無駄になってしまった。
「調子乗りすぎ……たかが魔王の手足ってだけで」
更には、エリオットの死体と血を舐めて楽しんでいる。
僕以上に楽しそうにしている悪……これは僕が嫌いな存在の一つだ。
「ああぁぁぁ!!」
ハンナがオルニスに向かって、矢を何発も連続で放つ。
しかし、エリオットと連携している訳ではないので、矢は当然のように鋼の羽根で弾かれる。
「彼の女?可哀想に、今彼の元へ送ってやろう」
オルニスは、一瞬にしてハンナの居る屋根の上まで飛んで来た。
そして、隙も余裕も与えず、鋼の羽根を振り落とす。
「あ?さっきの子供」
しかし、僕がハンナを一歩後ろに引っ張ったことで、攻撃を受けずに済む。
「ハンナ、あの家にホアイダが気絶している。ここは僕が時間を稼ぐから、ホアイダを連れて逃げてくれない?」
「うぅ……こんなところで逃げれると思う?」
「頼むよ」
僕は、涙を流すハンナに虚しい表情を送る。
するとハンナは、涙と悔しさを抑えながらも、屋根から降りて、ホアイダの居る家に向かった。
「逃がす訳ないっしょっ――」
オルニスがハンナに向けて羽根を放とうとした瞬間、僕は一瞬にしてオルニスの口を切った。
「早い……人の動きではない」
「その良く喋る口……切り落とそうと思ったんだけどね」
「名乗れ人間」
僕は、周りを確認した。
人が居ないか、ハンナ達はもう逃げたか、確認した。
「我が名はマレフィクス.ベゼ.ラズル」
確認した上で名前を名乗る。
「長いな……」
「君さ、人間の新聞とか見たり、人々の世界がどうなってるか調べたりするの?」
僕がそう尋ねると、オルニスは不思議そうにした。
「敵を知る為にたくさん見るけど……」
「今世界を騒がせてるベゼって知ってる?写真とか見たことある?」
「ベゼ?あの単独で行動してる魔物?見たことあるけど……何を言いたいんだ?私を困らせたいならそう言ってくれ」
「フフっ……フハハハハハハハハッッ!」
「何が面白い?」
ご機嫌だったオルニスの表情が、嫌そうな険しい表情に変わっていく。
そして、笑い終えた僕は、先程のオルニス以上にご機嫌になる。
「喜べ、目の前に居る僕こそ……ベゼだ」
僕の顔は、能力番号20『姿形を変える能力』で『ベゼの顔』に変わる。
その顔を見たオルニスは、また表情を変えた。
おったまげたような表情だ。
「それは凄い……そして可哀想……ベゼの墓場がこの小さな村なんて……」
悪と悪が戦う時……勝つのはより強大で邪悪な悪だと、僕は思っている。
僕がオルニスに勝つことで、それを証明しようではないか。




