第三十四話『計画的混乱』後編
人混みの中にベゼが数人居るのは確か。
分身の魔法なら、それで納得できる。
しかし、ベゼの様子が妙なのだ。
全員別人のような反応と素振りを見せている。
「待て!俺はベゼじゃない!今見た目こそベゼだが違うんだ!」
「俺もだ!一般人だ!本物が居るんだ!」
全員ベゼだと言うことを否定している。
もしかしたら、ベゼの姿に変えられた一般人なのかもしれない。
しかし人々は、さっきまで人を殺し回っていたベゼに恐れている。
その恐怖で、例えベゼじゃなくても、ベゼの見た目をした者を攻撃するのは当然だろう。
「油断させる気だ!構うな殺せ!」
「やめろォォ!」
だが、自分の身の危険を感じれば、ベゼじゃなくても抵抗する。
人々は恐怖で攻撃し、本物か分からないベゼは抵抗する。
あっという間に大混乱が起き、小さな戦場となり変わった。
「やめろ!止めるんだ!!」
俺が声を発しても、人々は戦いを止めようとしなかった。
敵かも分からぬまま、恐怖から要らない戦いを行っている。
「この光景はまさに、地獄だ」
俺は今更気付く。
この地獄のような状況を作ることこそ、ベゼの企みだったと。
*(マレフィクス視点)*
「アハハ!皆バカだ!」
きっとまだ状況が理解出来てない者も居るだろう。
僕が爆発に巻き込まれて死んだところからもう訳が分からないだろ?
説明してやるよ。
爆発に巻き込まれて死んだのは、僕ではなく一般の人間だ。
能力番号20『姿形を変える能力』は自分だけでなく他者の姿形も変えれる。
つまり、一般の人間をベゼの顔に変えてセイヴァーの囮として配置させといた。
爆発が終わり、セイヴァーが僕の偽物の死体を確認しに行ったら、いい具合いで一般の人間を『ベゼの顔』から『マレフィクスの顔』に変える。
そうすることで、能力番号20を魔法と思い込んでるセイヴァーは、死んだことで魔法が解けたと思う。
そして、姿をフードで隠して再びセイヴァーの前に現れてから、人混みに身を預ける。
セイヴァーが僕が生きている可能性に気付き、僕を追おうとするのは当然。
しかし、追ってみればベゼの偽物だらけ。
勿論、全員一般人が姿形を変えられただけだが、セイヴァー含めた民衆は、恐怖で他者を攻撃し、大混乱になる。
全部、僕の手の平の中で完成してたストーリー。
実行も出来たし、満足さ。
人は恐怖で他者を攻撃する。
この心理は悪であるからこそ、僕はそれを熟知し、利用出来た。
物事を理解すると言うことはこういうことだ。
ただ知るのとは違うのだよ。
「あと20分、君はどうするのかな?ヴェンディ……いいや、セイヴァーか」
僕は、天から人を見下す神のように、建物の屋根に座り、人々が無様に殺し合うのを眺めていた。
* * *
20分近く経った街は、先程以上に酷く荒れていた。
建物や人々は燃え、どこもかしこも死体と血で染まっている。
ベゼの顔をした一般人は、結果的に百人近く居たが、お互いが安心する為、生きる為、警察も冒険者も一般人も関係なく人々は戦い続けた。
消防隊が消した火も、警察が確保した安全も、冒険者が作った安心も、全て無駄になってしまった。
最後の方は、ベゼが直接的に関わっていなかった。
しかし、ベゼという存在に恐れ、その恐怖が人々を苦しめた。
結局、街の中で生き残った者は、セイヴァーを含め百人も居なかった。
「はぁはぁ……」
「もうベゼは居ない……やった!やった!」
「やったあぁぁぁ!はっはひ!」
人々の精神は狂ってしまった。
確かにもう、偽物を含めベゼの姿はない。
だが、僕から言わせてもらえば、最初からベゼなど居ない。
ベゼは人々の心の弱さが生み出す、まやかしなのだから。
心の弱さは悪である。
それを証明してやった。
「これがお前の策略かあぁ!卑怯だぞぉぉ!」
セイヴァーは、負け犬の如く叫んだ。
死体だらけの地面で、手も顔も血で染まり、絶望している。
「ピピピッ!!時間切れー!ただ今21時!」
セイヴァーの元に姿を現した僕は、タイマーの真似をしながら、お退けて振る舞う。
「てめぇマレフィクス!!」
「名前呼ぶなよ。次僕がベゼの時その名前を呼んでみろ……ホアイダやお前の両親を殺す。そして今回の勝負、僕の勝ちだ。何があっても動くなよ、ヴェンディ。動けばホアイダに仕掛けてる爆弾が元気よく発情するからな」
セイヴァーは自分の起かれた状況を理解する。
21時になり、時間いっぱい逃げ切った僕の勝利で、勝敗はついている。
しかし、まだ僕は楽しみたいの。
能力番号19――。
「衣類を生物に変える能力!」
大きな布を上に投げ、布を黒い骨の魔物――『ボーン.アダラ』に変える。
サイズは実際のアダラに比べたら小さめだが、建物くらいの大きさはある。
「正義だと言いながら、自分の弱さを悪だと認めないチープでつまらない奴らを……一人たりとも逃がすな。全員この場に集めろ……生死は問わない」
「ロオオオォ!!」
アダラは、僕の命令通り次々と人々を攻撃し、半殺し、もしくは死体で、僕の居る場所まで運ぶ。
仕事人のように、人々を連れて来てはまた探しに行く。
「きゃああああ!」
「やめろぉ!はなせぇ!?」
「あああぁぁ!」
目の前で人々が残酷に死んでるのに、セイヴァーは一歩も動かなかった。
それは、人質のホアイダの命を優先したということになる。
目は虚ろで、敗北して死んだような男の目だ。
自分の弱さと無力さに絶望してしまったようだ。
「あれ?セイヴァーって救世主って意味だよね?救世しなくて良いのかい?ねぇ、僕のヒーロー……皆のヒーローにはなってくれないのかい?」
そして全力で煽る。
こんなに楽しいことはなかなか無いだろう。
「お前……本当に何がしたい?お前は何者なんだ?俺には言葉だけでは分からない……よ」
セイヴァーがやっと言葉を発した。
ボソボソ声で、死んだ目のまま疑問を口にした。
「僕は僕で居たい。僕は人々から見た悪者だ。言葉で分からないなら、時間を掛けて僕を理解していこうね。勉強も最初から言葉だけでは分からないだろ?」
「頼む。ホアイダだけは……手を出さないと約束してくれ……。俺はもう、誰のヒーローでもないから」
セイヴァーは悪に負けた。
それは肉体的戦闘ではなく、精神的戦闘の話である。
だがその敗北は、死よりも残酷で辛いだろう。
「約束する。ただし条件がある」
「……なんだ?」
セイヴァーは、もう完全に世界を見捨て、私利私欲の為に生きようとしている。
実際、正義が悪に勝つなんて映画や漫画だけの話。
現実見たら分かる。
この世を収め、勝利を収め続けてるのはいつも悪だ。
政治家なんていい例えだ。
皆が皆とは言わないけど、自分を他者から見て正義だと思わせ、実在は私利私欲の為に自分が優位な社会にしていく。
しかし、彼らは社会的勝者だ。
政治家だけでなく、世の中は悪で溢れかえっている。
それが本質なのに、本質を隠し、正義で居ることが良いように見せかけている人々の気が知れない。
「これは学生生活が終わるまでの話。まず、マレフィクスとは友達で居ろ……そしてベゼとは敵で居ろ。マレフィクスの時に攻撃することは許さないが、ベゼの時ならセイヴァーとして阻止しに来ていい。その時だけは僕を殺すことも許可する……勿論ホアイダを人質には取らない。まぁ、僕を殺せたならの話だけど」
悪で居る為には正義が必要だ……その逆も然り。
だから、ベゼの時は常に危険があるスリルを楽しみたい。
それと同時に、マレフィクスの時には学生として思い出を作りたい。
「それが条件?お前、一体何考えてんだ?」
「何考えてる?今は君のことさ……僕も悪として成長し続けるから、君も正義として成長し続けるんだよ?こんなとこで挫けないでね。君ならきっとできる!頑張れ!」
僕は爽やかにニコッと笑い、セイヴァーの手を取って励ます。
そんな僕の背後で、そしてセイヴァーの目の前で、アダラが集め終えた人々を捻り潰した。
人々の体から吹き出た血が、僕とセイヴァーに雨のように降り注ぐ。




