第三十三話『計画的混乱』前編
* * * * *
街の住民は、カタラの石がある中央地から遠くへと逃げていた。
しかし、まだ何人もの人々が目に入る場所からベゼを名乗る男を見ていた。
彼らは、安全より好奇心を優先させてしまった者達だ。
「逃げた奴らを殺しに行くか」
ベゼはカメラから目を離し、まだ近くで逃げている人々を見た。
しかし、ベゼが人々を追おうと足を運ぼうとしたその瞬間、カメラマンが構えていたカメラが壊れ、空から現れた少年がベゼの首元を剣で切った。
「ちっ。浅いか」
首を切られたベゼは、至って冷静だった。
即座に少年の剣を蹴り上げ、流れるように少年を蹴り飛ばす。
「君は誰かな?」
ベゼは、近くにいたカメラマンとアナウンサーを虫を殺すかのように銃で撃ち殺す。
「クズ野郎……知っているくせに」
「お互い正体は隠そうよ……その為にカメラを壊したのだろ?僕はベゼ……君はセイヴァーだね」
ベゼは可愛らしく笑い、おどけたように足を遊ばす。
ステップをしたり、宙に浮かんだりと楽しそうだ。
「お前のその顔、その見た目、わざわざメイクしたのか?いや、それにしては身体付きも細身になっている気がするし、指とか髪の長さも違う。魔法だな?」
白いフードを被り、目元が隠れるハーフマスクを身に付けた小柄の少年のような男――セイヴァーは、ベゼと間合いを取りながら会話をする。
「あと45分、早く来な」
「お前こそ、早く逃げたらどうだ?」
セイヴァーは自信満々に笑みを浮かべ、地面に手を当てた。
地面は、触れている場所から瞬間的に紙になり、半径50m全て紙になった。
そして、セイヴァー自身も紙になり、地面を軽く切り、その切れ目に入って行く。
「高ぶってきたよ」
遠くから見ていた人々は困惑していた。
突然現れて、警察や冒険者を次々と殺し、街を暴れ回るベゼ。
そして、そのベゼを止めに来たセイヴァー。
その二人が戦い始めている光景……その全ての事実が人々を困惑させた。
まだ、人々の安全を確保する警察、魔物を倒している冒険者、火を消す消防隊など、街で戦っている者も居る。
それだけでなく、逃げ遅れた人々やベゼを見張る人々など、街の中には人々が大勢残っている。
彼らは、皆セイヴァーがベゼを止めてくれる未来を期待していた。
* (ヴェンディ視点)*
ベゼの見た目は、俺の知っている見た目とは明らかに違った。
正体を隠す為に、変身の魔法を持っていると考えて良いだろう。
そして信じたくなかったが、ベゼはマレフィクスで確定だ。
こうやって目にしたことで、マレフィクス=ベゼという事実が99%から101%になった。
そして奴は人間じゃない。
街を平気で壊すし、人も平気で殺す。
さっきだって、アナウンサーとカメラマンを呼吸するかのように殺した。
逆に言うなら、あのクソ野郎を同情も躊躇も無く殺せる。
躊躇う理由はあったが、今ので全て無くなった。
今ここで始末する。
「お前は自分が特別だと思い過ぎだ……薄汚れた悪魔の分際で」
今俺は、ベゼの足元で紙になった姿で潜伏している。
この紙になった地面の中に、大量の爆弾を仕掛けた。
爆破系の魔道具だったり、ダイナマイトだったり、とにかくここら辺は軽く吹っ飛ぶ。
「お前はマレフィクスではなくベゼだ。マレフィクスはもう思い出の中の友達……貴様は死ね」
爆破範囲外まで移動し、爆弾を作動させる。
瞬間、紙の地面はぶっ飛び、周りの建物も台風で吹き飛ぶ傘のように崩れ、吹き飛んだ。
「解除」
爆風が収まったあと、能力を解除して、紙になっていた建造物を元に戻した。
「死体は……あれか?」
ベゼの死体はすぐに見つかった。
爆発をもろに受けたせいか、手足が無くなっており、顔の皮膚も半分焼け剥がれている。
ベゼが身に付けていた服を来ているし、姿形もベゼだ。
「……くそっ」
ベゼの最後の声を聞いた。
掠れた声で、何とも呆気なく力尽きた。
それと同時に、顔や体付きが俺の知る姿に戻っていく。
長めの黒い髪、透き通った肌、綺麗な骨格――マレフィクスだ。
死んで魔法が解けたことで、姿形が戻ったのだろう。
「その顔になられると……流石に辛いな」
仮面の下で涙を堪えながらも、ベゼの死体を折り紙サイズの紙にして胸ポケットに入れた。
「やったのか!?」
「奴を倒した!やった!あの仮面の少年がベゼを倒したぞ!」
「やったああぁ!」
「助かったぁ!」
遠くから人々が駆け寄ってきた。
ベゼの死体を目にした者が、安全と安心を確信したのだ。
「あれセイヴァーだよ!ネットで見た写真と似てるもん!」
「セイヴァーありがとう!!同じ犯罪者でもあんたは正義の犯罪者だ!」
賞賛の声を聞いた俺の心情は複雑だった。
ベゼを倒したあとだからか、マレフィクス=ベゼという考えが過ぎってしまう。
遠くから警察や冒険者も次々と姿を見せる。
どうやら、魔物の撃退が終わったようだ。
それにベゼが居ない今、もう逃げる必要はない。
人々は少しずつこの中央地に戻って来るだろう。
「君がセイヴァーだな。本来は逮捕させてもらう立場だが、今回は礼を言う。本来にありがとう」
警察の一人が、かしこまって敬礼をした。
「まだ街に怪我人が居る。爆風で瓦礫に挟まっている者も居る……早く助けに行って下さい。そして出来れば、俺を追わないで下さい」
「……あぁ、そうする」
警察達は、救急隊や冒険者と共に人々の救助に回った。
それを確認した俺は、人々に称えられながら、その場を去ろうと、震えた足を動かす。
「マレフィクス……」
俺の仮面が濡れた。
胸元に手を当て、マレフィクスとの思い出を思い出してしまったのだ。
ベゼもマレフィクスも死んだ……複雑な気持ちというのはこのことを言うのだろう。
心が虚しい。
「泣いてるの?」
俺の背後で、聞き慣れた声がした。
その声は、俺を骨の髄までゾッとさせた。
恐る恐る背後を見ようと、目線と首を右後ろに動かす。
そこには、黒いフードを被って目元を隠した少年が、牙の生えた歯を見せてニヤリと笑っていた。
「嘘だ……確かに俺は……」
俺はすぐに振り返った。
「バーイ!」
振り返った時には手遅れだった。
フードを被った少年は、笑みを見せたまま人混みに消えて行く。
「皆気を付けろ!!まだベゼが生きている!今黒いフードを被ったベゼがその人混みに逃げたのを見た!それらしい奴を見たら逃げろ!!」
何が起きているか、俺もまだ全然分からない。
しかし、ベゼが生きている可能性がある限り、人々への呼び掛けは必要だ。
「何言ってんだ?さっき死体を見たぞ?セイヴァーが死体を小さくして胸ポケットに入れてたろ?」
「そうよ!何言っての?」
「え?どっち?まだ生きているの?死んでんの?」
だが、人々は信じようとしない。
さっきベゼを始末した本人が、死んでないと言うのはおかしいからだ。
「胸ポケットの紙……解除」
俺は人々の言葉で思い出し、ポケットの紙を取り出し、解除した。
折り紙は死体に戻る。
「何だ……どうなったんだ?奴は……一体何を?」
確かに、紙にした死体はマレフィクスのものだった。
もっと詳しく言うなら、魔法が解け、ベゼの顔がマレフィクスに戻った者。
この目で確かに見た。
けど、今この場にある死体は全然知らない人間の顔だ。
身長や体格もマレフィクスとは違う。
さっきまでマレフィクスだったのに、折り紙にして解除したら別人になっていたのだ。
頭がどうにかなりそうだ。
「居たぞ!ベゼだ!」
――なんだと?
「どこだ!」
人混みを押し寄せて、声がした方に行く。
そこには、殺したはずのベゼが居た。
姿形、服装もさっき殺した時と同じだ。
しかし、ベゼの様子が妙だった。
「え?俺のこと?ベゼ?あれ?何か変だぞこの体?あれあれ?」
まるで自分を理解してないようだ。
意味の分からないことを言って、困惑させようとしているのか分からないが、まるで別人のようだ。
「何言ってんだお前!」
「殺るんだ!」
しかし、隙をついた冒険者が、ベゼを剣で突き刺した。
「がぁ!」
「やった!」
ベゼは血を吐き、再び俺の目の前で死ぬ。
「死んだ?何だ?今この数分、何が起きたか分からない」
警戒しつつ、ベゼの死体に近付く。
そしてまた顔を確認する。
その瞬間、またもや妙な発言が聞こえた。
「ベゼだ!」
「お前ら近付くな!」
「ベゼが二人居る!」
この人混みで、皆が混乱していた。
人混みの中に、ベゼが二人居たのだ。
「何だと?ベゼは何人も居るのか?」
「おい見ろ!あっちにも居る!」
「待て!あっちにもだ!」
なんてこったい。
今俺が見つけた数だけでも、十人……十人のベゼが人混みの中に居る。
全員が惚けた顔をして、人々同様困惑した様子だ。
「俺は今……何を見せられているのか分からない。もう、思考停止だ……」
ベゼが生きているのか死んでいるのかも分からない。
しかし、誰も予想出来ないような、恐ろしいことが起きているのだけは……確かだ。
 




