第三十二話『ベゼの再来』
*(ヴェンディ視点)*
頭の中はパニックだった。
疑いが当たって欲しくなかったのに、間違え一つなく当たってしまった。
友達の正体が、両親を殺し、故郷を平然と壊した悪魔だったのだ。
それも、目的が『悪役で居ること』。
マレフィクスの言う通り、俺は奴を理解出来ない。
両親に虐待されて憎かったから、復讐をしたいから、誰かを救いたいから、世界を変えたいから、そういう目的や理由ならまだ分かる。
だが奴は違った。
生まれ持っての悪人は居ない。
俺のその考えを否定する存在、それこそマレフィクスだ。
奴の思考と行動は常軌を逸している。
「ホアイダー、帰りスイーツ食べに行こうよ」
図書室での一件があった日の学校の帰りに、マレフィクスがホアイダに話しかけた。
一見スイーツのお誘いだが、マレフィクスにホアイダを近寄せるのは危険だ。
「良いですね」
「じゃあ行こう」
「行くなバカ!!」
俺は思わず叫んでしまった。
マレフィクスの正体を知った今、ホアイダがマレフィクスによって何かされるのが怖い。
「何だいヴェンディ?」
「何ですヴェンディ?」
「いやっ、そのっ――」
「変な奴、行こうホアイダ」
マレフィクスはホアイダの手を取り、俺を置き去りにするように足を運んだ。
そして一旦俺の方を振り返り、ニヤリと笑いながら、ホアイダと握っていた手を恋人繋ぎに変えた。
ホアイダは満更でもない反応をしている。
「野郎……」
昨日まで友達だった奴に、今は怒りと嫉妬しか込み上げてこない。
とにかく、今夜の勝負は絶対に勝たなくてはならない。
20時までに準備をしなくては。
* * *
マレフィクスがしそうなことを予想しておく。
予想しておくだけでも、戦いを有利に進めれる。
まず現時点で分かってるマレフィクスの力を整理する。
能力は『衣類を生物に変える能力』、魔法は火属性。
あと奴には、今回の勝負の場所バグーに移動出来る魔法があると読める。
他にも魔法を隠し持っていると考えるべきだ。
能力でしそうなことは、『ボーン.アダラ』や『タラサ.ウェルテックス』のようなSランクの魔物での襲撃。
しかし、俺の能力の前には大きな魔物は逆効果……触れて対処出来る。
他にやりそうなことと言えば、人質を取ること。
しかし、今回の勝負に関しては、割り切らなければならない。
人々の命を助けようとして、マレフィクスに勝たれたら元も子もない。
冷酷な判断だが、勝利を最優先にする。
「時間まであと二分、場所はバグーの首都アヴァロン……旅行で立ち寄ったこの場所だ」
勝負の時間まで二分を切った。
フードを被り、目元が隠れるハーフマスクで顔を隠す。
勝負の場所は、マレフィクスとホアイダと訪れたバグーの首都――カタラ人の墓であるカタラの石がある街だ。
「一体どこから現れ、どうやって襲撃する気か分からないが、俺が必ずお前を殺す」
心の中の迷いはもう無い。
ヴェンディとしてマレフィクスを殺そうと思えば、躊躇してしまう。
だから俺は、セイヴァーとしてベゼを殺す。
生かして更生させようなんて思わない……その甘さが命取りになることを知っているからだ。
「きゃああああ!」
「皆逃げろー!」
街の人々の様子がおかしい。
門がある方から、人々が津波のように流れて来ている。
まるで何かから逃げてきたような慌てようだ。
「おい!門から魔物の大軍が襲撃してきたってよ!」
「はぁ?そんなバカな!?門は鋼鉄だ!魔物が壊したと言うのか?」
「いや、聞いた話によれば消えたらしい」
魔物の大軍、どう考えてもマレフィクスの仕業だ。
街中に現れるのではなく、わざわざ門から入ってくるとは思わなかった。
*(マレフィクス視点)*
今回襲撃する街を囲む壁は、レンガの厚い壁。
しかし門の扉は鉄だ。
僕はそれに目を付けた。
――能力番号6『鉄を消す能力』。
門番を殺し、能力で大きな扉を消してしまう。
消すのは壊すのと違って激しい音が出ないし、一瞬だ。
――能力番号5『相手から恐怖を無くす能力』。
そして、森や付近の魔物を刺激し、この能力で恐怖を取り除いた。
よって、魔物達は僕に誘導された形で着いて来る。
あとは馬を走らせ、魔物を誘導し、ガラ空きの門から堂々と派手に登場という訳だ。
「ひゃああっはあー!!暴れろ野郎共!」
――能力番号20『姿形を変える能力』。
流石に、マレフィクスとしての顔で悪さをしれば、学生生活が出来なくなる。
なので、ベゼとしての顔で悪事を働くことにする。
髪は白色、そして赤の十字でペイント。
肝心な顔は女よりにし、まつ毛は長く、目の周りは黒くなっている。
目は赤いままだが、いつもの光のない赤ではなくて、輝きのある赤だ。
肌はカタラ人以上に真っ白、爪は真っ黒、歯には小さな牙が生え、頭には魔物のような角。
これからは、この姿の僕を『ベゼの顔』と表現する。
「きゃああああ!」
「皆さん慌てず避難して下さい!」
人々は警察によって避難を誘導され、警察は魔法や能力、拳銃や魔道具を使って魔物を撃退する。
流石にこの程度の魔物では、街の警察で何とかなるようだ。
「フォティア.ラナ!」
街に火を放ちながら、街中を馬に乗って進む。
「奴だ!魔物を連れ出した犯人は奴だ!」
「捕まえろ!」
警察だけでなく、戦う覚悟と準備が出来た冒険者も集まってきた。
その数人が僕の存在に気付き、魔法や能力を使いながら襲いかかってくる。
「ヘヘッ!雑魚のくせに元気いっぱいだなッ!」
――能力番号1『爪を尖らせる能力』。
冒険者の一人の肩を使って逆立ちをし、周りの冒険者の首をで尖らせた爪で切り裂く。
肩を使わせてもらっていた冒険者の首も切り、再び馬に乗り込む。
「何だ奴の動き!?並大抵の身体能力じゃねぇ!」
「奴に近付きすぎるな!銃や弓で攻撃しろ!」
冒険者と警察は、上手く連携を取り、僕を追う者と僕を待ち伏せする者とで別れる。
挟まれた状態で、指を周りの奴らに向けた。
――能力番号17『指を銃に変える能力』。
指が拳銃に変わり、それを標準合わせて連射する。
「うぁ!」
「ぐはぁ!」
「怯むな!!」
しかし、弓と弾丸が腕や腹にかすったので、バランスを崩して馬から落ちてしまう。
「落ちたぞ!」
「今だ!やれ!」
「この大ボケ野郎共、落ちたくらいではしゃぐなよ」
――能力番号11『影を水に変える能力』。
時間帯は夜で、街には影がたくさん伸びている。
僕が触れた影から繋がっている影へ能力が伝わり、その影全てが水になる。
一瞬にして、街の道はウォータースライダーのようになる。
「ひゃっほい!」
僕が作ったウォータースライダーの終着点には、先回りしていた警察と冒険者が数名居た。
既に魔法や銃を構え、僕に向けて放っている。
――能力番号3『手から釣り糸を出す能力』。
しかし僕は、近くにあった街灯に釣り糸を引っ掛け、引っ張り上げ攻撃を避ける。
そしてそのまま、三人の冒険者の脳天に、丁寧に三発銃弾を当てた。
「打て打て!」
「何だこいつは!?」
空中で身を捻り、警察の弾丸と魔法を避ける。
着地と同時に、警察の顔を蹴り飛ばし、華麗に落下した。
「ふぅぅ、楽しかった……んっ?」
僕が着地した場所は、カタラの石があるこの街の中央地だった。
周りの人々は勿論、僕を撮影しているニュースアナウンサーやカメラマンも一歩二歩と下がって、僕に恐れている。
こんな状況でも撮影しているのは、流石プロって感じだ。
「そのまま撮ってろ!」
ベゼとしての顔をしている時は、声優のように違う声を使う。
少し低めでありながら、女性のような声を意識して喋ることにした。
何しろ、見た目が女性よりだからね。
「ひぃ!」
「みっ、皆さんこの街は今日でっ、終わりかももしれませ……ん。街襲撃の首謀者が近づい……てます」
アナウンサーは震えながらも、逃げることを諦めて現場を解説する。
カメラマンも同様。
二人を囮にするかのように、周りの人々は僕から逃げた。
「我はベゼ!エアスト村を襲撃した者だ!そして今回この街も破壊し尽くす。そして宣言する!我は世界を征服する!それでは皆の衆!今夜も……good luck!」
ただ今20時10分。
まだセイヴァーは現れないが、今夜のパーティは華麗に始まった。
恐らく、あのカメラから僕の存在が全世界に広がる。
別に凄くしたい訳じゃないが、世界征服を宣言した。
なぜそこまで興味のないことを、わざわざ宣言したか?
それは、世界征服を宣言したことにより、僕の明確な目標を人々に理解させ、より恐怖させることが出来る。
カメラを通し、ベゼの顔が世界に伝わり、存在が確定した。
それで良いのだ……全て僕の思い通りさ。




