第二十九話『罪悪感』
*(ヴェンディ視点)*
十一人の死体を紙にして燃やした後、マレフィクスは言った。
「皆が殺し合いを始めたのは本当何だ。それで僕は隙をついて荷物を持って逃げ出そうとしたら、連中の一人が僕に襲いかかってきた。僕は咄嗟にその子に魔法を放った……仕方のないことでしょ?」
俺はマレフィクスを信じた。
人を殺したことを隠したいなら、誰も殺してないと言うのが当然だし、震えた手と悲しい表情を見れば疑うことは出来なかった。
もし本当に、マレフィクスが彼ら全員を殺したなら、わざわざ一人だけ殺したなんて嘘をつく理由が無い。
それにマレフィクスの言う通り俺らは共犯者だ。
お互い一人づつ殺してしまった。
俺に関しては、セイヴァーとして何百人も殺してる。
マレフィクスを責める資格は無い。
それと、俺はマレフィクスが言ったある言葉で過去を思い出した。
「その青年を助けた所で、その青年は再び盗みをする。そしてまた盗み仲間を増やし、被害者を増やす。こいつはまた悪さをする……全て受け入れるんだヴェンディ、こうなって正解だから今この青年は死にかけている」
前世で、俺が逃がした強盗犯が妻を殺した事実。
俺があの青年を助けていたら、前世の妻のような被害者が出る可能性が増えていたかもしれない。
俺は過去の経験から、マレフィクスの言う通りだと思ったのだろう。
* * *
地図の危険信号は未だに消えていない。
まだマレフィクスに危険が起きるということ。
しかし、俺の頭に別の考えが過ぎる。
――マレフィクス自身が危険、だということを示しているのではないか?
だが俺は、その可能性に目を瞑りたがっている。
少なくとも、今はその可能性に目を向けたくない。
「電気消すよ?」
「あと少し待って下さい……この絵本を読み終えてません」
ホアイダは、俺とマレフィクスが何の被害も起こさず荷物を取り戻したと思っている。
俺もマレフィクスも、ホアイダに悟られまいといつも通りに接するが、心の中は罪悪感で押しつぶされそうだ。
「じゃあ読み終えたら電気消しといて。僕は先寝る」
「分かりました」
マレフィクスは、部屋の灯りを消す前に眠りについた。
昨日は竜と戦ってたし、朝まで船を見張っていたし、今日は散々だった。
疲れて一瞬のうちに眠りに入るのは当然だろう。
「寒いですか?」
電気を消したホアイダが、半分寝ていた俺に小さな声で言った。
「何で?」
「震えていましたよ」
「……少し寒いだけ」
するとホアイダは、毛布に包まったままベッドから降り、俺の震える両手を優しく握った。
「震えが無くなるまで握っててあげますよ」
「えっ!?やめろ恥ずかしい!」
マレフィクスが寝てるのに、思わず大きめの声を出してホアイダの手を振り払った。
ホアイダは、少し申し訳なさそうに手を引っ込める。
「すみません……やっぱり分からないのです……人との距離感が分からないのです。友達なんて居たことないですから」
その一言で、俺も申し訳なくなった。
ホアイダにとって、俺やマレフィクスは初めて友達と言える存在。
今の俺の行動は、対人関係が苦手なホアイダを理解していない証拠だ。
改めなくては。
「いきなりだったから少しびっくりしただけなんだ……嫌とかじゃない。お前は可愛いから尚更だ」
「そう……ですか」
ホアイダは、照れを隠すように毛布で口元を覆った。
そしてすぐ、俺のベッドに上がり込んだ。
「こっちで寝るのか?」
「嫌なら嫌って言ってください……傷つきませんから」
「いや、むしろ最高だ。だが、お前が女なら気を付けた方が良い……夜の俺は誰にも止められない」
「……ヴェンディのバカ」
ホアイダのおかげか分からないが、震えていた手は正常に戻っていた。
* * *
翌朝、ホアイダはまだ眠そうなままマレフィクスに起こされた。
朝の身支度が済んで、朝食を食べるだけになったマレフィクスは、ホアイダを急がす。
「起きたかい?」
「ん〜、まだ眠たいです」
「君はだらしないな……パジャマのボタンが全部バラバラに掛かってるよ?ちゃんと着なさい」
ホアイダのバラバラに掛け違いてるボタンを、マレフィクスが丁寧に直す。
「それよりヴェンディ知らない?」
「上に居ます」
ホアイダが指を指した方向は真上だった。
そこには、天井に糸で蜘蛛のように吊るされた俺が居る。
勿論、好きでここに居る訳じゃない。
「何やってんの?」
「昨日、ホアイダの胸に手を伸ばしたらこうなった」
「お前キモッ……男か女か分からない奴に発情すんなよ」
マレフィクスは、俺に腐ったゴミでも見るかのような目線を送った。
どう見ても本気で引かれてる。
「ベッドに上がり込んだホアイダが悪い……ごく普通の健全な男子なら誘ってるとしか思わないだろ?」
そう、昨日ホアイダが俺を誘ってると勘違いして、胸を触ったら吊るされたのだ。
まったく泣けるぜ……俺って罪な男よ。
「で?男だった?女だった?」
「そりゃもう最高だ――」
マレフィクスに自慢げに答えようとした瞬間、ホアイダが水魔法で俺の口と鼻に水を詰めた。
「お……おぼぼぼぉぉ」
「マレフィクス、行きましょ」
「んじゃ!先ご飯食べに行くね〜」
ホアイダは、俺を吊るしたままマレフィクスと部屋を出た。
この日、ホアイダは一切口を利いてくれなかった。
それはともかく、俺は昨日自分のルール①と⑥――このルールを無意識に破った。
①殺人を犯した者以外は殺さない。
⑥自分が正義だと思わない。
自分との約束を破った報いはいつか来る……今の俺が知らないだけで、きっとそうだ。
それが、骨の髄が震えるくらい怖い。
*(マレフィクス視点)*
竜の土地には五日滞在した。
滞在初日から荷物を盗まれたり、盗人を殺した所をヴェンディに見られたり、ヴェンディを洗脳したり、色々あったが問題なく旅行を続けれてる。
それと同時にヴェンディの謎が見えてきた。
まず謎というのは、ヴェンディがセイヴァーとして殺人犯を殺す時、どうやって殺人犯を探し出しているかだ。
この答えを導くヒント……それは、僕が盗人を殺してる途中に、ヴェンディが僕と盗人を探し出せた事実。
恐らく偶然見つけた訳ではない。
地図を見れば世界の危機的状況が分かる魔法。
この魔法の存在を思い出した。
ヴェンディがこの魔法を習得しているなら、セイヴァーとして殺人犯を探すのも、僕と盗人を探し出せたのも納得出来る。
とにかく、この世界で悪役として出過ぎた真似をすると、ヴェンディに僕=ベゼだということがバレかねない。
まだ学生としての僕を楽しみたいし、能力も貧弱なものばかりだ。
今バレてしまうのは正直つまらない。
よってまだ、大きくは動かないようにしよう。
「おーい!キャプテンマレフィクス!もうすぐ着くぞ!」
「一日とちょっとで着いたな」
海に出て一日とちょっと、竜の土地から人の土地へ行くのは早かった。
世界一周、意外と早かった。
あとは、軽く観光して僕らの国エレバンに帰るだけだ。
「ホアイダは?」
「気持ち悪いった言って横になってたよ」
「生理か?」
「酔っただけだろ」
二日前までのヴェンディ、盗人の青年を殺した罪悪感に苛まれていた様子だったが、今ではその罪悪感を克服したように見える。
僕やホアイダと話す時も、無理してるように見えない。
しかし、殺人犯なら平気で殺すセイヴァーとしての一面もあると考えれば、正常に戻るのが早いのも当然のような気がする。
まぁ、殺しを友達に知られているだけでも状況は違う。
凡人にしては精神的に強いと思う。
「着いたな」
「今日はバグーを観光して、明日エレバンに帰ろう」
人の土地に到着。
春の世界旅行に、終わりが見えてきた。




