第二十四話『再び海へ』
ホテルが燃えた日、僕とホアイダは魔の土地を馬を使って移動した。
休憩として、観光をしながら北西を目指したが、一番近い海岸付近に来るまで三日掛かった。
魔の土地の『角』と言われる海岸付近から、竜の土地まで海を渡るのには近い方だ。
ただ、神の土地とも近いので、好んで角から海を渡る者は居ない。
そこには港も無いが、敢えてそこから渡ろうと思う。
魔の土地の西側方面まで行くのには、馬では一週間以上掛かったてしまう。
だから早めに海に出る。
ただし、今日はもう夜遅い。
近くのホテルで一泊して、翌日に海を渡る。
「くくっ、呑気な奴だ」
部屋のお風呂で、ホアイダが入浴している。
僕はポム吉を手に持ち、音を立てず静かに風呂場のドア前まで足を運んだ。
風呂場のドアからホアイダは見えないが、鼻歌とシャワーの音は聞こえる。
「行くぜ」
「きゃぁ!」
ドアに勢い良くポム吉を押し付けると、ポム吉の鼻とドアがぶつかる大きな音が鳴る。
風呂場から見れば、ドア越しにポム吉の顔が潰れて見えるだろう。
「照れちゃう!」
ポム吉の声真似をしてみる。
裏声で出す声……正直、結構上手いと思う。
「マレフィクス!!出てって下さい!」
「違うよ!僕!ポム吉だよ!」
「ぽっ、ポムちゃん?なら尚更出てって!このエロ吉!」
いつものことだが、ポム吉だと言えば、少し嫌なことでも付き合ってくれる。
「ほわぁ〜!」
ドア越しに水をかけられたので、しっかりとやられたふりをする。
* * *
翌日、僕らは朝8時にホテルを出た。
海岸付近には、漁業を営む漁師や船乗りがたくさん居た。
朝早く、何隻かは海を出ている。
「おじさん、そのキャラック船いくらしたの?」
船に荷物を運んでいた男に話掛ける。
「買ったのは俺じゃないよ……俺の家計の船だからな。けど、お金にするならだいたい金貨30枚かな」
ここで、世界のお金について話をしよう。
この世界の通貨は全世界共通だ。
紙幣は無く、硬貨が三種類だけ。
価値が高い順に、金貨、銀貨、銅貨。
日本の価値にすると、銅貨は100円、銀貨は1万円、金貨は100万円、といった感じだ。
今この男は、船の値段が金貨30枚と言った。
つまり、この船はだいたい3,000万円ということになる。
「かなりボロいね」
「何十年も使ってるからな」
「この船買いたいんだけど、いくら出せばいい?」
「「え?」」
男もホアイダも、たまげた声を出して僕の方を見た。
「金貨30は出してもらう。けど、流石に冗談だろ?旅行者がそんなに持ってるはずが無いし」
「彼の言う通りです。そんなお金ありませんよマレフィクス」
「あるさ」
僕はバックから大きな布を三枚取り出し、それを能力番号19『衣類を生物に変える能力』で三頭の馬に変える。
「この馬はディナシーという値段が高い種類の馬だ。一頭金貨15枚くらいする。三頭で金貨45枚、大量のお釣り付きだよ」
「この馬なら知ってる!俺毎月一回競馬に行くくらい競馬とか馬が好きなんだ!だから知ってる!本物だ……本物、間違いない」
「話が早いね。売って金に変えれば新しい船も買える。どうだい?」
「待て、一つ聞く。この馬、能力か魔法で創ったろ?寿命が短いとか、性能が違うとか無いよな?」
「無い。心配なら硬貨に変えるまで、ここで待っててあげようか?」
「その言葉が聞けただけ十分……信じるよ。物々交換成立だ」
「どうも」
予定通り、物々交換が成立した為、キャラック船を一隻入手することが出来た。
まったく、能力というものは本物に便利な力だ。
「操縦できるのですか?」
ホアイダが心配そうに言った。
何しろ、この船には僕とホアイダしか乗らないのだ。
心配になるのは当然のことだ。
「昔から何でも出来た。一回読んだ本や教科書は一文字たりとも忘れないし、楽器もゲームもスポーツも全て誰よりも上手に熟せた。出来ないことはたった一つだけ……けど、つい最近は唯一出来ないことも出来るようになったんだ」
「……その出来ないことって何ですか?」
「自分であること」
そう、僕は生まれた時から何でも出来たのだ。
前世からね。
出来ないことは……悪役で居ること=自分であること。
それも息を吐くように出来るようになってしまった僕は、人の領域を出たのだろう。
神や悪魔が居るなら、僕はそれすらを超える存在を目指す。
誰だろうと僕より上に立たせはせず、僕に恐怖してもらう。
この旅行は、それを実行する為の一歩でもある。
*(ヴェンディ視点) *
マレフィクスとホアイダが、二人だけで船に乗ったのが見えた。
どうやら二人は、漁師の男と取り引きしたようだ。
「ハハッ!二頭は売って、一頭は可愛がろうかな〜」
「さっきの少年達は、たった二人で乗ったのですか?」
機嫌良さそうな男に話しかける。
「え?あぁ、そうだけど……二人の知り合いか?」
「はい。彼ら二人、どちらが操縦してるか分かります?」
「確か赤い目をした子だよ。教えた訳でもないのに、当然のように船を操縦出来てたな」
「ありがとうございます」
「あぁ」
まだ船はそこまで遠くに行ってない。
見失わず、かつ見つからずについて行かなくてはならない。
俺の能力ならどちらも可能にできる。
折り紙を解除し、元の姿――スナイパーライフルにすると、船に向けて銃口を合わせる。
「おい!何やってんだ!?」
「大丈夫、問題は起こしませんよ」
引き金を引くと、弾丸が静かに船にめり込んだ。
銃口から弾丸に、見えない細さの糸がワイヤーが長々と付いている。
銃口に付いているワイヤーを切り、自分の腕に巻き付ける。
「行くか」
そして、自分自身を紙にし、小さな紙の船になる。
俺はそのまま船に引っ張られ、海に浮かんで進む。
*(マレフィクス視点)*
船に乗って六日経った。
船を操縦してると、海賊映画の主人公になった気分になれる。
キャラック船も海賊船ぽいし、異世界ということもあり、より僕の心を踊らせてくれる。
海賊達は自由と略奪を仕事とした者達、僕との共通点だらけだ。
「あっ、あと何日で……着きますか?」
船酔いしたホアイダが、今にも吐きそうな表情をして聞いてきた。
もう何日もこの調子だ。
「この調子ならあと一日で着く」
「あと一日……」
海には、お魚さん達だけじゃなく魔物も居る。
海は人間にとって戦いずらい場所だから、それほど強くない魔物でも苦戦する。
冒険者の中には海のクエスト専門の変わった奴も居る。
その理由としては、人気の無いクエストだから、報酬が高いからなどが挙げられる。
「うっ、吐きそうです」
「吐くなら海に吐け」
「うっ、すみませんお魚さん」
ホアイダは船から海を見下ろし、いつでも吐ける準備をする。
「ん?魚……の死骸?」
ホアイダが目にしたのは、海に浮かぶ魚の死骸だった。
無惨にも、食い殺されたような死骸で、海に血が流れ出ている。
「マレフィクス、何か変です」
「変?それって君のことか?今に始まったことじゃないだろ」
ホアイダの目の前の死骸は、一匹二匹と海の底から浮かんで増えてくる。
僕はそんなことも知らず呑気に船を操縦しながら、高いワインを飲んでいた。
「影!?海の下に何か居ます!魚を食べた犯人が居ます!」
「は?魚を食べた?それは鮭か?鮭ならお前の相棒のポム吉だと思うぜ……クマは鮭が好きだからな」
冗談を言いながらホアイダの方を振り返る。
僕はその時、初めて魚の死骸を目にした。
船の背後には食い散らかされた魚の死骸が浮いてあり、その魚の死骸の下には大きな影が見える。
船の一回りも二回りも大きい影だ。
海の下に何か居るのは確実……それも化け物と呼ぶのにふさわしい存在だ。
「ホアイダ、妙な叫び声を上げるな……慌てず僕の方に来い。いつでも飛べるようにな」
「なっ……まっ、マレフィクス……」
ホアイダは叫び声を上げていないが、僕の方を見て足が震えている。
叫び声を上げてないというより、声を奪われるほどの恐怖に直面したという感じだ。
「その目線の方向……そゆことね」
振り返ると、僕の目の前には化け物が居た。
ワニと竜のハーフみたいなブサイクな顔が、海から出ていて僕のことを見ている。
「がぅぐるるる」
「僕はこの船の船長、キャプテンマレフィクス!ほぉら、壊してみろ!僕に壊される前に……できるならね」
この竜からは逃げはしないし、逃がしもしない。
能力番号19『衣類を生物に変える能力』でこの竜を創れるようにしたいってのもある。
けど、単純に僕の方が怖くて強いって証明したい。
もしかして僕が思う以上に、僕は戦いが好きなのかもしれない。




