第十六話『初めてのクエスト』
転送された場所は、見たこともないような、美しい洞窟だった。
海賊映画や海外の本に出てきそうな、広々とした神秘的な場所だ。
天井を見上げれば、光が漏れているのが分かった。
地上と今いる場所は、そう遠くない。
光は海に反射していて、洞窟の割には明るい。
「おーい!ハンナ!マレフィクス!」
少し遠くから、エリオットの声が聞こえる。
周りに、二人が居ないのを見ると、転送場所は一定ではないらしい。
「こっちだよ!」
また別の方向からハンナの声が聞こえる。
取り敢えず、二人と合流しよう。
「よし、皆無事だね。それじゃ、下を目指して行こう」
合流すると、二人は迷いなく道を突き進んだ。
まるで、目的の鉱石の場所を知ってるいるようだ。
「目的のフローライトの場所、分かるの?」
「バッチシ、何度も行ってるから場所を把握しているんだ」
「何回くらい?」
「たくさん」
もう慣れっこって表情だ。
街の道を歩くのと、大して変わらないのだろう。
道を突き進んでいると、徐々に暗くなってきた。
光が遠くなり、エリオットは懐中電灯を取り出し、前方に明かりを灯した。
「階段?」
目の前に現れたのは、古い鉄の階段だった。
下に行きやすいよう、丁寧に設備されている。
「昔の冒険者が作った階段さ。下に行きやすいよう建てたの」
階段は結構長かった。
たまに、踏んで大丈夫か疑うような階段もあったが、無事下に降りれた。
「何だここは?」
階段を降りて、目の前に広がっていた世界は、これまた神秘的だった。
光り輝く鉱石が、天井や床のあちらこちらに広がっている。
おかげで、洞窟に懐中電灯や光は要らない。
「ここら辺の鉱石は取ってはならないんだ。安全地帯として、目印として、必要だからね」
奥に進めば、直ぐに分かれ道が見えた。
五つの分かれ道が丁寧に用意されている。
僕ら三人は、一番左の道に入っていた。
道に入ってからは、ハンナが光魔法で明かりを灯した。
「光魔法、ファナー.ランプ」
ハンナを中心に、約半径10m明るくなった。
懐中電灯よりは、断然周りが見やすい。
「気をつけろよ、ここから先は普通に魔物が居る」
「分かった」
しばらくすると、魔物のうめき声が聞こえてきた。
犬が吠える前のような、ライオンの威嚇のような声だ。
「来るぞ、飛び道具に警戒しろよ」
光の中に入り込んだ魔物が見えて来た。
魔物はすぐに攻撃はせず、こちらの様子を見ている。
「待て、攻撃するな。あれは『ロッツ.オグル』。触覚が一つの奴は攻撃しなければ無害だ。二つ以上は普通に攻撃してくるけどな」
僕もこの魔物のことは知っている。
『ロッツ.オグル』、岩の体を持った鬼というのが、一番良い表現だろう。
頭に岩の触覚があるのだが、触覚の数で強さが違う。
触覚一つは攻撃しなければ無害、触覚二つは知能が低く狂暴、触覚三つはそれなりの知能にそれなりの戦闘力、触覚四つ以上は魔法を使える者も居る。
しかし、触覚四つ以上は滅多に居ない。
「慌てずにゆっくり来て」
「分かった」
触覚一つのロッツ.オグル――オグルが二匹の前を通り、またしばらく歩く。
すると、青く光る鉱石が複数見えて来た。
この青く光る鉱石こそ、目的であるフローライトだ。
周りには、赤や紫に光る鉱石や、水たまり、不思議な植物、見たことない土などがある。
だが、その周りにはオグルの集団が居る。
こいつらを倒さないと、フローライトを回収できない。
「一、二……五。触覚二本が三匹、触覚三本が二匹、全部で五匹」
「どうするエリオット?マレフィクスには待機してもらった方がいいんじゃない?」
「だな。マレフィクス、君はここで待機してろ」
僕がごく普通の子供なら、待機させるのは当然の状況なのだろう。
しかし、この僕は実年齢83歳のスーパーおじいちゃんだ。
それに、魔物に対する恐怖心は全くない。
「二人とも僕を舐めないで。僕がびびって足手まといになる子供に見える?」
「……そこまで言うなら手伝ってもらおう。ハンナが矢を打ったら、攻撃の合図だ。分かったなら静かに近づいてくれ……奴らは暗闇こそ目が良いが、光の中ではほとんど見えてない。音を立てるなよ?」
「了解」
エリオットもハンナも、自信たっぷりの僕に目を丸めた。
お互いに目を合わせ、(変な子)って言ってる。
ロッツ.オグルの集団から5mの距離まで行くと、エリオットがハンナに合図を送った。
触覚三本のオグルの頭に、矢が刺さる。
同時に、僕とエリオットはオグルに剣を振るう。
しかし、僕の短剣はロッツ.オグルの硬い皮膚に深くは通らなかった。
エリオットは立派な大人の体、僕は貧弱な子供の体、考えてみれば力不足なのは当然だった。
「マレフィクス引け!」
「断る」
仕留めそこなったオグルを蹴り離し、手のひらをオグルに向ける。
「フォティア.ラナ」
生きていたオグル三匹に火が移り、苦しそうに悲鳴を上げる。
「めひゃああああああぁ!」
「良し!火で炙れば、お肉は柔らかくなる」
オグルの剥がれ落ちる皮膚に、短剣が刺さる。
そして、短剣を滑らかに、流れるように、オグルの首に当てる。
オグル二匹の首は落ち、もう一匹も力尽きる。
「終わったよ」
「あ……大丈夫か?君、随分肝が据わってるね……ははっ、生首は見ない方がいいよ。俺も初めて見た」
オグルの生生しい死体と生首に驚いているのか、僕の実力と行為に驚いているのかは分からない。
だが、二人とも驚愕している。
エリオットは近寄りがたいようで、ハンナは気持ち悪そうに口を押えている。
冒険者の癖に、死体に慣れていないのかな?
「普段から魔物の死体見てんじゃないの?」
「いや、見てるけど……首を刎ねるのは、君が初めてだよ」
「どこが弱点か分からなかったから……ごめんなさい」
少し本性を見せすぎた為、子供らしい申し訳ない表情を見せる。
エリオットは顔を引きつる。
「ははっ、今度から気を付ければいいよ。じゃあ……フローライト回収しようか」
「うん。僕が回収するから、エリオットはハンナに付き添ってあげて良いよ」
「……ありがとう」
エリオットにとって残酷だった僕から、少し優しい僕になった為、彼にとって不気味だろう。
僕は悪役であるが、ごく普通の人の気持ちも分かるし、正義のヒーローの気持ちも分かる。
まぁ、理解はできないけど。
いつだってそうさ、悪は正義も悪も知っているが、正義は悪を知らない。
どちらの気持ちも分かるから、それを逆手にとって行動できる。
「とれた。10kg一人で持ちきれない……僕とハンナは3kg、エリオットは4kg持とう」
「分かった。行こう」
フローライトを袋に詰め、その場を後にしようとする。
すると、急に地面が動き、地震が始まる。
「なんだ?」
「きゃあ!」
地面が揺れたと思うと、地面が動き、足場が崩れる。
「皆こっちだ!こっちの足場は安全だ!来い!」
エリオットが居た場所は、洞窟の端の方だった。
僕とハンナは、エリオットの居る方に移動する。
足場はすっかり無くなり、中央に僕ら人間とは比較にならない大きさの魔物が現れる。
僕らがさっきまで足場にしていた地面……それはあの魔物の背中だったのだ。
「あれは、一度眠れば100年眠る『ボーン.アダラ』だ。絵でしか見たことないが、間違いない」
ボーン.アダラ――アダラの足場は地下深くて見えない。
地面を鎧のように纏い、蛇のようにしなやかで長い尻尾、体に合わない長い手と足、目も鼻も無い歪な頭を持っている。
どこを攻撃しても死ぬイメージがわかない。
しかし、もしこの魔物を殺すことが出来たなら、能力番号19の『衣類を生物に変える能力』で、こいつを作ることが出来る。




