第9話 頼み
レイモンドとダンスを踊った夜会の次の日、彼の申し出通りシルヴィアが登城すると、前もって知らされていたようで、彼の執務室へ案内された。
執務室には、笑みを浮かべるレイモンド。そして、彼の隣にはもう一人、書類を手にしている人物がいた。
「以前、君を呼んだ時には席を外してもらっていたから、彼と会うのは初めてかな?
私の補佐をしてくれている、ダーレン伯爵家嫡男のロータス·ダーレン
私の乳兄弟で幼馴染みでもあるんだ
これから、会う事も多くなると思うから、宜しく頼むよ
ロータス、彼女がラウシュ侯爵家長女のシルヴィア嬢だ」
レイモンドが、シルヴィアへロータスの事を紹介する。
ロータスは、シルヴィアへ柔らかな笑みを向けた。
「ラウシュ嬢のお姿は、何度か夜会で御目にかかっております
僕の事は、ロータスと呼んでください
僕も、シルヴィア嬢と呼んで構いませんか?」
シルヴィアは、ロータスへ淑女の礼を向けた。
「お言葉に甘えまして、ロータス様と呼ばせて頂きます
殿下からご紹介頂きました、シルヴィア·ラウシュと申します
わたくしの呼び名は、ロータス様の呼びやすい呼び方で構いません
以後、お見知りおきを」
ロータスは、シルヴィアの様子を見ると、レイモンドへ顔を向けた。
「殿下の仰有る通りですね
巷の噂とは、あてにならないというのは確かです」
「そうだろう?」
「ですが、噂と今回の件は関係ないかと……」
レイモンドとロータスのやり取りに、シルヴィアは自分の印象の事について、彼等が話しているのだと気が付く。
そんなシルヴィアへ、ロータスは再度顔を向けた。
「シルヴィア嬢、今回は殿下のとんでもない申し出を、止める事が出来ずに申し訳ありません」
「あの……」
「年頃の令嬢へ、偽りのパートナーを頼むなんていう非礼……
権力を、振りかざす人ではないと思っていたのに──」
「お互い、利害を考えての事だよ
自分でも、良くない申し出だという事は理解している
あ、シルヴィア嬢
ロータスは、今回の我々の件の事は知っているんだ」
ロータスの言葉に、戸惑うシルヴィア。そして、彼の言葉にレイモンドは言葉を被せる。
そんな二人へ、シルヴィアは言葉を掛けた。
「あの、わたくしは納得しておりますので
それに、わたくしに対して、殿下からはとても良くして頂いております
反対に殿下にとっては、それ程利のない申し出のようにも思えて、かえってご評判を落とされないかと、心配の方が大きいくらいなのです」
シルヴィアの言葉に、ロータスはため息を一つつく。
「本当に、出来たご令嬢ではないですか……
こんな訳のわからない申し出に怒るでもなく、殿下の心配までしてくれるなんて
殿下の選んだ方が、貴女のような方で、僕も安心しました」
レイモンドが、ロータスへ呆れたような表情を向けた後、シルヴィアへは笑みを向ける。
「シルヴィア嬢
今日はね、君とお茶でも楽しもうかとも思っていたのだけど、少し手伝って欲しい事ができたんだ」
「手伝いですか?」
レイモンドから、話を聞いたシルヴィアは戸惑いの表情を深める。
「あの……、それは……
お手伝いする事は構いませんが、わたくしが手伝う事によって、問題にはならないのですか?」
「大丈夫だよ」
シルヴィアが戸惑っている訳。
それは、レイモンドの政務をシルヴィアに手伝って欲しいと、彼が言ったからだ。
「わたくしは、一介の臣下の娘でしかありません
そんな小娘が、国の政務に携わるなど……
それに……」
シルヴィアが危惧している事を、レイモンドは察する。
「王弟である私が行う政務は、秘密裏なものは少ない
一介の臣下の娘といっても、君の父親は陛下の側近でもあるラウシュ侯爵
君は、その侯爵息女という、歴とした身分がある
この執務室という密室で、私とロータスの男二人きりで、共に過ごす事を危惧しているのなら、その心配もないよ」
レイモンドが合図をすると、執務室内に一人の人物が入ってくる。
騎士服に身を包んだその人物は、シルヴィアへ礼をした。
「初めまして、ラウシュ嬢
ロザンナ·ダーレンと申します」
ロザンナと名乗ったその人物は、女性にしては長身でスラリとした赤茶色の髪色に同じ色の瞳を持つ。
その風貌は、レイモンドの隣に立つロータスと似ていた。
レイモンドは、彼女をシルヴィアへ紹介する。
「ロザンナは、ロータスの妹で数少ない女性騎士の一人であるんだ
私の護衛の任にもついてくれている
彼女も、この執務室で護衛の任についていれば、君の危惧も軽くなるのではないかい?」
「それは……」
シルヴィアがレイモンドの頼みを断る理由を無くすよう、彼の用意周到な状況に、彼女は戸惑う。
そんなシルヴィアへ、レイモンドは言葉をさらに続けた。
「それに、君の博識な優秀さは、君の家庭教師を務めていた者から聞いているから、力量も確かであると思うのだよね?
嫁ぐ予定であった公爵家の、領地経営に携わる力量は確かだとのお墨付きももらっている、ということもね?
君が女性であるのが、勿体ないとの言葉も聞いたよ?
君自身も、好まない分野ではないよね?」
レイモンドの言葉に、またしても何故こんなにも自分の事を知っているのだろうかと、シルヴィアは感じる。
「家庭教師から、聞いたとは……」
「君の家庭教師達は、私の講師でもあったんだ
ラウシュ侯爵が、君の家庭教師を探している時に、彼へ紹介したんだよ」
「えっ!? 王家の講師をですか……?」
初めて知った事に、シルヴィアは驚いた。
「以前も言っただろう?
君の父親のラウシュ侯爵とは、私の兄上が昔から親しくしていた関係で、私とも関わりが多かったんだ
だから君の能力は、君と知り合う前から詳しく知っている
王家の講師達が認めるくらい、優秀であるとね?
それに、私の政務を手伝って君がそれを漏洩するとも思えない
違うかな?」
「殿下は、わたくしの事を買いかぶりすぎです」
「私の側近は、ロータス一人しかいない
だから、手の回らない所も多くて、雑務にはなってしまうが、君に手伝ってもらえるとありがたいのだが……
難しいかな?」
シルヴィアは、レイモンドと知り合ってから何度も感じていた事がある。
頼み事をする時の、レイモンドの表情や声色に、断りにくいと感じてしまうのだ。
シルヴィアは、表情を少し緩める。
「反対に、お二方の手間を取らせてしまったり、お荷物になってしまうかもしれませんよ?
それでも、構わないというのなら、わたくしから断る事はできません」
シルヴィアのその言葉と表情に、レイモンドは笑みを深めた。
「君なら、引き受けてくれると思っていた
宜しく頼むよ」
レイモンドの今回の頼みは、偶然なのだろうかと、シルヴィアは心の中で思った。
シルヴィアがその日から、レイモンドの政務を手伝う事となり、毎日ではないとはいえ、頻繁に登城するようになった。
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◇作者の覚書◇
ロータス・ダーレン
ダーレン伯爵家の嫡男。
レイモンドと同い年で幼馴染みであり、乳兄弟。現在は、レイモンドの補佐を行っている。
赤茶色の髪色と瞳。
ロザンナ・ダーレン
ロータスの二つ下の妹。
スラリとした長身。
王国無いでは、数少ない女性騎士の一人で、レイモンドの護衛もしている。