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第8話 微笑み

 ダンスホールで、シルヴィアとレイモンドの様子を見ていた、リリアはポツリと言葉を溢す。


「いつからお姉様は、殿下とあんなにも親しい間柄になられたのかしら?

 カルロス様は、知っていらしたの?」


「…………」


 リリアの言葉にも反応せずに、カルロスはシルヴィアとレイモンドの事をじっと見つめていた。

 そんな、カルロスの袖をくいっと、リリアは引っ張る。


「ねぇ、カルロス様?」


「えっ……、あ、何だ?」


「私達のダンスに、お客様達が沢山拍手をくださって良かったですね」


「拍手……?

 それは……」


 リリアは気が付いていないが、ダンスが終わった後の多くの拍手が自分達へ向けてのものではないと、カルロスは気が付いていた。

 カルロスは、自分がリリアとのダンスを踊る時、目の前にいる婚約破棄までして、自分が望んで婚約者にしたリリアよりも、蝶の舞のようにドレスのチュールを華やかに揺らし、踊る存在から目を離せなかった。

 さらにその存在が、ダンス後に珍しく見せた笑みを浮かべた表情が、目に焼き付き離れない。

 その者が、先日多くの者の前で、己れ自らが婚約破棄を突き付けた相手であったのにも関わらず。

 カルロスが向ける視線に、一瞬レイモンドの視線が絡む。

 レイモンドは、カルロスと視線が絡むと笑みを浮かべその視線を外すと、シルヴィアの腰へ手を添え、ダンスホールから立ち去っていった。

 カルロスは、先程から目に焼き付いて離れない、珍しく笑みを浮かべたシルヴィアの表情と、今自分へ向けられたレイモンドの笑みに、何ともいえない感情を覚えた。

 それは、あんなにも執着し、望んで手に入れたリリアの言葉さえ耳に入らないぐらいに。




 カルロスの他にも、シルヴィアの笑みから目を離せない者がいた。


「シルヴィ……、どうして……」


 そんな言葉を呟いた人物の、手にしているグラスがカタカタと揺れる。

 次には、そのグラスを壊れるかのように握り締めながら、シルヴィアとレイモンドの姿を見ていた人物。

 シルヴィアの従弟、ケヴィン・マーブルであった。


 思わぬ事が起こり、諦めかけていたものが手にはいるかもしれないと思い始めた矢先の、この夜会での光景に、様々な感情が綯交ぜになり、彼の心に押し寄せる。

 そして、ポツリと溢れたケヴィンの言葉。

 彼の心の中では、様々な思いが巡っていく。


「相手が違うだろ……? シルヴィ……」


(傷付いた君を、これからは誰からも傷つけられないよう、君の事を大切に囲って、癒すのは俺だけであるのに──)




 ◇*◇*◇


 レイモンドは、夜会の帰りもシルヴィアを彼女の屋敷まで馬車で送ってくれた。

 向かえ側に座っているレイモンドの事を、じっとシルヴィアは見つめる。

 その視線にレイモンドは気が付いた。


「どうかした?」


「申し訳ありません

 不躾に見詰めてしまい……

 殿下は、何故わたくしをパートナーにと、お考えになったのだろうかと、今も考えておりました」


「何故って、私にも利がある事であるからだと、以前も伝えたと思うけど?」


「利と言っても……

 今夜のように、わたくしの悪い噂ばかりを消していく事を考えると、殿下には殆ど利などあって無いようなものではないでしょうか……?」


 レイモンドは、未だこの様に考えるシルヴィアに、困ったような笑みを向ける。


「気が付いていた?」


「え?」


「今夜の夜会で、君の可憐なダンスと、その後に見せた君の笑みに、君から目が離せなくなっている者が何人も見られたこと」


「そんなこと……

 皆様、殿下のお姿を見ていらっしゃったのでは、ないですか?」


 尚も、他の者が自分に惹き付けられる事などないと思っているシルヴィアへ、レイモンドは小さくため息をもらす。


「君は、自分の事を全くわかっていないな

 まぁ、君の育った環境を考えると、そうならざるを得なかったのかもしれないが……

 君には、良い意味で人を惹き付ける魅力が多くある事は事実だよ

 そんな君をエスコートした私にとってその事は、かなりの利になっていたんだよ?」


 レイモンドの言葉を、シルヴィアはじっと彼を見詰めながら聞くと、ポツリと言葉を溢す。


「殿下は、不思議なお方ですね」


「不思議?」


「お気を悪くなされたのなら、申し訳ありません

 悪い意味での言葉のつもりはありませんが、不敬であると思われたなら、仰有ってください」


「そんな事は思わないが、不思議とは……?」


「殿下は時折、相手に厳しい目を向けられる事もあるのに、わたくしに対しては、悪い噂など気にもなさらず、こんなにも良くしてくださるなんて……

 殿下のような方は、初めてです」


 レイモンドは、シルヴィアへ笑みを向けながら足を組む。


「それが、君との約束だろう?」


「そう……、ですね」


 シルヴィアは、レイモンドの偽りのパートナーになることを命じられた真意が、今夜もわからなかった。


「話は変わるけれど、シルヴィア嬢の明日の予定は何かあるのかな?」


「明日ですか?

 明日は、特に何もありませんが……」


「そう、それなら君が良ければの話であるが

 明日の午前中に、私の執務室に来てはくれないかな?」


「執務室にですか?

 それは、構いませんが……」


「少し頼みたい事があるんだ

 それに、君の継母(はは)君も、異母妹(いもうと)君も、夜会の次の日の朝はゆっくりではないかと思うから、午前中から侯爵邸を離れていたならば、今夜の事を深く詮索されるまで、時間稼ぎもできるだろう?」


 レイモンドの今の話にシルヴィアは、自分の次の日の事まで気遣ってくれる目の前の存在は、何処まで優しいのだろうかと思う。

 レイモンドは、頼みたい事があると言ったが、自分を気遣ってくれるが為の誘いなのだろうと、シルヴィアは感じた。

 未だに、レイモンドが自分の事をここまで気遣い、関わってくれる本当の真意はわからないが、それでも彼の気持ちは、今まで周囲の者から蔑まされていたシルヴィアにとって嬉しかった。


「殿下、ありがとうございます」


 フワリと柔らかな表情を浮かべ、礼を述べたシルヴィアに、レイモンドは穏やかな笑みを返す。


「君のそんな表情が見られるのであれば、今夜の夜会のエスコートも、明日誘った事も、そのかいがあったよ」


 馬車内には、シルヴィアにとって普段感じる事が難しい、穏やかな空気が流れていた。




ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークも、ありがとうございます!


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