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第60話 渇望

 レイモンドの執務室は、リリアとの一件でざわついていた。

 シルヴィアは、自分の気持ちについて、彼と少し話が出来ればと考えていたが、そんな状況ではなさそうだと感じる。

 王太后のアデラインから預かっていた書類を、執務官に渡して、今日は戻った方がいいのかもしれないと思った。

 しかし、リリアが何か良くない事を起こしたのではないかという心配に、そのままここから立ち去る事が出来ずにもいた。

 妹の失態を今すぐ詫びる事が正しい選択なのか、落ち着いてから確認するべきなのか迷っている時、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「シルヴィア嬢?」


 その声の主は、シルヴィアが会って話したいと考え悩んでいた相手の、レイモンドであった。


「殿下……」


 執務室に仕える侍従の一部は、シルヴィアが訪れた事に、妹の次は姉がやってきて何かまた騒ぎを起こすのか?と、怪訝そうな顔を向ける者もいた。

 しかし、彼女が以前この執務室でレイモンドの手伝いを行っている事を知る者は、レイモンドが目を掛けている存在だとわかっているので、怪訝そうな表情は浮かべていない。

 反対に、珍しくピリピリとしたレイモンドの様子が穏やかになるだろうと、殆どの者がホッとする表情を浮かべる。


 執務室の中に案内されたシルヴィアは、椅子へ促されるが、座らずにレイモンドへ頭を下げた。


「リリアがまた……、何か不敬な事をしてしまったようで……

 本当に申し訳ありません……」


 そんなシルヴィアの姿に、レイモンドは困ったような表情を浮かべる。


「君が、謝罪する事ではないよ」


「ですが、あの子はわたくしの妹ですので……」


「そうだね、彼女もまた別の意味で被害者なのかもしれないね」


「え……?」


「まずは、座ってくれるかな?

 君の時間が許すのならば、少しゆっくり話そうか」


 レイモンドはそう言うと、シルヴィアの手を取り椅子へ促し座らせた。

 そして、その隣へ腰を下ろす。

 今まで、この執務室に通っていた時とは違う彼の距離に、シルヴィアの心臓は跳ねた。

 そんな動揺した感情を彼へ悟られないよう、シルヴィアは気持ちを切り替え、先程何があったのかを聞く。


「あの……、リリアは何をしてしまったのでしょうか?」


「うん……、ここまで大事にしなくとも良いとは思ってはいたのだけれどね

 それに、私自身あまり身分を笠に着せたくはなかったのだけれど……

 もう、そろそろ彼女も、自分の現状に気が付いた方が良いだろうと思ったんだよ

 私の体調を心配する素振りを見せて、私の身体に触れた事を叱責したんだ」


「そんな、あの……

 本当に申し訳ありません」


 レイモンドは、フワリとシルヴィアの頭を撫でる。


「だから、君がそんなに責任を感じなくて良い

 それに、さっきも言ったけど、彼女も大人達の被害者の一人だと私は思っているんだ」


「被害者……?」


「一番の被害者は、君だと思っているよ

 何の非もないのに、長年虐げられ苦痛を味わわさせられたのだからね

 ラウシュ嬢は、君と比べれば何も苦痛も感じずに、表面的には周囲からチヤホヤされて、穏やかに生活していたのだろう

 だが、あのような周りの空気もよめず、無作法になってしまった事

 そして、そんな現在のラウシュ嬢の性質を作り上げてしまったのは、周りのせいであると思うんだ」


 レイモンドの言葉にシルヴィアは、自分でも感じていた事が思い当たる。


「それは……、父と継母……の事でしょうか?」


「ああ、私はそう感じている

 一番責任が重たいのは、彼女の両親

 そして、周りの環境だろうとね

 性格は、生まれつきのものと、育った環境によって作り上げられていくものがあると、私は考えているんだ

 善悪の意識がない幼い頃から、特異的な環境下にいたのは、君だけでなく彼女も同じだ

 間違った事をしても、強く叱責される事は殆どなく、甘やかされ、()()()()と比べられた上で、その度に優越感に浸らす

 そして、目の前でそのある存在を虐げる場面を、日常的に見せる

 そんな、屈折した環境の中で育った事を考えれば、彼女のあの性質も納得がいく」


 レイモンドは、まるで屋敷の中で行われてきた事を、傍で見ていたかのように語る。

 そして、それは事実でもあった。


 シルヴィアの継母であるスザンヌは、実子のリリアの事を、とにかく甘やかした。

 リリアが何か失態をおかしても、叱る事もなく他の者が悪いからそうなったのだと言い庇った。

 家庭教師の指導が厳しいとリリアが不満を言えば、その教師を首にした。

 そして、隠すことなくリリアの目の前で、シルヴィアの事を貶め、虐げていたのだ。

 リリアは、表面上はシルヴィアの事を慕っているようにみせながら、姉の事を見下した目で見ていた事はシルヴィアもわかっていた。


「………………」


 シルヴィアが、レイモンドの言葉に何も言葉を発する事が出来ないでいると、レイモンドが言葉を続ける。


「だけど、君はそんな環境の中で育ちながらも、妹であるラウシュ嬢へ、不満をぶつけようとはしなかった」


「それは……、妹……、ですから……」


 シルヴィアにも、周囲から可愛がられるリリアへ対しての嫉妬心が、全くなかった訳ではない。

 何故、自分だけこのような思いをするのだろうかと、思った事は数えられない程ある。

 だが、シルヴィアにとって、たった一人の妹であるリリアの存在を、無視する事も厭う事も何故だか、彼女は出来なかった。

 半分血が繋がっているだけの妹であるのに……それでも、気が付けば擁護し、庇おうと考えていた。

 その相手は、自分を陥れようとする気持ちを持っている事に、気が付いていたのにもかかわらずに。


「あんな仕打ちをされても、君は彼女の事を慈しんでいたんだね」


 レイモンドの言葉に何て答えればいいのか、シルヴィアはわからなかった。

 慈しむ。そんな心が、リリアへ本当にあったのだろうか?と、思う。


(庇っていたのは、リリアをかわいいと思っていたからじゃない……

 もしかしたらっていう、打算がほんの少しだとしても、心の奥底にあったからだ……)


 (リリア)へ、姉として接していれば、父から、そして継母からも、もしかしたら優しくしてもらえるのではないかと……愛してもらえるかもしれないと……

 そんな気持ちを持ちながら、妹に接していたのだと、シルヴィアは、改めて認めざるをえなかった。

 愛に飢えて、手に入らない愛を渇望していた、悲しい心。


 ───ただ、両親に愛してほしかったのだと……



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