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第6話 ドレス

 王弟のレイモンドから、偽りのパートナーになってほしいと言われ、シルヴィアがその頼みを承諾してから、数週間が経とうとしていた。

 しかし、その後レイモンドからは夜会等に同行して欲しいなどの連絡は一つもない。あの話は冗談だったのだろうかとも、シルヴィアは思わずにはいられない日々を過ごす。

 父親のラウシュ侯爵には、シルヴィアから、レイモンドが命じた、偽りのパートナーを引き受けた事を伝えた。

 ラウシュ侯爵は、レイモンドから既に聞いていたようで、「お前が納得しているのであれば、それ以上問う事はない」という言葉しか返ってこなかった。

 シルヴィアは、そんな父親の返しに、父は自分には本当に興味がないのだなと、諦めにも似た感情をこの時も感じる。


 そんな日々の中、シルヴィアは、一通の夜会の招待状を前に、憂鬱な表情を浮かべていた。

 婚約者であったカルロスから、婚約破棄をつきつけられたあの夜会の後にも、幾つか小さな夜会はあり、シルヴィアも出席している。出席した場では、カルロスとの一件の事で注目される事はあったが、内輪だけのパーティーであった事もあり、あからさまにその内容を彼女が耳にする事は、あまりなかった。

 しかし、今回の夜会は出席者の人数も多い、大きな夜会である。沢山の出席者から、良いとはいえない注目を浴びる事であろう事は、シルヴィアも覚悟していた。


 さらに、注目される事に拍車を掛けるような理由が、もう一つあったのだ。

 今回の夜会は、カルロスとリリアの婚約が正式なものとなってから、招待される初めての夜会であった。

 本来であれば、婚約のお披露目式を執り行う事が通常である。

 しかし、姉の婚約を解消した相手と、その妹が婚約を結ぶ等、家の恥ともされかねない事から、父親のラウシュ侯爵が、お披露目式を行う事を認めなかったのだ。その事に、リリアの母親であり、シルヴィアの継母は不満から怒りを露にしたが、普段ならば妻に反論しない侯爵は、珍しく折れる事がなかった。

 その為、今回の夜会は、カルロスとリリアが婚約してからの姿を、初めて多くの貴族達の前で披露する場ともなり、その事がシルヴィアの気持ちをより憂鬱にさせる。

 本当ならば、欠席したい気持ちでいっぱいであった。しかし、主催者の家はラウシュ家とも繋がりが深く、身体に不調もないなら欠席する事は憚れたのだ。




 ◇*◇*◇


 夜会当日リリアと継母のスザンナは早朝から、今日の夜会の為に、念入りに準備をし綺麗に着飾ると、慌ただしく屋敷を後にした。

 それから、暫くして重い足取りでシルヴィアがエントランスへ向かうと、一台の豪奢な馬車が丁度彼女の目の前に停まる。

 その馬車に飾られている紋章に、出迎えた侯爵家の執事や使用人、そしてシルヴィアも驚きを隠せずにはいられない。

 馬車の扉が開かれると、降りてきたのは、艶やかな黒色の髪が目を惹く紳士であった。


「殿下……?」


「そんな驚いた表情(かお)をして、どうしたのかな?

 今日の夜会には私が迎えに行くと、同封した手紙に記しただろう?

 それよりも──」


 馬車から降りてきたのは、レイモンドであった。驚いた顔をしているシルヴィアの様子に、レイモンドは初め笑みを浮かべていたが、彼女が身につけている藍色のドレス姿を見ると、訝しげな表情に変わる。


「選らんだのは、そのドレス?

 私が贈ったドレス(もの)は、気に入らなかったのかな?」


「え……?

 贈ったとは……?」


 レイモンドの言葉が、何の事かわからないシルヴィアの様子に、状況をすぐ理解したレイモンドは、側に控えていた侯爵家の執事頭であるビルへ、視線を向けた。

 執事頭のビルは、古くからラウシュ侯爵家に仕えており、数少ないシルヴィアの理解者の一人でもある。

 レイモンドの言葉と視線に、直ぐ様反応したビルは信頼のおける使用人へ、ある場所を調べるように指示をした。

 少しして、ビルから指示された使用人は、大きな潰れた箱を持ってくる。

 その箱の蓋を開けると、中には元は美しい代物であったであろう、エメラルドグリーンの色彩が鮮やかなドレスが、切り刻まれて入っていた。

 その状態にビルは、レイモンドへ頭を下げる。


「大変申し訳ございません……

 殿下からの贈答物だとわからずに、このような状態になってしまい……」


 ドレスの状態を見たレイモンドの顔から、表情が消えていく。


「………公になる前に、私からの贈答物だと家の者にわかるのも、と思い、イニシャルしか記さなかった自分にも落ち度があるから、この家の者を咎めるつもりはないが──

 今までも、このような事があったのか?」


 レイモンドとシルヴィアの事を、唯一ラウシュ侯爵から知らされていた執事頭のビルは、頭を下げたまま答えた。


「なるべく、シルヴィアお嬢様へ贈られてくるものは、この屋敷に古くから仕えている、私が受け取っております

 ですが、そうならない事があることも、事実でございます

 今までにも、何度となくこのような事がございました」


「その事を侯爵は?」


「旦那様も知っておられます

 そのような状況が旦那様が知る度に、贈答物を受け取った使用人が一人、奥様が解雇を命じております……」


「捨て駒、という訳か……

 根深い訳だ……」


 レイモンドと執事頭のビルとのやり取りを、黙って見ていたシルヴィアは、レイモンドへ深く頭を下げた。


「殿下

 申し訳ありませんでした

 何も知らずにいた事とはいえ、こんな事が屋敷内であった事、どうしたらよいか……」


「君が謝る事ではないよ

 君はどちらかというと、被害者だ

 頭を下げなくていい」


 レイモンドは、フワリとシルヴィアの頭を優しく撫でると、ビルへ再度顔を向けた。


「今回の事、大事にしなくて良いと、侯爵には伝えておいてくれ

 王族からの贈答物の損傷は、侯爵家が罪に問われる事もあり得る

 だが、私はそれは望まないし、イニシャルしか記していなかった私の責任でもあるからな

 私に考えがあるから、侯爵は動かずとも良いと伝えて欲しい」


「畏まりました

 ラウシュ家に仕えている者を代表して、再度謝罪致します

 大変申し訳ございませんでした」


 レイモンドは笑みを浮かべると、複雑な表情を浮かべているシルヴィアへ手を差し出した。


「シルヴィア嬢、今日の夜会は私が君をエスコートしたいと思うのだが、いいだろうか?」


 シルヴィアは、複雑な表情なままレイモンドの差し出している手を見つめる。


「お約束ですもの

 宜しくお願い致します」


 そう言うと、手を重ねた。






 レイモンドが乗ってきた豪奢な馬車で、向かい合いながら乗り込んだレイモンドとシルヴィアは、夜会会場へ向かう。

 今日は、二人きりで馬車に乗り込まずに、シルヴィアの侍女を伴った。


 シルヴィアは、屋敷での先程の一件をレイモンドへ再度謝罪する。


「殿下

 知らなかったとはいえ、殿下からの贈り物をあのような状態にしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 そんなシルヴィアへ、レイモンドは笑みを向けた。


「先程も言ったが、君が謝る事ではないよ

 それと──」


 シルヴィアは、彼女の隣に座る侍女のサラへ、レイモンドが視線を向けた事に、彼が言わんとしている事に気が付く。


「サラは、わたくしが幼い頃から仕えている、わたくし専属の侍女であります

 わたくしが本音を溢せる、数少ない存在の一人でもあり、家でのわたくしの立場も知っておりますので……」


「そうか

 あの屋敷で、一人も君の理解者がいないのではないかと心配していたが、そうではないようで少し安心したよ

 先程対応してくれた執事頭である彼も、その一人であるようだしね」


 そんなレイモンドの言葉に、シルヴィアは先日から疑問に思っていた事を問う。


「あの……」


「何かな?」


「殿下は、何故そんなにも我が家の内情をお知りなのですか?」


 継母のスザンナが、シルヴィアへ対して酷い仕打ちをしている事は、外の人間はしらない。

 屋敷の外では、シルヴィアに対してスザンナは、血の繋がっていない継子へ、優しく振る舞い、気遣う姿しか見せていないからだ。

 そのスザンナの振る舞いに対して、素っ気ない素振りしか返さないシルヴィアの方が、「可愛げがない」等と悪く言われていた。


「私は、昔からラウシュ侯爵とは関わりがあったからね

 現侯爵夫人は、外では上手く振る舞っているのだろうけれど、君との関係があまり良くない事は知っている

 他の者は、君に非があるように話をするが、それが違う事もね」


 そんなレイモンドの言葉を、黙って聞いていたシルヴィアに、彼は笑みを向けた。


「巷の噂では、君は氷姫と揶揄されているけれど……

 私はずっと、自分自身で直接会って確かめたかったんだ

 本当に、噂のような、心もない冷たい氷姫なのか、ね?」


 笑みを浮かべるレイモンドを、真っ直ぐ見据えたシルヴィアは、再度彼へ問う。


「だから、このような事を命じられたのですか?」


 その問いに、レイモンドは足を組むと口を開く。


「本当の氷姫であったならば、命じなかったよ

 あの日の君の溢した涙、それが真実だと思ったからこの話を持ちかけた

 これまでの境遇のせいで、自身の感情を表す事が不器用になってしまっただけの、普通の令嬢であったと、私はあの日感じたんだ」


 シルヴィアは、不思議でならなかった。

 レイモンドの言葉に、嘘はないように思える。

 だが、殆ど初対面の、さらには王族という立場である目の前の存在が、何故ここまで自分に構うのだろうかと──





ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

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