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第57話 笑みの奥に隠された顔

 レイモンドの執務室に漂う、紅茶の香り。

 休憩の時間になり、用意されたものであった。

 いつものように、レイモンドは紅茶の入ったカップに指を掛ける。

 一口、口にそれを含んだ時、彼の表情がすぐに変わった。

 手巾で口を覆うと、近くにある水差しに手を伸ばし直ぐ様口を濯ぐ。

 側にいた側近のロータスは、そんなレイモンドの行動に慌てて近寄る。


「殿下!? 何が……」


「………毒だ」


「なっ!

 お身体はっ!?

 すぐに、侍医を──」


 レイモンドは、慌てるロータスを静止した。


「大事はない

 口に含んだ時点で気が付いたから、飲み込んでもいないし、口も濯いだから心配しなくともいい

 それよりも、先程この茶を運んできた者は新顔であったな?」


「はい、今なら捕らえる事も出来るかと」


「いや……、顔は覚えている

 偽名かもしれないが、名も確認はした

 それに、捕らえたとしても、直ぐに自害されるような、いつもと同じ轍は踏みたくはない

 少し、泳がしておこうか……

 不審がられないよう、私の()()()()を知る侍医による診断を受ける

 私は、少量この茶を飲んだ事にする偽造の為だ

 それによって、今後どう動くか見よう……」


「承知いたしました」


 冷静に、物事を判断していくレイモンドに、ロータスは彼の事を心配しつつも、頷いた。


「暫く静かだと思ってはいたが……

 目的は、やはり私を消す為である事が濃厚という訳か

 しかしここまで、短絡的であからさま動きをするとは思ってはいなかったな」


 レイモンドは、そう呟くと暫く考え込む。


「殿下?」


「彼女は、いまは王太后陛下のもとにいるから、警備も磐石ではあるとは思うが……

 それでも、私が彼女との関わりを深めているという事が公になっているだけでなく、以前仕向けられた暗殺者の顔も、彼女は見ている

 より、警備を強めるようにしてくれ」


「はい」


「しかし………」


 レイモンドは、視線をカップへ移す。


「何か、他に気になる事でも?」


「いや、私の思い過ごしならいいんだ」


「それにしても、継承権を放棄する意向を公にしている殿下を標的になさるなんて、黒幕は誰であるのでしょうか……?

 こんなにも、手掛かりすら掴めないなんて余程の人物なのか……」


「案外、近くにいるのかもしれないな……」


「殿下……?」


 ロータスの言葉に、レイモンドはポツリと呟く。

 それから暫く、思案顔のまま執務室の窓から見える、ある場を彼は見つめていた。





 一方、ローランドの執務室では、にこやかな表情のローランドが書類を側にいるリリアへ手渡していた。


「これを、レイの執務室まで届けてくれるかな?」


「レイモンド殿下のお部屋にですか?

 わかりましたわ!」


 リリアは、満面の笑みでその書類を受け取る。


「リリア嬢が、この部屋に来てくれてから、ここも華やかになったよね」


「殿下にそう言って頂けたら、嬉しいですわ」


「なかなか、シルヴィア嬢に会わせる機会を作れなくて、ごめんね

 お祖母(ばあ)様の、お許しがなかなか出ないんだよ

 でも、レイと君が話す機会を沢山作れば、君の愛らしさに、レイも気が付くと思うんだ

 そうなったほうが、お祖母(ばあ)様にお願いするより、話が早そうだと思ったんだよね」


 ローランドの言葉を聞いたリリアは、さらに笑みを深めると、嬉しそうに彼の執務室を後にした。

 リリアの姿を見送ったローランドは、くくくと、笑い声を隠そうとはしない。

 そんな彼の様子を、複雑な表情を浮かべてカルロスは視線を送る。


「何か言いたそうな顔だね、カルロス」


「いえ……」


「大勢の前で宣言した、お前の大事な婚約者を、こき使ってしまって機嫌が悪くなってしまったのか?」


「そんな事は……

 彼女も喜んでいるようですし……」


 カルロスの言葉に、ローランドはフッと吹き出す。


「リリア嬢は、()()()婚約者だけれど、多くの目に止まっても、心配ではないだなんて、お前は放任主義なんだな

 他の令嬢から、熱い視線を浴びる王弟殿下の元へ使いにやっても、気にもしていないだなんてな?」


「…………」


 カルロスが訝しげな表情を浮かべた事に、ローランドは椅子へ背を預けた。


「レイが、リリア嬢の事を様々な面から忌避している事はわかっているよ

 でも、そんなレイが、あの天真爛漫な彼女に絆されたら、見物じゃないかな?」


「…………」


 カルロスは、レイモンドはそんな簡単な人間ではないだろうと、最近の自分が彼と何度か相対した件から、ローランドの言葉に何とも言えない気持ちになった。

 カルロスの考えなど、お見通しのローランドはより笑みを深める。


「わかっているよ

 レイが、リリア嬢に靡く訳はない

 だけど、無下にも出来ず困る事は容易にわかる

 だから、レイを困らせる為に、彼女に行かせたんだよ

 それに、レイを困らせるなんて、序の口だしね」


「殿下は……何を……?」


「カルロスは、レイの事を憎んでいるんだろう?

 レイを困らせる事が出来る事に、お前は喜んでくれると思ったけれど、違う?」


「え……」


「お前は、レイの事を心底憎んでいる……

 そうだろう?

 だって、お前が本当に手に入れたかったのは、リリア嬢じゃない

 本当は心底手にいれたかったのは、シルヴィア嬢であったのだよね?

 そんな彼女を、レイに簡単に取られ、さらに何度もあいつに痛い目をみせられた

 間違っていないだろう?」


「…………っ!」


 ローランドの言葉に、カルロスは何も言えなかった。


「そのまま、何も事を起こさなければ、彼女はお前の物になっていたというのに、変な執着心から馬鹿な事をしたお前の自業自得だとは思うけどね」


「え……」


「お前の回りくどい、行動なんて簡単にわかるよ

 お前は、彼女の事を、外の誰の目にも触れさせたくなかったんだろう?

 公爵家の正妻になれば、社交が付き物になってしまう

 そうなれば、彼女のあの美しい容姿や所作は、他の多くの者……、特に男達の目にとまってしまう

 公爵家の奥方を貶めるなんて出来る者は、殆どいない

 彼女の社交界に広がる、今の貶められるような噂が落ち着けば、彼女の優秀さは放っておいても目立つだろう

 しかし、泣き付いてきた囲い者であれば、家の奥に閉じ込めておけるからね?

 彼女を、自分の者だけにする事が出来るという訳だ

 外には、お飾りの妻を連れて歩けばいい

 だけど……、シルヴィア嬢が、お前に捨てないでと泣き付いてくるだろうと考えるなんて、そんなに自分は、彼女から盲目的に愛されていると思っていたとは、滑稽というか……愚かだよね……」


 ローランドの言葉にカルロスは、羞恥から、一瞬カッとなった。

 しかし、直ぐにゾクリとした冷たいものを感じる。

 それは、ローランドの微笑みを見たからである。

 一筋縄ではいかない人物であると、ローランドの事を以前から理解していたつもりだったが、そんなローランドの笑みの奥にある冷たい目に、恐れを感じたのだ。



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