第54話 王太后の思惑
今日の茶会に出席する者が揃う中、王太后であるアデラインが庭園へ到着した知らせが届き、その場にいた6人は、腰を落とし最上級の礼を彼女へ向ける。
そんな中、リリアがグラリと身体を揺らした様子に、シルヴィアは不安を感じるが、何とかその場を凌いだ様子に安堵した。
あれだけの仕打ちをリリアからされたのにも関わらず、今もこうして妹の様子が気に掛かってしまう自分に、シルヴィアは呆れる。
「顔を上げなさい
堅苦しい挨拶はいいわ
今日の茶会を楽しみましょう」
アデラインの言葉に、6人は顔を上げると各々案内された席へついた。
初め、和やかな雰囲気のような時間が流れていたが、そんな雰囲気を壊すような、カチャリというカップとソーサーがぶつかる音が響く。
その音に、アデラインは不快感を隠さない表情を浮かべた。
その音を鳴らした主。それは、リリアである。
リリアは、こうした目上の相手と同じテーブルに座るような、茶会の場への出席の機会は殆どなかった。
マナーの指導を受ける事もあまり好んではおらず、こうした静かな場で、茶器の音をたてずに茶を嗜むという基礎すら疎かにしていたのだ。
今までのように、同世代が集まる茶会では高位貴族のリリアが粗相をしたとしても、指摘される事は殆どない。
ざわついている夜会で、小さな音をたてたとしても、気付く者も殆どいなかっただろう。
だが、最も許されないような相手の前で、こうした粗が出てしまった。
場の空気感が変わった事にリリアは初め、自分の出してしまった音によって、その空気感が変わったとは気付かない。
しかし、周囲の雰囲気。そして何より隣に座る、茶会が始まる前から機嫌が悪いように感じていたカルロスが、より訝しげな表情になった事に、自分の何かが切っ掛けで雰囲気が悪くなったのだろうかと、漸く気付き始めた。
リリアは助けを求めるように、カルロスへ視線を向けるが、彼は視線すら合わせようとはしない。
そんな、なんともいえない雰囲気を壊したのは王太后であるアデラインであった。
ガチャンとテーブルへ、カップを重ねたままのソーサーを置く。
「あら……、ごめんなさいね
不快な音を出してしまって」
その言葉は、敢えて強調するように発せられた。
アデラインの言葉に、漸く自分の出した音がこの場の空気を悪くしたのだと、リリアは気が付く。
「あ……、私……」
リリアの指先が、カタカタと震えていく。このような冷たい視線に晒された事は、彼女にとって初めてであった。
王太后の茶会は、誉れ高き席であり、そこへ同席出来ることは、貴族として箔がつくという事を、リリアもその話を聞いた彼女の母親のスザンナも思った。
こんなにも、重圧のかかる場だと理解していなかったのだ。
カルロスは、依然として視線すら合わせない。あんなにも優しくしてくれ、愛を囁いてくれたのにどうしてなのだろうかとリリアは思う。
この場に招待してくれたローランドへ視線を向けても、何の返しもない。
勿論、レイモンドも同じであり、殆ど交流のないシェリルに至っては、侮蔑を含むような視線を向けられた。
最終的に、いつも助けを求めるシルヴィアへ、リリアは救いを求める視線を向ける。
リリアの、助けを求める視線に気が付いたシルヴィアは、どうしたら良いのだろうかと考えていた。
今まで、チヤホヤされてきたリリアにとって、こんな状況に置かれた事は初めてであろう。
この状況になった事に対しての非があるのは、明らかにリリアである。
今までであったならば、非のある妹を窘め、その反感をシルヴィアが受けていた。
リリアには、先日有り得ない事を起こされた。その憤りは、まだ収まってはいない。
そんな妹を、救う言葉を掛ける事に躊躇っている自分に複雑な心境になる。
半分しか、血が繋がっていない妹であったとしても、シルヴィアはリリアの事を何かと気に掛けていた。
しかし、リリアにとってシルヴィアは、そんな対象ではなかった事は、婚約者であったカルロスの件や、先日の夜会でのケヴィンの事でも明らかだった。
シルヴィアの存在は、リリアにとって都合の良い時だけ、助けを求めるような存在なのだろう。
きっと、他人から見ればそこまでされた存在を、気に掛ける等、馬鹿なのか?と、思われるかもしれない。
しかし、シルヴィアの中で、妹を見捨てる事が出来ない自分がいる事も確かであった。
シルヴィアは、スッと視線を前へ向ける。
「陛下
お茶が冷めてきましたので、新しいお茶をご用意させて頂いても、宜しいでしょうか?」
シルヴィアの言葉に、アデラインは少しだけ口元を緩めた。
「性分……と、いうものなのかしらね?
いいわ
元々、貴女に選んだお茶を披露してもらう予定であったものね?」
「ありがとうございます」
シルヴィアは、席を立つと皆の前で見事な手捌きで茶を淹れる。
そんな彼女へ視線を向けたアデラインが、口を開いた。
「お茶を嗜む令嬢も多いかと思うけれど、ここまでの作法で淹れられる者は、そう多くないと思うわ
それこそ、お茶を淹れる事も仕事にしている侍女や侍従でも、彼女の手捌きは目を引くのではないかしら?」
アデラインの言葉に、レイモンドは笑みを浮かべる。
「シルヴィア嬢は、何事にも優秀であるという報告も受けており、そして何より私自身も、この目で彼女の優れた姿を見ております」
「でもね、社交界での噂を少し耳に挟んだのだけれど……
高位貴族であるのにも関わらず、ラウシュ侯爵令嬢は、振る舞い方に難があると聞いたの
それは、彼女ではなかった、と……、いう事なのかしらね?」
そんな言葉を発したアデラインの視線は、リリアへ向かう。
「ぇ………」
再度降りかかるアデラインの視線に、リリアの背中には嫌な汗が流れ落ちた。
「ラウシュ侯爵夫人は、娘の愛らしい振る舞い方に、ルーベンス公爵子息も心惹かれて、手を取ったのだと話しているそうだけれど……
そうなのかしら?ルーベンス卿?」
アデラインの視線が次に向いたのは、カルロスであった。
「それは……」
「ぜひ、わたくしに、まるで演劇であったようだと言われるような、あなた方の物語を教えて欲しいわ」
アデラインの射貫くような視線に、カルロスもまた言葉に詰まる。
「陛下、そして皆様、お待たせ致しました」
その空気を変えるかのように、シルヴィアは声を掛けた。
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