第47話 飾り箱
───それは、昔の記憶……
『綺麗な色の瞳ね』
『瞳……?』
『わたくしは、その優しい新緑の色を好ましく思っているのよ』
『どうして、そんなにもお優しくしてくださるのですか……?』
『どうしてかしらね?
それは、あなただからかしら
レイモンド第二王子殿下』───……
王国の中で、最も位の高い貴婦人との古い会話。
その時は、慈悲深い方と有名な方であったから、その優しさに触れただけだと、幼きレイモンドは感じていた。
しかし、今思い返すとその言葉がとても意味深な言葉に思えて仕方がない───
◇*◇*◇
静寂が、部屋を包む。
そんな、静かな部屋に震える声が溢れ落ちた。
「きょう……だい……?」
青ざめ、また震え出すシルヴィアを、レイモンドは優しく抱き締める。
「君のその髪色は、父親である侯爵によく似ていると言われているが……
この国の、今は亡き先王も同じ髪色であった」
「そんな……、髪の色だけで、そんな畏れ多い事を……」
「うん、そうだね
子が、両親の容姿だけを受け継ぐなどとは、私も思ってはいない
この世に、親の容姿を受け継がずに生まれてくる子が、数多存在する事等、当たり前である事も理解しているよ」
「それでは何故、そんな事を……?」
「見付けてしまったんだ……
君の母親であるセレスが、母に宛てた手紙を……」
「手紙……?」
手紙だけで?と、いうシルヴィアの視線に、レイモンドは話を続けた。
「その他にも、幾つか私が疑いを深めるような事柄があった
その中でも、セレスからの手紙が一番疑惑を抱く切っ掛けになったんだ
その手紙は、母が生前から大切にしていた飾り箱が二重底にされ、その中に隠されるように入っていた
私が、その手紙を見付けたのも偶然に過ぎない
私がその手紙を見付けなければ、そんな疑いすら抱かなかったと思う」
───それは、今から18年程前……、レイモンドの母親であるクラリス妃が亡くなり、荼毘にふされる日……
レイモンドは、床に伏していた母親からずっと頼まれていた事があった。
クラリスの部屋で、あるものを探す幼きレイモンドの姿があった。
『あった……
母上が仰有っていた飾り箱……』
レイモンドの手には、キラキラと宝石が散りばめられた、飾り箱。
その箱は、クラリスが生前から大切にしていたものである。
レイモンドは、数回であったがその箱を、母親から見せてもらった事があった。
しかし、中は見せてもらった事はない。
クラリスは、息子のレイモンドに一つの願いを託す。
自分の命が絶えた時、その箱を自分の棺に一緒に入れて欲しい。と……
幼い息子にとって、酷というしかないような願いであった。
しかし、普段は自分の要望など何も言わない母親が、あんなにも切に頼む姿がレイモンドには珍しく見えたのだ。
そして、レイモンドはその母親の最期の願いだけは必ず叶えなければならないと、悲しみを堪えて、その箱を探していた。
一度も中を見た事がない飾り箱。
何が入っているのだろうか?と、幼心に気になった。
悪い事をしているような気持ちにもなったが、レイモンドはそっとその箱の蓋を開ける。
しかし、中には何も入っていない。
この箱自体に思い入れがあるのだろうかと、レイモンドが思った時、誰かが部屋に近付いてくる気配にドキリと心臓が鳴る。
思わず、手にしていた箱を落としてしまった。
慌てて、レイモンドが拾おうとした時、落とした衝撃で、箱に細工されていた二重底が外れ、中から手紙一通と、首飾りが外へ飛び出していた。
『レイ?
そこで、何をしている?』
『っ!?
あ、兄上っ!?』
『もう、葬儀が始まる
皆、お前の事を───』
自分の兄であり、当時の王太子でもあるリュシウォンの姿に、昨夜見た光景をレイモンドは思い出す。
人目を避けるように夜中、母の亡骸の傍で涙を溢していた姿。
そんなリュシウォンの視線は、レイモンドの手元に落とされていた。
『それは……?』
『あ、これは……、母上が以前から自分が亡くなった時に、棺の中に一緒に入れて欲しいと、仰有られていたので……』
リュシウォンは、そっとレイモンドが手にしている首飾りと飾り箱を手に取る。
『そうか……、クラリスが……これを……』
『兄上は、これを母上が大切にしていた事を、ご存知だったのですか?』
リュシウォンは、レイモンドのその問いには何も答えずに、フワリと彼の頭を撫でた。
『この首飾りはクラリス妃の首に掛けてあげて欲しい
お前が難しいのなら、使用人に頼んでも構わない
私が、彼女へ触れるわけにはいかないからな』
『え……?』
『さあ、皆を待たせる訳にはいかない
クラリス妃との、最期の別れだ』
『はい……』
レイモンドは、リュシウォンがそう頼んだ首飾りに視線を落とす。
その首飾りには、レイモンドの瞳の色によく似た石が飾られていた。
そしてその色は、今隣にいる人物の瞳の色にもよく似ている。
兄は何故、初めに親しい者を呼ぶかのように、母の名を『クラリス』と敬称も付けず、あんなにも優しく、そして悲し気な表情で呼んだのだろうかと思った。
その時、カサリと足元に落ちている手紙にレイモンドは気が付く。
レイモンドは、何故かその手紙だけは箱に戻さずに、自分のポケットへしまっていた。
母の手記かもしれないと、幼心に母の形見として手元に置いておきたいと思ったのだ。
後で、その手紙によって苦悩するとも思わずに……
クラリス妃の葬儀には、体調を崩している国王の参列はなかった。
王国の側妃の葬儀としては、参列者が少なく、国としてクラリスに対しての関心の低さが露呈する形となった。
しかし、参列した貴族も、参列していない貴族にとっても予想外の事が起きる。
クラリス妃の葬儀に、当初参列予定のなかった参列者がいたのだ。
国王代理という名目ではあったが、当時の王太子であるリュシウォン、そして王妃の参列であった。
その二人の葬儀の参列は、伯爵家とはいえ、伯爵位の底辺にいる下位貴族出身、況してや国王の気まぐれでお手がついたクラリス妃は、王族に受け入れられていた存在であったのか?というように、国中の貴族達に認識される。
その事からか、レイモンドに対する貴族達の接し方の変化が見られる事にも至ったのだった。
ここまで、読んで頂きありがとうございます!
ブックマーク、評価ポイントを付けて頂きありがとうございます!
◇作者の呟き◇
レイモンドの過去話が入り、レイモンドとシルヴィアの関係の深まりがない回になり、ご期待されていた方は申し訳ありません。
少しずつ、こっちの兄妹問題の伏線を繋げていきたいと思います。
他にもいくつかのレイモンドやシルヴィアの周囲に関する伏線が残っており、回収を頑張ります。
狙われている訳とか、王太子とかその他色々……




