第46話 告白
レイモンドが、狼狽えるシルヴィアを抱き締め、落ち着かせようとしてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
初めは小刻みに震えていたシルヴィアの身体も、落ち着いてきたようだ。
そんな彼女を、レイモンドはフワリと抱き上げる。
突然の浮遊感に、シルヴィアは思わず彼の服をギュッと握り締めた。
そんな自分の行為に、ハッとしたシルヴィアが握り締めている手を慌てて放し、身体を捩ろうとした時、レイモンドはそれをとめた。
「殿下っ、自分で歩けますから、降ろしてくださませ」
「降ろさない
それに、危ないから、手を放しては駄目だよ」
「ですが、殿下に……」
「大丈夫
君は羽のように軽いし、それに大切な君を落としたりはしないよ
こうみえて、力はあるからね」
シルヴィアに有無を言わさず、レイモンドは彼女を抱き上げたまま、寝台に腰を降ろす。
必然的に、レイモンドの膝の上に乗る形になったシルヴィアは、再度、身を捩り狼狽えた。
「殿下……、こんな……」
「駄目だよ、私はもう君を放さないと決めたんだ
だから、大人しくここに居て?」
「そんな、何を仰有っているのですか!?」
狼狽えるシルヴィアの頬に、レイモンドはそっと手を添える。
そのシルヴィアを見つめる瞳は、とても優しい。
「身体に、変調はない?」
「え……?」
「先程の夜会で、薬を盛られただろう?
ここに来る前に、意識を失った君に中和剤を服用させはしたが、後遺症などが出ないか心配だったんだ」
「あ……」
シルヴィアは、目覚めてから色々あったせいか、夜会での出来事をすっかり忘れていた。しかし、レイモンドの言葉で、先程の夜会でリリアの手引きによって、薬を使われた事を思いだした。
「大丈夫?」
「あの……、何ともないと……思います」
「そうか、よかった」
レイモンドの長い指が、大切な物に触れるかのように優しく自分の頬に触れる感触が、とても心地が良いとシルヴィアは感じる。
しかし、先程耳にしてしまった、国王や父親とレイモンドの話の内容が気になって仕方がなかった。
「あの……、聞き耳を立てるなど、いけない事とはわかってはおりましたが……」
おずおずと話し出す、シルヴィア言葉に、彼は少し苦し気な何とも言えない表情を僅かに浮かべる。
「君に、あんな形で聞かせるつもりはなかったんだ
もっと、確証を得てから、順を追って伝えようと思っていた
君が、隣のこの寝室に居るのに感情的になって、あの二人へ問い質すような失態をおかした自分に、呆れてしまうよ
何も知らない君を傷付けてしまって、ごめんね」
「わたくしは……、父の娘ではないのですか……?」
「今は、確証もなく、私の憶測でしかない
そうであってはほしくはないと、私もずっと思ってはいた
だが、彼の君への仕打ちを見ていると、やはりそうなのだろうかとしか思えずに、ああして問い詰めてしまった
そして、君の母親のセレスがこの城に仕えている頃に、私の母や兄上も関わっている何かがあったという事は、確かであると思っている」
レイモンドは、そっとシルヴィアの手を握ると、自分の口元へ寄せた。
その事に、シルヴィアの心臓はドキンと跳ねる。
「殿下……?」
「君に……、心を寄せてはいけないと、ずっと自分に戒めていたんだ」
「え……」
「動揺している時の君へ、こんな事を伝える場合ではないとはわかっている
しかし……、自分の想いを先に君へ伝えたい」
「想い……?」
「私は、ずっと昔から君の事を知っていた
初めは、懇意にしていたセレスの娘という君を、直接関わる事は殆どなかったが、妹のように見ていたんだ
しかし、極端という程に、侯爵は私が君と関わる事を拒んでいた
初めは何故だろう?と……
王族という、柵の多い者と君を関わらせたくはないのか?
それとも、私の地位の低い母を持つという、出自が気に入らないのだろうか?と、思っていた」
「そんな……」
レイモンドが語る言葉を、シルヴィアはじっと聞く。
彼は、そんな彼女の手を握ったまま話を続けた。
「しかし、幾つかの事柄を知っていくうちに、何故あんなにも侯爵が私を君から遠ざけようとしているのか、憶測が浮かんでいった
だが、その理由を知りたくて、君の事を調べていくうちに、もっと別の事で悩むとは思わなかった
君の人となりを他人の噂ではなく、自分の目や耳で知っていく度変化していく君へ向ける自分の感情に、気が付いてしまったんだ」
レイモンドの長い指が、シルヴィアの細い指に絡む。
そんな彼の行為に、ピクリとシルヴィアの身体が揺れた。
「私の憶測が事実であるのならば、君へ決して向けてはいけない感情に……」
「殿下……?」
シルヴィアは、レイモンドを見上げると、悲し気な瞳を浮かべる彼がいた。
「君の、どんな事へも手を抜かずに取り組む、健気な姿を知っているのは、自分だけで良いと思った
どんな酷い事を囁かれても、背筋を伸ばし、凛とした眼差しで前を見詰めている君の姿に、目を奪われた
君の、他の者は無視するような弱き者へ向ける、優しさに心を掴まれた
どんな君も、愛おしくて仕方がなくなっている自分がそこにはいた
そんな君を、傷付ける者は許せなく、怒りを感じ、自分の手で直接守りたいと思う感情を抑えられなくなっていった……
そして、パートナーになって欲しいと、君へ願っている自分がいたんだ
自分に課した、戒めさえも忘れてしまって……」
絡めたシルヴィアの指に、レイモンドは唇を寄せる。
「愛している」
「………っ……」
「君の全てを愛しているんだ」
レイモンドのその言葉に、シルヴィアは様々な感情が交錯していく。
ずっと、想いを寄せてはいけないと思っていたレイモンドから告げられた気持ち。
こんな事が起こるなど、信じられなかった。
嬉しさが込み上げてくる。
それと同じくらい、衝撃を受けた先程の言葉。
───父の娘ではない
では、自分は誰の娘だと言うのだろうか?
そして、そんな自分へ想いを告げる事を戒めていたレイモンド。
───それは何故?
嬉しさと、不安が募る疑問。
そんな相反する感情に困惑する中、それでも勝ったシルヴィアの感情は──
「殿下とのお約束に……、ずっと……、殿下へ想いを寄せてはいけないと思っておりました……」
「うん……、私は狡いんだ……
君から向けられる、どんな感情も怖くて知りたくはないと思っての、言葉だった……
君の気持ちを知ってしまったら、もう後戻りは出来ないと思っていたからね……」
「募っていく感情に、もう、殿下のお側に居る事は難しいと思って……
あの日、この関係を終らせたいと告げたのです」
「君に、全てを決断させてしまった自分を情けないと思うよ」
「ずっと……、お慕いしておりました……
わたくしは、この気持ちをもう偽らなくて良いのですか……?」
「君の気持ちには、気が付いていた
それなのに、君へ逃げ道を作らないで、自分の気持ちを先に告げた私は卑怯で、酷い人間だと思う
君の事を本当に考えるのならば、初めに本当の理由を伝えるべきだし、手放す事こそ優しさであったのに……」
辛そうで、苦し気な表情のレイモンドが握り締める自分の手にシルヴィアは力を込めた。
「それは……、殿下が戒めていたというお言葉が関わっているのですか?」
「君は、今から私が言う言葉を聞いても、私を受け入れてくれる?」
「受け入れる……?」
「君を地獄へ道連れにしてしまうようなこと……
それでも、私は君を手放したくはない……
私は、君を失うくらないならば、君となら何処へ堕ちても構わないと思っている」
「何を……」
「君と私は……、この感情を通じ合わせれば、神の怒りを買うような間柄であるかもしれない」
「な……に、を……」
シルヴィアは、レイモンドの言葉の意味が初めよくわからない。
そんなシルヴィアへ、固い表情でレイモンドはその一言を告げた。
「私達は、血の繋がっている兄妹であるかもしれないのだよ」
「え……」
ここまで、読んで頂きありがとうございます!
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◇作者の呟き&解説◇
先ずは、大きな伏線の山場というか、このお話のメインにもなる、起承転結の転句の部分というのか、そんな回でありました。
終始レイモンドの告白で占められいるのですが、一番大事な部分なのに、何とも不完全なような文章になってしまいました。
そして、読まれた方がどうしてこういう告白になった?と、後味がよろしくない感じになるのではとも……
シルヴィアが、自分が父親の本当の娘ではないという話に動揺しているのにも関わらず、その真相を彼女へ伝える前に、レイモンドは自分の気持ちを伝えるに至った事が、何ともレイモンドの性質を考えると、う~ん…と思う方がいらっしゃるかもしれません。
レイモンドは、シルヴィアの性格を考えて、敢えて先に自分の気持ちを伝えました。
それは何故か?
それは、初めに自分達が兄妹であるかもしれないという事を伝えたら、シルヴィアは自分の気持ちを押し込めてしまうと思ったからの行動でした。
だから、「逃げ道を奪って卑怯だ」と言ったのです。
そんな、レイモンドの行動に賛否両論あるかもしれません。
私の技量不足が、最大の原因でもあります。
もっと、ドラマチックに演出できるべき山場が、こんな感じになってしまいましたが、もう少し見守って頂けるとありがたいです。
この展開は、長くなりますので、今回ここで切り、次回へ続きます。
今後も宜しくお願い致します。




