第44話 花の間
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
日付けも変わろうとする頃、ミルヴォア王国の国王の執務室に、王家の影と呼ばれる隠密活動を主としている者が現れ、国王へ言葉を掛けた。
「レイが……離宮に……?」
「はい
ラウシュ侯爵のご息女である、シルヴィア・ラウシュ嬢をお連れになり、先程離宮の花の間へお入りになりました」
「そうか……、クラリスの部屋に───」
◇*◇*◇
王城の端の、少し淋しげな場所に建つ離宮。
ここは、歴代の側妃達が住まう場所であった。
今の国王は、側妃を娶っていない為、主となる者は誰もいない。主のいない離宮は、静けさを漂わせている。
離宮の主になる者は現在は居ないが、先王の最後の側妃となったレイモンドの生母の部屋は、そのまま残されていた。
生前、レイモンドの母親であるクラリス妃は、花を好んで飾っており、その部屋は花の間という通称で呼ばれている。
花の間は、現在も手入れがされており、主となる者がいない今も綺麗に整えられていた。
そんな花の間の奥にある寝室に置かれた、大きな天蓋のついた寝台に人影がさす。
あまり人目のつかず、一部の人間しか知らない離宮へ繋がる道を通り、離宮へ入ってきたレイモンドが、シルヴィアを抱き上げながら、その寝室へ足を踏入れたのだ。
シルヴィアは、薬の影響なのか、まだ意識を失っていた。
レイモンドは、抱き上げていたシルヴィアを、そっと寝台へ下ろす。
その後、後ろについていたロザンナへ視線は向けずに声を掛けた。
「ダーレン家の令嬢として、夜会へ出席しろと命じたのは私だ
お前を咎めるつもりはない」
「本当に、申し訳ありませんでした……」
「彼女をこのまま、あの妹のいるラウシュ家の屋敷に帰すわけにはいかない
今日は、もうこんな時刻であるから無理だが、明日の朝一にあの方へ、先日頂いたお言葉について、謁見を申し込むと側近へ伝えてくれ」
「はい」
ロザンナが部屋を下がり、花の間の寝室にはレイモンドと寝台に横になるシルヴィアが二人。
寝台の横の椅子に腰掛けたレイモンドは、まだ瞳を閉じたままのシルヴィアの髪の毛を一束掬う。
「───君は……
君を守りたいと言ったのにも関わらず、自分を抑えられずに、闇へ引きずり込もうとしている私を、許してくれるだろうか……?
だが……もう……、偽るのは無理なんだ……
悪魔に、魂を渡す事になったとしても……、もう、君を手放せない」
手に掬い取ったシルヴィアの髪の毛に、レイモンドはそっと口付け、そしてポツリと言葉を落とした。
「ごめんね……」
キシリと、寝台が軋む。
月明かりが照らす、寝台。
その後ろの壁には重なる影が映る。
それは、まるで眠り姫を起こす為の口付けのように、触れるだけの口付け。
だが、覚悟を決めた想いを印すような口付けでもあった。
それから、少し経った時、花の間に誰かが入ってきた気配をレイモンドは感じる。
彼は、寝室を出るとそこに立つ者に、険しい顔を浮かべた。
「ここは、貴方様が来て良い場所ではないでしょう?
───兄上」
その場に居たのは、この王国の国王であり、レイモンドの兄で、リュシウォン・ミルヴォア。
その後ろには、国王の側近でシルヴィアの父親でもある、ルーカス・ラウシュ侯爵を連れていた。
「何故、この部屋にシルヴィア・ラウシュ嬢を連れてきたのかレイに、理由を聞きたいと思ってね」
「理由……?
私がここに訪れた事を、影から報告があったのですね………
この部屋は、私の母親の部屋で、私に自由に使用して良いと言ったのは、兄上、貴方ですよ?」
「それは、そうだが
自由にして良いといっても、未婚の、ましてや婚約者でもない令嬢を離宮に入れる等、彼女の評判に傷がつく事もあり得るという事が、お前はわからない訳ではないだろう?
何を考えて、彼女をここへ連れて来たのだ?」
リュシウォンのその言葉に、乾いた笑みをレイモンドは浮かべる。
「理由ですか……
その大きな理由は、兄上の後ろにいる侯爵であると、私は言いたいですね」
レイモンドはそう言うと、鋭い視線をルーカスへぶつけた。
「ルーカスが理由?」
「自分の家で起きている事に、殆ど目を向けず
前妻の娘は蔑ろにし
かつての婚約者であった後妻には、何も言えず
そして、その間に生まれた娘にはろくな教育もせずに、貴族令嬢としての振る舞いの基礎すら出来ていないにも関わらず、放置
その結果、彼女は何度目かわからない大きな傷を、その妹に今日もつけられそうになった
そんな悪の巣窟のような屋敷には、帰す訳にもいかないと判断して、こうしてここへ連れて来たんです
ご理解頂けましたか?」
「今日も、傷つけられそうになったとは?」
リュシウォンの問いに、レイモンドは、ため息を一つ吐く。
「今日、彼女の妹の友人の屋敷で行われていた夜会へ、彼女は妹から同行を頼まれたようです
それが、妹の罠だとも思わずに、妹の頼みを断れずに彼女は夜会へ同行した
だが、その夜会は、彼女の従弟との既成事実を作る為の場を、妹によって設けられていました
彼女が逃げられないように、薬まで使われた始末だ
私が間に合わなければ、今頃彼女は、評判を地まで落とされた揚げ句、誰からも祝福のされない婚姻を強いられる所だった」
「そんな事が……」
レイモンドは、再度ルーカスを睨み付ける。
「ラウシュ侯爵
貴方の甥でもあるケヴィン・マーブルの感情も考慮しないまま、養子縁組みの件を放置していたのも、今回の要因の一つだ
貴方は何処まで、彼女を傷付ければすむのですか?」
そんな話を、続き間である居室で三人が話している中、寝室の寝台に横になるシルヴィアは、ぼんやりと目をあけた。
そして、自分が全く知らない場所にいる事に戸惑う。
「ここは……」
先程、バラック家の夜会でリリアとケヴィンによって、とんでもない事になりそうになった。
だが、その場にレイモンドが現れた事までは何となく覚えている。
しかし、そこからの記憶が曖昧で、気が付いたら貴族の屋敷にしては、とても豪奢な部屋にいたのだ。
先程までいたバラック家の部屋でもなく、自分の屋敷でもないこの場に居ることに、先程の恐怖が甦る。
まだ、危機的状況であるのだろうかと、辺りを見渡していると、開いている扉の向こう側で数人が言い合いをしている声が聞こえた。
薬の影響でなのか、身体がふらついたが扉付近まで行くとその場にいる人物に動揺する。
その場には、レイモンドの他に自分の父親のルーカス、そして国王までもが居たからだ。
しかしその時、扉ごしから聞こえてきたレイモンドの言葉に、シルヴィアは息が一瞬止まった。
「侯爵
彼女が、貴方の娘ではないから、こんな仕打ちをするのですか?」
(娘……じゃ……、ない……?)
「ぇ…………」
シルヴィアの心臓は、ドクドクと音を鳴らす。
思考が停止し、ただ心臓の音だけが、大きく鳴り響くのがわかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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年が明けて、かなり日が経ちましたが、今年も執筆を頑張りたいと思います。
どうぞ、宜しくお願い致します!
令和4年1月19日 一ノ瀬 葵




