第43話 劣等感
「申し訳ありません!」
「弁明は後にしろ
今は、彼女を探す方が先だ」
バラック家の廊下では、シルヴィアを探す為に会場を出たロザンナと、漸くバラック邸へ着いたレイモンドが鉢合わせていた。
ロザンナから、シルヴィアが信用出来る者を誰も付けずに、会場を出た事を聞いたレイモンドは顔色を変える。
「妹のラウシュ嬢の具合いが悪くなったという話でしたが、真相はよくわかりません
ラウシュ嬢と仲が良いという、バラック家の長女がシルヴィア様の元へ来て、そのような事を話している声を聞く事しか出来なかったので……
そして、そのまま使用人と共に、会場を出た姿を目にして、私も急いで廊下に出た所、殿下とこうして会った次第です」
「その話が本当ならば、心配する必要は一見なさそうだが……
万が一、そうではないのならば、ラウシュ嬢が絡んでいる事になる……」
屋敷の廊下を急ぎながら、シルヴィアが居そうな場所をレイモンドとロザンナで探す。
レイモンドは、ただの杞憂であればそれでいいと思うが、どうしても胸騒ぎが収まらなかった。
◇*◇*◇
シルヴィアは、体の自由がきかないまま、ケヴィンに組み敷かれるように見下ろされる。
このような状況に陥っている事が、シルヴィアには未だに信じられなかった。
親族の中では、ケヴィンの事は信用している人間の一人であったからだ。
裏表なく、シルヴィアに関わってくれる存在。
シルヴィアにとって、ケヴィンは心を許せる弟のような存在でもあった。
年を重ねるにつれて、ケヴィンの自分へ向ける感情が、自分が彼へ向けるような、従姉へ向ける感情とは別のものであるかもしれないと、かなり前からシルヴィアは気が付いていた。
しかし、近しい間柄で信じられる存在でもあるケヴィン。そんな関係性を崩したくはなく、気付かない振りをしてきていた。
そんな、シルヴィアの態度のせいで、ケヴィンがこんな事を起こすほど思い詰めているとは、シルヴィアは思いもしなかったのだ。
だからからか、余計に今のこの状況がショックであった。
今の状況と重なるかのように、シルヴィアの中で以前、カルロスに組み敷かれた記憶が甦り、指先や唇が震えていく事がわかる。
それでも、震える声を絞り出すかのように、声を出した。
「こんな事を……する事が……ケヴィンの本意なの……?」
「………最低だって事は、俺だってわかってる……
だけど、誰からも邪魔されないように、俺がシルヴィを手にするには……
もう、こうするしかないって思ったんだ」
表情を歪めながら、言葉を吐露するかのようにケヴィンは呟いた。
ケヴィンの気持ちを聞いても、今のこの状況はシルヴィアには受け入れる等、到底無理な話であった。
ケヴィンの行動も、そんなケヴィンに入れ知恵したリリアの事も、大きな憤りを感じる。
そして自分という存在は、こんなにも、尊重される事の欠片すらないのかと、悲しみを感じた。
「ケヴィン……、貴方も……わたくしの心を、見ようとはしてくれないのね……
信じていたのに……」
その言葉と同時に、シルヴィアの紫色の瞳から涙が零れ落ちていく。
「…………っ!」
シルヴィアの涙と言葉に、言葉が詰まったケヴィンは、そんな自分の良心に背を向けるように、彼女へ手を伸ばそうとした、その時───
「彼女にそれ以上触れる事は、私は許しはしないよ」
突然聞こえてきたその声に、ケヴィンはビクリと身体を揺らし、シルヴィアへ触れようとしていた手を止める。
ケヴィンが、聞こえてきたその声の方向へ視線を動かすと、レイモンドが扉の所で立っていた。
レイモンドの表情は、いつもの穏やかな顔ではない。突き刺すような、鋭い視線をケヴィンへ向ける。
廊下では、恐らくリリアの考えを実行する為に、ケヴィンとシルヴィアの姿を見るよう命じられていたであろう、バラック家の使用人が青い顔で震え、その傍らに、ロザンナの姿があった。
「……ぁ…………」
今のこの状況は、リリアの語った方法が失敗に終ったのだとケヴィンは覚った。
そしてそれは、ケヴィンにとって、自分がこんな愚かで卑怯な手を使おうとした事を、一番知られたくはない人間に見付かってしまった。
レイモンドの堂々としたシルヴィアへ対する振る舞いに、ケヴィンは嫉妬し、劣等感を感じていたからだ。
リリアは、シルヴィアがレイモンドの隣に立てると勘違いしていると言っていた。
しかしケヴィンには、レイモンドがシルヴィアへ向ける感情が、ただの建前や同情ではないように感じていた。
長年、シルヴィアへ想いを寄せていた自分と、同じ感情を向けているように思えて仕方がなかったのだ。
だからこそ、レイモンドに深く嫉妬し、劣等感を抱いていった。
自分は、母親に楯突く事も出来ずに、母親がシルヴィアを蔑むのをただ見ているだけで、強い態度でシルヴィアの事を、守ることすら出来なかったからだ。
レイモンドが自分達に近付いてくる度に、ケヴィンの身体には緊張が走る。
そして、怒りを携えたような、レイモンドの鋭い視線がケヴィンを貫いた。
「君は、他の者とは違い、純粋に彼女へ想いを寄せていたのだと思っていたが、私の思い違いだったようだな」
「………これは……」
普段とは全く違う、レイモンドの低い声が部屋に響く。
レイモンドは、ケヴィンを押し避けると、身体の自由がきかないシルヴィアを抱き上げた。
そして、そのまま茫然自失のケヴィンを残し、その部屋を立ち去る。
カラカラと馬車が静かに夜道を走る。
その馬車内でレイモンドは、あの後薬のせいで気を失い、ぐったりとしたシルヴィアを膝の上に乗せ、抱き締めていた。
馬車が向かっていたのは、ラウシュ家の屋敷ではない方向である。
その行き先には、シルヴィアを連れて行く気は、以前までのレイモンドにはなかった。
だが、今は心を決めたようなレイモンドがいた。
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2021/12/31 一ノ瀬 葵




