第41話 甘い囁き
シルヴィア達が、夜会を訪れてかなりの時間が経っていた。
そろそろ帰る事をリリアに伝えようとシルヴィアは思い、会場にいるはずのリリアの姿を探している時であった。
シルヴィアの隣に、ずっと付いて居てくれたロザンナへ一人の人物が話し掛ける。
どうやら、ダーレン家と関わりのある家門の人物のようだ。こちらの様子をチラリと伺うような素振りを見せたので、シルヴィアは少し二人から距離を取る。
その事にロザンナが、その人物との話を切り上げようとする素振りを見せた。シルヴィアは、そんな彼女へ大丈夫という笑みを向け、止める。
ロザンナは、レイモンドから命じられている任務が中途半端になる事を気にしているのだろう。
だが、夜会に来てから、出席者達があからさまに奇異な目を、シルヴィアへ向けて来るような様子もない。レイモンドが心配しているような事は、この夜会では大丈夫であろうとシルヴィアは考えていた事もあり、ロザンナへ気にしなくとも大丈夫だと伝えたのだ。
そんなシルヴィアの元へ、この夜会の主催者の娘で、リリアの友人でもある令嬢が側に寄ってきた。
何かシルヴィアへ話があるようだが、彼女は伯爵家令嬢で、マナーとして初対面である侯爵家令嬢のシルヴィアより先に言葉を発する事は、良くない事とされている。
先程から、リリアの姿が見当たらない事も気にかかっていたシルヴィアは、彼女へ言葉を掛けた。
「どうかされましたか?
リリアは……?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません
わたくしは、ステラ・バラックと申します
リリア様のお姉様である、シルヴィア・ラウシュ様にお伝えしたい事がありまして、お声掛けさせて頂きました」
ステラが、シルヴィアに伝えたい事とは、リリアの事であった。
「えっ!? リリアが……?」
「ええ、間違えてアルコールの入った飲み物を口にしてしまって、具合いが悪くなってしまったのです
それで……、今は別室で休んでいるのです……」
申し訳なさそうに話すステラに、シルヴィアはリリアが心配を掛け、さらに迷惑を掛けてしまった事を詫びると、妹の休んでいる別室へ案内して欲しいと伝える。
ロザンナは、まだ話の途中のようなので、ロザンナへ言伝てを頼みその場を離れた。
バラック家のメイドに、リリアの居る別室へ案内してもらい、その別室の前に付くとシルヴィアは扉越しに声を掛けた。
「リリア? 大丈夫なの? 入るわよ?」
次に気が付くと、もうメイドの姿は側にはなかった。
しかし、今は夜会中であり人手も足りないのだろうと、シルヴィアはその事を特に気にする事もなく、リリアの返事はなかったがその部屋の扉を開ける。
「リリア……?」
その別室に足を踏み入れた時、居るはずのリリアの姿はなく、その代わりに応接室用の椅子に座っていた者の姿を目に止め、シルヴィアは戸惑いを見せた。
「え……、ケヴィン……?」
「シルヴィ……」
「どうして、ここにケヴィンが?
今日の夜会に来ていたの?
それよりも、リリアはどこ?
この部屋で、リリアが休んでいるって聞いたのよ?」
シルヴィアの問いに、いつもとは様子の違うケヴィンが、ポツリと答える。
「リリアは、ここにはいない……」
「え? どういう──」
ケヴィンの言葉に、シルヴィアが訝しげな表情を浮かべ彼を問い質そうとした時、シルヴィアの視界がグラリと揺れた。そして、自分の身体に力が入らなくなりつつある事に気が付く。
咄嗟に扉に手を掛け、どうにかふらつく足を踏ん張った。
「な、に……?」
「大丈夫だよ
身体には害は無いものだから……」
「え……?」
ケヴィンが、今まで見たこともないような表情を浮かべながら、自分に近付いて来る事に、何故かわからないがシルヴィアは危機感を感じる。
しかし、足にはほとんど力が入らず、立っている事もままならず、その場に力なく座り込んでしまった。
そんなシルヴィアと視線を合わせるように、ケヴィンは屈む。
「数時間、身体の力を奪うだけの薬で、時間が経てばまたいつも通り動けるようになるから、心配しなくても大丈夫」
「心配って……、どういう事なの?
リリアは……?何処にいるの!?」
「リリアは、会場にもう戻っている頃だよ
俺がここにいるのも、シルヴィがここに呼ばれたのも、リリアの考えだから……」
「きゃっ!?」
そういうと、ケヴィンはシルヴィアを抱き上げ、そのまま部屋の奥にある寝台へ足を進めた。
「ケヴィン!?
どういう事なの!?
薬って何!? リリアの考えって……?」
「俺だって、あいつの考えに初めから同意していた訳じゃない……
だけど……」
ケヴィンは、シルヴィアを寝台の上に乗せると、自分の身も寝台に乗り上げるように膝を乗せる。そのケヴィンの重みに、寝台がキシッと音をたてたようにシルヴィアには感じ、ビクリと身体を強張らせた。
そんなシルヴィアを、見下ろすように見詰めるケヴィンの表情は、歪んでいた。
「シルヴィは、こうでもしないと、俺の事を男だと見てくれないじゃないか……
もう、弟のように扱われるのは嫌なんだ
だから……」
ケヴィンの脳裏には、あの日リリアが囁いた言葉が何度も木霊していた。
『とっても良い方法なの!
皆が幸せになれる方法よ!』
可愛らしく、ニコリと天使のように微笑むリリアの言葉は、甘く、そして残酷な言葉のように、その時のケヴィンには聞こえた。
その言葉に飲み込まれてしまったのは、ケヴィンの心情が、不安定に揺れていたからだったのかもしれない。
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