第4話 登城
王城へ向かう馬車の中で、シルヴィアはぼんやりと外を眺めていた。
先程のケヴィンの言葉が、頭の中を巡る。
その言葉を反芻しながら、シルヴィアは心の中で様々な思いを感じていた。
(幼い頃からケヴィンは、周囲の者とは違って、わたくしの事を異母妹のリリアと比べる事もなく、同じように接してくれた
そのせいで、伯母様やお継母様の機嫌が悪くなる事が、多々あったけれど……
自惚れなのかもしれないけれど、ケヴィンがわたくしの事を、従姉以上の感情を持って接していた事も、気が付かなかった訳ではない
だけど………)
「…………っ……」
シルヴィアは、小さく息を吐く。
(貴族の娘に生まれたという事は、自分の意思と婚姻は関係ないのだと学んだし、それは納得している
だけど……、家の為とはいえ、ケヴィンがわたくしと一緒になる事に、周囲は黙っていない
そんな状況下に、ケヴィンを置く事はできないし……
わたくし自身、ケヴィンの事を弟のような存在に思っていて、そんな対象に見ていなかった
それに……
人の心は、揺らぐものだから──)
「わたくしは、最低ね……」
シルヴィアは、思わず言葉を溢した。
(ケヴィンの事を案じるように考えながら、本当は自分の事ばかり……
カルロス様のように、ケヴィンが心変わりした時の事を、考える自分がいる
これ以上、傷付きたくない
傷付くぐらいなら、初めから期待しない方がいいって、いつも考えているから……)
そんな事を考えているうちに、馬車が王城へ到着する。
登城したシルヴィアを待っていた侍従から、ある場所へ案内された。
重厚な扉が開かれたそこには、穏やかな笑みを浮かべた人物が、シルヴィアを迎い入れる。
「レイモンド殿下におかれましては───」
「形式的な挨拶はいらないよ
膝も折らなくていい
顔を上げてくれるかい?
シルヴィア嬢」
その場にいたのは、現国王の弟であるレイモンドであった。
淑女の礼を向けたシルヴィアへ、王弟であるレイモンドはそう伝える。
シルヴィアはその言葉に顔を上げると、新緑のようなレイモンドの瞳に、惹き付けられるような感覚を感じた。
そんな自分にハッとし、我に返ったシルヴィアは、謝罪の言葉を口にする。
「昨夜の夜会では、殿下がいらっしゃっていたのにも関わらず、あのような騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありませんでした」
「どうして、君が謝るの?」
「え……?」
シルヴィアの謝罪に、笑みを浮かべたままのレイモンドは、座っていた椅子から立ち上がる。
レイモンドの前には大きな執務机があり、シルヴィアが案内された場所は、彼の執務室のようであった。
そして、そんなレイモンドの返しに、シルヴィアは戸惑う。
「今日、君をここへ呼んだのは、昨夜の一件を咎めたいからではないよ
私は、昨夜の一件については、君には怒ってはいない
謝罪を述べなければいけないのは、ルーベンス公爵子息の、彼の方であると私は思っている
書簡に登城理由を記さなかったせいで、気に病ませてしまったとしたら、すまなかったね」
「あの……」
「君に内密に相談したい事があって、今日は呼んだんだ
まずは、立ったままも何だから、座って楽にして欲しい」
「相談……?」
レイモンドに促され、執務室内の応接用の長椅子にシルヴィアが腰掛けると、城のメイドが、お茶やお茶菓子を用意する。
そして、そのままメイドや侍従、護衛の近衛騎士等が室内から退出していくと、シルヴィアとレイモンドの二人きりとなった。
その事に、シルヴィアの表情に戸惑いが浮かぶ。
それもそうだ。初めて会うといっても等しく、況してや、王族でもあるレイモンドと二人きりになるとは、ここへ来るまでに想像もしていなかった。
それに、未婚の男女が室内に二人きりになる事も、シルヴィアが生きるこの国の貴族社会では、良しとされてはいない。
そんなシルヴィアの様子に気が付いたレイモンドが、彼女へ言葉をかける。
「私と二人きりになった事に、戸惑わせてしまったかな?
だけど、できる限り内密にしたい事であるんだ」
「あの……」
「正式に、ルーベンス公爵子息と君の婚約が解消されて、その代わりに君の妹と彼が婚約し直す、という話は聞いたよ」
シルヴィアは、昨日の今日で、もう既に正式な婚約破棄の一件が、レイモンドに知られている事に、複雑な思いを感じた。
そんなシルヴィアへ、笑みを向けるレイモンドは、言葉を続ける。
「君のお父上であるラウシュ侯爵は、陛下の側近でもあるから、まだ公にはされていないこの一件の事を、私がすぐ知ることとなったんだよ
だけど、昨夜あんな衆人環視の中で、あのような振る舞いを彼がしてしまったせいで、貴族達の中でもこの話題が広まるのは、早いだろうね」
「そう……、ですね……」
シルヴィアは表情を消し、そう呟いた。
「シルヴィア嬢
これからの、自身の身の振り方は、何か決めているのかな?」
レイモンドの問いに、シルヴィアは答えていく。
「いえ……、自身では特に何も決めてはおりません
わたくしの身の振り方は、父に任せておりますので」
「本来、ラウシュ家を継ぐ予定の、君の妹の婿養子予定の者との婚姻は?」
「それは、相手がわたくしであったら、簡単にはいかないかもしれませんので、何とも……」
「そうだろうね」
「え……?」
「どうして、君と殆ど初対面同様の私が、ラウシュ家の内情を知ってるのか、という顔だね」
シルヴィアは、感情を顔に出していたつもりはなかったが、そうレイモンドから指摘された事に戸惑う。
「いえ……
わたくし自身、あまり良い噂がない事は、存じております
殿下のお耳にも入る事が、あったのでしょう?
そんなわたくしに相談など、何故お考えになられたのかとは思いますが……
それで、相談とはどのような事なのでしょうか?」
レイモンドは、手にしていたカップをソーサーに戻すと、笑みを彼女へ向けた。
「私のパートナーに、なってはくれないかな?」
「え……?」
思ってもいないレイモンドの突然の言葉に、シルヴィアは反応する事が出来ず、思考が止まった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマークをして頂きありがとうございます!
そして、連載間もないのにも関わらず、評価ポイントを頂き、とても嬉しいです!