第39話 リリアの頼み
「ねぇ!お姉様っ、お願いっ!」
シルヴィアは、朝から私室に来てまでこうして頼み込むリリアに、困惑顔を浮かべていた。
「リリア、そうは言っても……
わたくしは、その夜会には招かれていないのよ?
だから──」
「私の、お友達のお家の夜会なんだから問題なんてないわ」
「そういう訳にも、いかないでしょう?」
リリアがシルヴィアへ頼み込んでいる事とは、リリアが招待されている夜会への、シルヴィアの同伴であった。
「だって、夜会のあるその日は、カルロス様は御用があって出席出来ないって仰有っていたの
お母様も、他の御用があるみたいだし
一人で夜会へ行くのは心細いのよ
だから、お姉様、お願い!」
シルヴィアは、小さくため息を吐く。
同伴者であれば、招待状を貰っていない夜会へ出席する事も、非常識ではないし、よくある事だ。
しかし、シルヴィアは元々夜会等の人の集まる場所へ出向く事は、好んではいない。
自分の噂の事もあるし、人との関わりも得意ではなかったからだ。
だが、招待されているのに、欠席ばかりするのも社交的にあまり良い事ではないし、家との繋がりも考えて、自分が招待されている夜会には出席していた。
さらに、以前は婚約者だったカルロスの顔をたてて、出席する事も多々あったが、今回はそのような夜会ではないし、さらに招待すらされてはいないのだ。
況してや、先日婚約破棄をされた当事者である自分と、その原因になった妹のリリアが伴って夜会に現れれば、注目の的であろう。
わざわざ、侮蔑を含んだ視線に晒され、自身の聞きたくはない噂話を聞く為に、最も比べられる存在の妹と一緒に、招待されていない夜会へ進んで行きたいとは思えない。
そして、それとは、別にシルヴィアが渋るにはもう一つの訳があった。
レイモンドから、先日の襲撃の一件で彼が関われない外出を、なるべく控えて欲しいと言われている事もあったのだ。
しかし、リリアの頼みを断ればまた面倒な事になる事もわかっていた。
リリアは、自分の思い通りにならないと泣き出し、周りの者を巻き込む事がある。そんな場面に、継母が気が付けば、機嫌を損ね余計に状況が悪くなり、自分だけでなく、使用人にもきつい当たりになる事は、シルヴィアはわかりきっていた。
リリアの我が儘に付き合うのは、いつもの事だ。そう思い、これ以上リリアの頼みを断る事を諦める。
そして、もう一度シルヴィアはため息をつくと、リリアの頼みに首を縦に降った。
「わかったわ」
「ありがとう!お姉様っ!」
「だけど、本当にほんの少しの間よ?
貴女をお友達のもとまで送ったら、わたくしは帰らせて頂くわ」
「うん、それで構わないわ」
リリアが喜び、はしゃぐ様子を見ながら、よほど友人の家の夜会へ行きたかったのだなと、シルヴィアは思う。
そして、それとは別に、報告する程の外出ではないが、レイモンドからは念をおされていたので、リリアを夜会へ送ってからすぐ帰宅する事を、彼へ伝えるべきかと少し悩んだ。
しかし、彼が騎士を屋敷に護衛として暫く置く事をあの一件の後すぐに決定し、ラウシュ邸に数人の騎士が交代で配属されている事もあり、シルヴィアは、その騎士へレイモンドへの言伝てを頼む事にする。
騎士が護衛に付いている事も、夜会で色々と噂されそうで、気が重たいシルヴィアであったが、夜会へ向かう為の準備に取り掛かったのだった。
そう──、ただのリリアの付き添いで夜会へ行くだけの事。
シルヴィアはこの時、そうとしか考えていなかった。
だから、彼女は何も知らなかったのだ──
王城のレイモンドの元へ、シルヴィアから夜会へ出席するリリアに同伴するという文が届く。
その夜会の開催者は、王政に異を唱えるような対立する者ではなく、特に悪い噂を聞く事もなかった。
しかし、レイモンドは不安感が拭えずに、思案顔でいた。
「バラック伯爵家は、不穏な動き等はなかったと思いますが、何か気掛かりがおありなのですか?」
ロータスの問いかけにレイモンドは思案顔のまま答える。
「バラック伯爵家の夜会というより、妹のラウシュ嬢が、わざわざシルヴィア嬢へ夜会への同伴を頼むという事がね……
何故、今日行われるこの夜会の同伴を、姉である彼女へ頼んだのだろうか?と、疑問に感じたんだ」
「シルヴィア嬢からの文には、同伴者が誰もいない事に不安がり、妹君から頼まれたとありましたが……」
「ああ、だが先日ローランドが訪れた夜会には、後から合流するとはいえ、彼女は婚約者の同伴なしに一人で夜会に訪れていたんだ
それなのに、今回の夜会には同伴をシルヴィア嬢に頼む事に、違和感を少し覚えた
ただの杞憂で終われば、それでいいが……
ロザンナ」
「はい」
「招待状は何とかするから、この夜会にダーレン家の令嬢として出席してくれないか?
私は、出席するにも夜会の開始時間には間に合いそうにはないんだ
念の為、という形での命令で申し訳ないが……」
「構いません
夜会に伺わせて頂きます」
レイモンドの頼みに、ロザンナは応じた。
「ロータス
今日の仕事は、早めに片付ける」
「はい、畏まりました」
仕事の為、執務室を離れるレイモンドは、微かに感じた違和感を、ただの杞憂であって欲しいと願う。ロザンナの騎士としての力は信用しているが、自身がすぐにシルヴィアの元へ駆け付けられない事に、苛立ちをも覚えた。
そんな、もう既に隠す事も、抑える事も難しくなりつつある、自身のシルヴィアへ対しての感情を認めつつ、足を進めた。
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