第37話 釣り合い
シルヴィアがレイモンドの元を訪れた日に、レイモンドの執務室で襲撃があった事は王城内を騒然とさせた。
シルヴィアが登城しており、尚且レイモンドの元にいる事を知っていた父親のルーカスは、娘の元へ急ぎ駆け付ける。シルヴィアに何もなかった事に安堵の表情を浮かべた。そんな父親の顔を見たシルヴィアは、父親は今まで家族になど興味がないのだと思っていたが、最近の父親の変化に何とも言えない感情を覚える。
ルーカスが駆け付ける前、襲撃の後処理でざわつく執務室内でレイモンドは、シルヴィアへ言葉を掛けいた。
「今回の件を含めて、日を改めて君に伝えておきたい事がある
私のせいで、君も標的にされかねない
だから、先程君はもう私とは会わないと言ったが、その事を暫く了承する事は出来なくなった」
「標的……」
「先程の男は、君の顔をしっかりと見ていた
そして、君も先程の男の存在を認識してしまった
私の事情に、深入りさせてしまった事を決定づけたと言っていい
怖い思いをさせてしまう事になって、すまない」
申し訳なさそうなレイモンドの表情に、シルヴィアは何も言えなかった。
その数日後、レイモンドからシルヴィアへ登城して欲しいという文が届く。
その事を父親のルーカスへ報告すると、父は複雑な表情を浮かべてはいたが、「殿下に従いなさい」という言葉が返ってきた。
登城する為の支度をして、屋敷のエントランスへシルヴィアが向かうと、そこには従弟のケヴィンが丁度訪れた所であった。
「ケヴィン、来ていたの?」
「うん、シルヴィに会いに来たんだ
その格好、外出でもするの?」
「折角来てくれたのにごめんなさい
これから、お城へ向かわなければ行けないの」
「城?
この間、危険な目に合ったばかりなのに、また行くのかよ?」
「ええ、殿下から登城して欲しいとの文が届いたのよ」
シルヴィアの言葉にケヴィンは、グッと拳を握りしめる。
「何が、自分なら守れるだ……
一番危険な目に合わせてるのは、誰だよ……」
「ケヴィン?」
「どうして、レイモンド殿下なんだ!?
シルヴィと、釣り合いなんか取れないだろう!?」
ケヴィンの言葉に、シルヴィアは自分でそう思っていても、改めてこう言葉にされてぶつけられると悲しい気持ちになった。
「殿下と釣り合いが取れていない事など、わたくしが一番わかっているわ」
シルヴィアが悲しげな表情でそう答えた事に、ケヴィンは慌てる。
「そうじゃないっ!
シルヴィが釣り合わないんじゃなくて、釣り合わないのはレイモンド殿下の方だ!」
シルヴィアは、ケヴィンの言葉の意味が読み取れない。
「どういう意味なのか、わからないわ」
「だから、王族っていっても、殿下は形だけの存在じゃないか
出自だって───」
「ケヴィン!
それ以上言葉にしたら、不敬罪になるわよ」
ケヴィンが語ろうとした言葉に、シルヴィアは言葉を被せる。
こんな、他の使用人も多くいるような場所で、王族を貶めるような言葉を口するなどあり得ない事だったからだ。
以前カルロスも、同じようにレイモンドへ対して言っていた、彼を見下した言葉。
ケヴィンもカルロスと同じ思想なのかと思うと、シルヴィアは苛立ちを覚えた。
「だけどっ!」
「ケヴィンが、殿下の事をそう見ているのなら
わたくしの事は、それ以下であると思っているのね?」
「それ以下……?」
「わたくしのお母様は、婚前にわたくしを身籠って、婚約者のいるお父様の妻となった男爵家の娘よ?
そんな出自のわたくしは、ケヴィンの殿下へ対する評価のそれ以下にあたるわ
それならば、わたくしとは話す事すら憚れるでしょう?」
「違うっ!シルヴィの事は、そんな風に思ってなんていないっ!」
「じゃあ、どうして殿下の事をそう評価するの?
ケヴィンがそういう思想であったなんて、残念だわ」
シルヴィアは、そう言うと踵を返しケヴィンをその場に残して、屋敷を後にした。
「シルヴィっ!!」
ケヴィンが、自分の事を見下す事なく、公平に関わってくれていると信じていたシルヴィアにとって、彼が出自に拘るような言葉を口にした事に、彼女は悲しさで一杯であった。
どうして多くの者は、その人間の本質を見ずに、経歴や出自ばかりに目を向け気にするのだろうと思う。
そんな、モヤモヤとした感情を抱えながら、王城へ向かった。
一方、シルヴィアに誤解されたまま、その場に残されたケヴィンは、焦りで一杯であった。
(このままシルヴィに誤解されたままであったら、シルヴィを手元に置く事が、もっと難しくなる……
卑怯な手は、使いたくはないけど……)
そんな事をケヴィンが考えていると、自分に近付く人の気配に気が付く。
「あら、ケヴィン来ていたの?」
「リリア……」
天使のように可愛らしく、ニコリとケヴィンへ微笑むリリア。
ケヴィンは、そんなリリアには用はないと、帰ろうとする。
「シルヴィに、用があったんだ
だけど、もう帰るよ」
「折角、遊びに来てくれたのに帰ってしまうの?」
「従兄とはいえ、婚約者のいるリリアと俺が一緒に居る事は良くないだろう?」
「でも、お姉様が婚約されていた時は、お姉様と二人で良く一緒にお話していたじゃない?
大丈夫よ!カルロス様はそんなに気持ちが狭い方じゃないわ
私、ケヴィンと話したい事が沢山あるのよ
一緒にお茶でもしましょう?」
「………わかったよ」
ケヴィンは、リリアの事が苦手であった。
リリアは、自分の好きな事ばかりを、相手が飽々している事に気が付かないで話し続ける。そんな所も面倒だと感じていたからだ。そして、リリアが機嫌を損ねれば、ぐずぐずと泣き出す事も、余計面倒でもあった。
だが、彼女のおかげでシルヴィアとカルロスとの婚約が破棄された事は、心の中で感謝していたこともあり、面倒と感じながらもリリアの申し出を了承する。
ケヴィンが、自分のお茶の誘いを了承してくれた事に、リリアは嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして、ケヴィンは、リリアのお茶の誘いをこの時了承して良かったと、後で思う事となるのだった。
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