第34話 回廊
王城にシルヴィア達とリリアの乗る馬車が到着する。馬車停めで待っていたのは、数人の侍従とレイモンドから命じられたロザンナであった。
「ロザンナ様に出迎えして頂くなんて、申し訳ありません」
「シルヴィア様、頭をお上げください
立場的にも、私に頭を下げる必要等ありません
殿下は、所用がありお迎え出来ない事を残念がっておりました
殿下の執務室まで、シルヴィア様の護衛につくよう言われておりますので、宜しくお願い致します」
「とんでもないですわ
こちらこそ、宜しくお願い致します」
レイモンドの護衛でもある、ロザンナと話すシルヴィアを暫く隣で見詰めていたリリアは、姉の腕を引っ張る。
「お姉様、こちらの方は?」
リリアのその言葉にシルヴィアは、以前登城許可も無しにレイモンドへ会いに来た時に、ロザンナとは会っているはずなのに、覚えてもいない妹に情けない気持ちになった。
「ロザンナ様、妹が失礼な事を申しまして申し訳ありません
リリア、こちらの方はレイモンド殿下の護衛として仕えていらっしゃる、ロザンナ·ダーレン様よ
以前、貴女が殿下を訪ねて来た時に、一度お会いになっているわ
覚えていないの?」
シルヴィアの言葉に、少し膨れた表情をリリアは浮かべる。
「お付きの者まで、覚えてなんていられないわ
それよりお姉様、一人では心細いから、途中まで一緒に来てくれる?」
「一緒に……? それは……」
シルヴィアは、リリアの一緒に付いてきて欲しいという言葉を聞き、それはもしかしたらカルロスとも顔を合わせる事になってしまうかもしれない、と思った。そして同時に、ゾクリと背中に冷や汗が流れ落ちていく事がわかる。
あの時は、レイモンドのおかげで、恐怖を感じながらも、平常心に戻る事が出来た。
しかし、今カルロスと顔を合わせ、平常心でいられなかったらとしたら、どうしたら良いのだろうかと思う。
ここは、王城だ。こんな所での失態など、許されはしない。
だが、ここで不自然に断るのもリリアに不信感を抱かれないか?等と、様々な事が思い浮かぶ中、シルヴィアは小さく息を吐く。
「途中までよ?
わたくしも、殿下をお待たせする訳にはいかないの」
「よかった
ありがとう、お姉様」
そう言って、自分の腕に絡み付くリリアにため息を一つつくと、ロザンナに断りを入れて足を進めた。
途中までならば、カルロスと顔を合わせる事もない、そう強く願いながら……
リリアが招かれている応接室へ向かう途中、回廊に差し掛かる。
反対側の回廊を曲がれば、レイモンドの執務室がある。数ヶ月だが、通い慣れた道。この回廊も、もう足を踏み入れる事も無くなるのだろうと考えると、悲しさが沸き起こりそうになるのを、シルヴィアはグッと堪えた。
「リリア
ここから少し行くと、貴女の招待されている応接室に着くわ
わたくしは、あちらに向かわなければならないから、ここまでで大丈夫よね?」
「えぇ~……
応接室まで、付いてきてくださらないの?」
「殿下をお待たせする訳にはいかないのよ」
そうリリアへ告げながら、カルロスに会わなくて良かったと、シルヴィアが強張っていた身体の力を少し抜いた時であった。
リリアが、「あっ!」と、声を出した。そんな妹の視線の先を、シルヴィアは辿る。その瞬間、シルヴィアの身体は強く強張った。
回廊の向こうから歩いてくる存在の姿に、冷や汗が流れ落ち、身体が小刻みに震えていく。
シルヴィアが思った以上に、あの日の事は彼女にとって、大きな恐怖を感じていたのだ。
「カルロス様
それに、ローランド殿下も、私の事をわざわざ迎えに来てくださったのですか!?
嬉しいです!」
カルロスの元へ走り寄るリリアの後ろ姿になど、シルヴィアの視線はいかない。その先にいる元婚約者の姿に、再度大きな恐怖を抱いていたからだ。
(どうしよう……、平常心でいなければ……
王太子殿下もいらっしゃるのだから、失態など許されない……
平常心……、平常心って、どうしたら出来るのだった?
どうしたら……いいの……?
怖い……、あの日の事が……
カルロス様が……、怖い……)
あの日の、今まで見たこともないカルロスの暗い瞳。
大きな手で強く打たれた痛みと、口の中に感じた血の味。
何度、離して欲しいと願っても、強い力で押さえ付けられた恐怖。
そして、自分の身体に触れる指先の嫌悪感。
全て忘れる事など出来なかった。
シルヴィアは、今自分がどんな表情を浮かべているのかもわからない。
狼狽え、動揺し、酷い表情をしているかもしれない。
このまま、この場から走って逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、足が震えて動く事すらままならなかった。
その時、ふわりと香る、優しい香りに気が付く。
覚えのある大きな手が、そっと優しく自分の肩を抱いた。
そして、耳に届くその声に全身に緊張が走っていた、その身体の力が緩む。
「大丈夫……?」
「殿……下……」
新緑のような瞳が、自分を心配そうに見下ろしている。
その事全てが、シルヴィアを支配する恐怖を消し去ってくれるような気がした。
そんな状態にシルヴィアがいるなど、想像もしていていないリリアは、カルロスとローランドへ挨拶を終えると、シルヴィアの元へ走り寄ってくる。
「レイモンド殿下もお久しぶりです
先日のダンスを一緒に踊って頂いて、ありがとうございました
とても楽しかったです」
敬意等、欠片もないリリアのレイモンドへ対する挨拶に、いつものシルヴィアならば苦言を言ったのだろうが、そんな余裕など今のシルヴィアにはなかった。
だが、そんな姉の異変になど気にも止めずに、リリアはレイモンドへ話しかけ続ける。
「レイモンド殿下も、これからわたし達と一緒にお茶を囲みませんか?
ローランド殿下が、是非にって言ってくださってるのです
わたしも、レイモンド殿下ともっとお話したいと思っているんです」
「お茶……?それは───」
「少しの時間ぐらいいいだろう? レイ」
レイモンドが、リリアのその誘いに断ろうとした時、ローランドはレイモンドの言葉を遮った。
「ローランド、我々は別の話が───」
「急ぐ仕事でもあるまいし、少しのおしゃべりくらい問題ないだろう?
それとも、他に何か別の理由でも?」
ローランドの言葉に、レイモンドは本当の訳を言うわけにもいかない事に、苛立ちが沸き起こる。
しかし、ここでシルヴィアをカルロスの側に居させたくない訳を言うわけにもいかない。
だが、レイモンドは、絶対にカルロスの側にシルヴィアを近付けたくもなかった。
その一番の原因であるカルロスは、先日の件に対して反省の色等全く無く、レイモンドを不敬にも睨み付けている事に、さらにレイモンドの苛立ちが募っていった。
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