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第33話 馬車での時間

 早朝のラウシュ邸。

 庭園の端にある薔薇園に響くのは、パチンという薔薇の茎を鋏で切る音。その音のもとには、今切り取った一輪の薔薇へ、顔を寄せてその薫りに瞳を閉じるシルヴィアの姿があった。

 シルヴィアに、先日申請していた登城許可がおりた為、今日王城へ向かう予定である。

 登城許可を申請した理由は、カルロスとの一件があった後、父親のルーカスに思うところがあり、レイモンドと距離を取るべきだとレイモンドにも伝えたと言われた。その事について、レイモンドからは何も言われてはいなかったが、けじめとしてシルヴィア自ら私的の訪問とし、敢えて登城許可を申請したのだった。

 以前までの手伝いの為に登城する際は、レイモンドが話を通していた事もあり、登城許可を取る事は省略されていたのだ。


 父に距離を取りなさいと言われただけから、そういう行動にシルヴィアが出た訳ではない。シルヴィア自身、自分の感情を抑える事が難しいと感じ、レイモンドから拒否される前に、自分から身を引こうと思ったのだ。


 シルヴィア自らが朝摘みした薔薇を、侯爵家の使用人が綺麗に包み、身支度を終えたシルヴィアへ確認の為見せる。


「手間を取らせてしまって、ごめんなさいね

 綺麗に包んでくれて、ありがとう」


 この薔薇が咲く庭園は、元々はシルヴィアの実母が管理していた庭であった。実母亡き後暫くは侯爵家の庭師が管理していたが、現在は成長したシルヴィアが管理していた。

 レイモンドへ先日の一件と、今までの感謝の気持ちも伝えたいと思ったが、何か贈り物といっても王族へ渡すものには制限がかかってしまう。それに、彼から離れようとしている自分から何か貰っても、困らせるだけだとも思った。

 シルヴィアは、贈り物仕様で包まれている薔薇へ視線を落とす。

 男性へ薔薇の花を贈る事もどうかと思ったが、以前レイモンドからこの庭園に咲く珍しい薔薇の品種について聞かれた事があった。レイモンドが、この庭園の事を知っていた事にも驚いたし、薔薇に興味を持っている事も意外であった。

 感謝の気持ちとして、レイモンドが興味を持っていた薔薇を贈る事にしようかと決めたのだった。

 この薔薇の品種は、王国内ではあまり手に入らないものでもあるので、もしレイモンドが取り扱いに迷ったとしたならば、王城のどこか端にでも飾ってもらえれば、それで十分だとも思う。

 登城許可申請をした時に、レイモンドへ侯爵邸で摘んだ薔薇を持参する事を記し、献上許可も取ったのだった。


 シルヴィアが、馬車に乗り込もうとした時であった。


「お姉様~、待って!」


 自分を呼ぶリリアの声に振り向く。


「リリア……?」


「お姉様も、お城へ向かわれるのよね?

 私も一緒に行ってもいいでしょう?」


「え……、一緒に行くって……?」


 リリアの言葉にシルヴィアの表情が揺れると、すかさずリリアは理由を伝えた。


「今回は、ちゃんと登城許可も頂いているから、お小言は無しよ?

 カルロス様が、許可を取ってくださったの

 ローランド殿下が、私にお会いしたいんですって」


 リリアの言葉の中に、カルロスの名前が出てきただけで、先日の一件が頭を過り、シルヴィアの身体には緊張が走る。

 すぐ、レイモンドが助けに入ってくれたとはいえ、暴力をふるわれただけでなく、カルロスのシルヴィアへ向ける歪んだ想いをぶつけられたのだ。

 シルヴィアが、カルロスに対しそのような反応を示す事に不思議はない。

 しかし、何も知らないリリアに、カルロスの歪んだ想いを悟られてはいけないと思い、平静を装った。


 リリアに押しきられるような形で、一緒に王城へ向かう事となった。

 レイモンドとこのように会う事、そして話す事も、もしかしたら今日が最後になるかもしれない。そんな複雑な心境のまま、シルヴィアはこの数ヶ月幾度となく通った王城へ向かう道の風景を、ぼんやりと眺める。

 そんなシルヴィアへ、リリアは嬉しそうに話しかけた。


「ねぇ、お姉様

 最近、登城されていないようだったけれど、それはどうして?」


「どうしてって……

 そんな、いつも簡単にお会い出来る方ではないわ

 それだけよ?」


「ふ~ん……

 殿下にお会い出来ない日があって、淋しくはなかったの?

 私なら、お会い出来ないのは淋しいわ」


 リリアの言葉に、妹は本当にカルロスの事を慕っているのだと、シルヴィアは感じる。

 今となっては、婚約者を取られたという憎しみも、怒りも、悲しみもわかなかった。

 反対に、そのように素直に感情を表現できるリリアが羨ましくも思うのだった。その素直な性格も、そしてその素直さを表現出来る環境にいる事も。

 だからこそ、カルロスのあの一時の迷いのような、今でも信じがたい隠れた感情を、リリアには知られてはいけないと思う。

 今まで、迷惑をかけられてきた妹ではあるが、本人に悪気があるわけでもなく、今幸せと感じているそんな妹が、その心を傷付けるような事など知る必要もないと思った。

 そこには、色々な事はあったが、それでもリリアの事を可愛い妹だと思う姉の心情が、シルヴィアにもあったからだ。


「リリアは、本当にカルロス様の事を慕っていらっしゃるのね」


「ええ

 優しくしてくださるし、私が願う事は色々と叶えてくださるもの

 今日だって、ローランド殿下ともっとお話がしたいって言った事を覚えていらっしゃったから、ローランド殿下が誘ってくださったのだと思うのよ?

 そうだわ、今度はレイモンド殿下ともお話をしたいって、お願いしようかしら

 先日の夜会での殿下とのダンスは、とても素敵だったの

 とってもお上手で、お姫様になったような気持ちだったのよ」


 リリアのカルロスを好んでいる理由に、何とも言えないような気持ちになりつつも、本人が幸せならとシルヴィアは思う。

 しかし、最後の願いはレイモンドとカルロスの関係上、難しいであろうとも感じた。

 そうしてしまったのは、自分が原因かもしれない。将来的に公爵となるカルロスと、王弟のレイモンドは政治的にも関わりは多くあり大丈夫だろうか?と、自分の不甲斐なさのせいでと、責任を感じる。


 そんな事を考えているうちに、シルヴィア達を乗せた馬車は王城へ到着した。




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