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第30話 溢れる感情

 ルーベンス公爵邸の応接室に、突然入ってきたレイモンドは、カルロスへ怒りの表情を向けると真っ直ぐシルヴィアの元へ足を進めた。

 彼女に馬乗りになり、押さえ付けていたカルロスの腕を掴むと、床へ突き飛ばす。

 震えているシルヴィアへ自分の上衣を掛ける為に、彼女を抱き起こそうとした時、彼女の赤く腫れた頬や、口の横に血の流れた跡のある様子が目に入ると、表情を歪めた。


「──のか?」


「は……?」


「彼女に手をあげたのか?と、聞いている!!」


 ポツリと呟いたレイモンドの言葉は、レイモンドがこの場に現れた事へ動揺しているのか、カルロスの耳には殆ど入らずカルロスが聞き返した事に、レイモンドは声を荒げる。

 しかし、そんなレイモンドの様子に、我に返ったカルロスは嘲笑を浮かべた。

 今までレイモンドに対して、表面上は王族へ向ける振る舞いを取り繕っていたカルロスであったが、レイモンドを見下すような眼差しを向けたのだ。


「妾腹が偉そうに……」


 だが、その言葉にレイモンドが動揺する事も、憤慨する事もない。鋭い視線を向けたまま、カルロスを見据えていた。


「だから、どうした?」


「………っ! 王弟だからと、権力を振りかざしているが、所詮母親は伯爵出程度の妾腹だろう!?

 それも、伯爵位の中でも権力など殆どない末席だ

 先王の、気まぐれの遊興で生まれただけであるのに、いつもいつも、大きな顔をして上から命令されるのは、気に食わないんだよ!!」


 これだけの不敬にあたる侮辱の言葉を向けられても、その事ではレイモンドは感情的にはならなかった。

 そんな事などどうでも良いかの表情でしかない。


「そのように、国内で私の事を見ている者が多くいる事は、言われなくともわかっている

 特に、その事にどうこう言うつもりもないし、私の事は今はどうでもいい

 だが──」


 レイモンドの返す言葉が、淡々としていた口調から一転、低く冷たい声に変わる。

 ビリッとした空気が室内へ流れた事に、カルロスは動揺を隠すかのようにレイモンドを睨み返した。


「………っ!!」


「彼女に対しての、お前のこの振る舞いは許しはしない

 彼女は、もうお前とは無関係のはずだ

 お前自身で、彼女との結び付きであった婚約を破棄したんだからな

 そんなお前が、彼女とこうして二人きりで会う事はあってはならないし、況してや暴力を震い辱しめる事など論外だ!!」


「何が許しはしないだ……

 俺はルーベンス公爵家の嫡男で、時期公爵になる人間だ

 俺を愚弄したこの女をどうしようと、この女と何も契約を結んでないあんたに、文句を言われる筋合いはないっ!」


 カルロスの言葉に、「くくくっ」と、レイモンドは嘲笑を向ける。

 そんなレイモンドの態度に、カルロスは憤慨した。


「何が可笑しい!?」


「確かに、君は公爵家の嫡男だ

 順位はどうあれ、王位継承権も形ばかりだが、持っている

 だがな、私が妾腹であろうが、私の母親が伯爵位の中で末席になるような家出身であろうが、公に認められた王太子に次ぐ継承順位を持っている、歴とした王族なんだよ

 貴様の態度に対し、不敬罪を突き付ける事が出来る身分であるんだ!」


「………っ!」


 普段は、権力を振りかざす事などあまりないレイモンドの言葉に、プライドの高いカルロスの表情は屈辱で歪む。

 レイモンドは、そんなカルロスへ普段ならば見せないような形相を向け言葉を続けた。


「貴様のねじ曲がった私欲の為に、彼女がこのように傷付けられる事はあってはならない

 彼女には止められていたが、正式に貴様の父親である公爵へ抗議する

 大人しく、彼女の妹を婚約者にした事で、満足していたらいいものを……

 だが……、多少は感謝を言うべきかな?」


「感謝だと……?」


「己の手で、愚かで稚拙な策を考え、執着する程の大事な存在を、手放したのだからな

 彼女が、貴様の婚約者のままであったならばと考えたらゾッとする

 貴様には、あのお花畑のような短絡的思考な彼女の妹がお似合いだ」


 レイモンドはそう言葉にすると、シルヴィアの膝裏と背に手を添え、彼女を抱き上げる。

 歪む表情を震わせているカルロスをそのままに、その場を後にした。



 抱き上げたシルヴィアの身体は、カタカタと震え、レイモンドに抱き上げられた事にすら反応を示さない。

 普段の冷静な時の彼女であれば、レイモンドがこのように抱き上げれば、動揺したり断ろうとするだろうが、今の彼女はただ身体を震わせ怯える小さな存在のようであった。

 そんなシルヴィアを抱き上げるレイモンドの手には、力が入る。

 彼女を抱き上げたまま、レイモンドは乗ってきた馬車へ乗り込み、自分の膝に彼女を乗せ席へと座った。共として着いてきたロータスは、気を利かせ御者席へ座る。



 優しく頭を撫でられる感覚。そして、ふわりと抱き締められる温もりに少しずつ落ち着いてきたシルヴィアは、初め自分の今の状況がよくわからない。だが、はっきりと状況を認識すると、戸惑い、狼狽えた。


「で、殿下っ……

 申し訳ございませんっ、わ、わたくしっ……」


 レイモンドは、膝の上でもぞもぞと身動ぐシルヴィアに気が付くと、頭をもう一度優しく撫でる。


「大丈夫?」


「あ、あのっ、大丈夫です

 ですから、そのっ……、殿下の、ひ、膝の上に乗る等っ……、わたくし……」


 狼狽え、慌てるシルヴィアの姿をレイモンドは、優しい眼差しで見詰めると、再度彼女を抱き締めた。


「君をこんな風に傷付けて、ごめんね……」


「え……?

 殿下は何も……」


 突然、抱き締められたかと思ったら、謝罪の言葉を口にしたレイモンドに、シルヴィアは戸惑う。シルヴィアを打ち、押さえ付け、恐怖を与えたのはカルロスであってレイモンドではない。


「彼を煽って、暴走させたのは、私の責任だ

 彼が、君へ捻れた執着心を持っている事は、初めから気付いていた

 だからこそ、もっと慎重に、君との距離を適切に取らなくてはいけなかったのに、そんな簡単な事も失念するぐらい、君との時間は──」


 レイモンドの言葉に、シルヴィアの動揺も戸惑いも打ち消され、ドクドクと心臓が音をたてた。

 レイモンドは、次の言葉を口にしようとした事にハッとすると、表情を歪める。

 しかし、そんな表情とは真逆のように、シルヴィアを抱き締めている腕に力を入れた。

 そんな、レイモンドの態度にシルヴィアは、ギュッと胸が苦しくなっていく。


 シルヴィア自身、レイモンドの温かな優しさに、何度も自分の自惚れだと思っていた。だが、それでもレイモンドのシルヴィア(自分)への態度は、厚意や不遇な境遇へ対しての憐れみ、そして彼の優しさという性分の度を超えて接してくれているように思えた。

 分不相応であるとは理解している。

 報われない想いである事も理解している。

 しかし、僅かにでもレイモンドが自分の事を好ましいと感じてくれていたならば、それだけで十分だと思った。

 だから───



(もう……、これ以上優しくしないでください……

 想いが溢れだしてしまうから……)


 レイモンドに抱き締められ、置場所に迷っていた彼女の手が、彼のシャツに触れると思わず握りしめてしまう。


(あんなに怖かったのに……

 このあたたかな温もりを感じて、安心している自分がいる……


 この感情を、認める事が駄目な事はわかっています……

 だけど……、今だけはこの温もりに身を任せてもいいですか……?)



 ───好きになってしまって……ごめんなさい……







ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークもありがとうございます!

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