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第3話 婿養子

 継母のスザンナとリリアが去っていく様子を、ぼんやりと眺めていたシルヴィアへ、彼女の専属侍女であるサラが声を掛ける。


「シルヴィア様

 旦那様が出仕前に、シルヴィア様とお話なさりたいとの事ですが……」


 昔からシルヴィア付きのサラは、昨夜の夜会での一件をシルヴィアから聞いて知っていた。

 シルヴィアへ酷い仕打ちをするスザンナを、サラは何度も止めようとした事があったが、ある理由からスザンナへ楯突く事を留まる。その為か、スザンナから解雇を言い渡されなかった、シルヴィアの味方となる数少ない使用人の一人であった。

 シルヴィアの心境を察し、心配気な表情を向けるサラへ、シルヴィアは笑みを向ける。


「サラ、わたくしは大丈夫よ

 お父様も、恐らく昨夜の事をお知りになられていたのね

 お父様から、わたくしにお話があると呼ばれるなんて珍しいもの……

 お父様は、執務室にいらっしゃるのかしら?」


「はい

 お嬢様が大丈夫であったら、執務室へ来て欲しいとの事です

 お嬢様……大丈夫でございますか?」


 サラの気遣いに、シルヴィアはありがたく思う。


「サラ、ありがとう」


「え……?」


「サラは、わたくしの数少ない心を許せる者だから……」


「お嬢様……」




 シルヴィアの父親であるラウシュ侯爵の執務室へシルヴィアが入ると、久しぶりに父親と顔を合わせる。

 シルヴィアと同じ髪色で、彼女の容貌は父親譲りであるとわかるような、歳を重ねても目を惹く美丈夫であった。

 そんな父親のルーカスが、先に口を開く。


「昨夜の一件は聞いた……

 お前はどうしたい?」


 久しぶりの親子の会話が、自分の婚約破棄についてなんて、と、複雑な思いを感じながらシルヴィアは父親の問いに答えた。


「わたくしの意見はどうであれ、公爵家嫡男であるカルロス様のご意向に背くような事は、通らないと思います

 受け入れるしか道はない……、ですよね?

 それでも、カルロス様がリリアと婚約を結ぶのなら、両家の結び付きには何の支障もないのですから……

 わたくしが言う事など──」


「お前はそれでいいのか?」


「いいもなにも……」


 眉間に皺を寄せた父親の表情に、自分の不甲斐なさで、醜聞になったのだと思われているのだろうと、シルヴィアが感じた。だが、父親の口からその真逆の言葉が出てきた事に、彼女は驚く。


「このような結果になって、すまなかった……」


「え……?

 お父……様?」


「彼は、私の見込み違いであった

 ルーベンス公爵家嫡男という彼ならば、お前の事を任せられると、婚約を決めた時に思ったのだがな

 手続きが終わったら……

 本来ならば、リリアの相手として婿入りする予定の、従弟のケヴィンとお前が、婚姻する流れになると思うが……」


「それは、無理ではないですか?」


 シルヴィアの返しに、父親のルーカスの眉間にはより深く皺が刻まれた。


 ラウシュ侯爵家には、シルヴィアとリリアの娘が二人しかいない。

 跡取りとなる息子がいない事で、本来ならばシルヴィアがルーベンス公爵家へ嫁いだ後、姉妹(二人)の従弟であるマーブル侯爵家三男のケヴィンが婿入りし、リリアと一緒にラウシュ侯爵家を継ぐ予定であった。

 しかし、今回シルヴィアとカルロスの婚約が破棄となり、リリアとカルロスが新たに婚約を結ぶ流れになった。その事から、従弟のケヴィンの相手をシルヴィアにと、父親のルーカスは考えたが、その考えにシルヴィアが異を唱えたのだ。

 その理由は───


 シルヴィアは淡々と言葉を口にする。


「お父様のお姉様である、アデライン伯母様は……

 ケヴィン……、自分の息子の相手が、わたくしになる事は許さないと思います

 婚約破棄されてケチがついただけでも、反対する大きな理由になりますが……

 伯母様は、()()()の娘であるわたくしの事は、どうしても好きになれないと思うから……

 その事でいざこざがあるのなら、わたくしが意見を言う立場ではありませんが、ケヴィンを嫡男として養子に迎える事が、一番穏便にすむのではと思うのです

 お父様や伯母様……、そしてお継母様にとっても……

 わたくしの身の振り方は、お父様にお任せいたしますが……」


「……………

 その件については、今一度検討する

 取り敢えず、お前はあまり気にしなくともいい」


 ルーカスは、一つ大きなため息を吐くとそんな言葉を残して、出仕するために屋敷を後にした。

 エントランスで、父親を見送ったシルヴィアが屋敷へ入ろうとすると、一台の馬車が邸内へ入ってくる。

 馬車が止まり、降りてきたのは茶色の髪色と瞳を持つ青年であった。


「シルヴィ、叔父上は?」


「ケヴィン……

 お父様なら、今王城へ出仕されたけど……」


 馬車から降りてきたのは、先程、話に出てきていたシルヴィアより二つ年下の従弟のケヴィンだ。

 ケヴィンは、大股でシルヴィアに近付くと彼女の頬をそっと撫でた。

 その事に、シルヴィアの肩がピクリと僅かに揺れる。


「シルヴィ、大丈夫か?」


「え……?」


「昨夜の一件の話は聞いた

 だから……、あんな男との婚約は、俺はずっと納得いかなかったし、心配であったんだ」


「ケヴィン……、エントランス(ここ)で話す事ではないから、中に一度入りましょう?」


 シルヴィアはそう言うと、ケヴィンを応接室へ促す。

 応接室へ入るなり、ケヴィンは口調を荒げた。


「夜会の招待客の前で、婚約破棄を言い渡すなんて、紳士の振る舞いじゃないっ!

 ましてや、婚約者の妹と婚約し直すなんて話、正気じゃない!!」


 そんなケヴィンの言葉に、困ったような表情を浮かべたシルヴィアは、言葉を返す。


「でも、そんな話は本当の事なのよ

 数日後には、カルロス様とわたくしの婚約はなかった事になって、カルロス様の新たな婚約者には、リリアの名前が記されるわ

 だからケヴィン、貴方とリリアの婚約も見直される事になると思う

 恐らく、婿養子ではなくて、ラウシュ侯爵家嫡男として、養子縁組する事になると思うわ

 貴方をわたくしの一件に巻き込んで、迷惑をかけてしまうけれど───」


「それは、絶対受け入れない」


「え……」


 ケヴィンは、シルヴィアのその言葉をすぐ否定した。


「リリアとの婚約が白紙に戻される事は、願ってもない事だけど、嫡男としての養子縁組はしない

 こんなチャンス、もう絶対にないと諦めていたのに、それが手に入ったんだ

 俺はシルヴィの婿養子として、ラウシュ家へ入る」


「それは、無理よ……」


「シルヴィッ!」


「だって……

 伯母様……、貴方のお母様が、それは許さないわ

 伯母様は、貴方の相手がリリアだったから、婿養子の件を受け入れたのよ?

 その相手がわたくしであったら、絶対に伯母様は認めない……」


「母上の事なんて、関係ない!

 母上は、ラウシュ家からマーブル家に嫁いだ人間で、発言権なんて無いに等しい!」


「ケヴィン……

 貴方だって、知らない訳じゃないでしょう?

 伯母様が、わたくしのお父様とお母様の婚姻を、最後まで反対されていた事を……」


「それと、俺の婿養子の件は、話が別だろう!?」


 そんなケヴィンの言葉に、シルヴィアは首を横に振る。


「別の話なんかじゃない

 貴方の相手がわたくしなら、伯母様は絶対に許しはしないわ

 二つ返事で喜んで受け入れたのは、相手が伯母様のお気に入りである、リリアだったからよ?」


「俺はっ!

 リリアじゃなく、シルヴィの事を──」


 ───コンコン


 ケヴィンの言葉を遮ったのは、応接室をノックする音だった。


「お嬢様、お話し中申し訳ありませんが、王城から書状がきております」


「書状……?」


 執事が手にしていた書状には、シルヴィアへ至急登城するようにと記されていた。

 その書状の内容に、ケヴィンは訝しげな表情を浮かべ、シルヴィアへ問う。


「どうして、王城からシルヴィへ呼び出しの命令が下されるんだ?」


「昨夜、王弟であるレイモンド殿下も、夜会へ出席されていたの

 まだ夜会が始まってすぐだというに、あの一件があった後、すぐ帰られたから、きっとご不興を買われてしまったのかもしれないわ

 差出人も、レイモンド殿下の御名であるし」


「そんなの、シルヴィの責任じゃないだろう!!

 その責任を負わなければいけないのは、夜会っていう、あんなの衆人環視の中で、婚約破棄を突きつけたあの男だろう!?」


 シルヴィアは、レイモンドの言葉に困ったような表情を浮かべた。


「ケヴィン

 カルロス様の事を、そのように言った事があちらへ知られたら、大変な事になるわ

 カルロス様は、公爵家の人間なのよ

 わたくしは大丈夫だから、心配してくれてありがとう

 急いで登城の準備をしなくてはならないから、今日はせっかく来てくれたのに、ごめんなさいね

 わたくしはこれで席を外すけれど、ゆっくりしていって」


 シルヴィアはそう言うと、応接室を後にする。

 残されたケヴィンの怒りは、なかなかおさまる事がなかった。



ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークもありがとうございます!




◇作者の覚書◇


ケヴィン・マーブル

マーブル侯爵家三男。

シルヴィアと従弟で、二つ年下。

茶色の髪色と瞳。

当初、リリアと婚姻しラウシュ家へ婿入りする予定であった。



ルーカス・ラウシュ

シルヴィアの父親。

シルヴィアと同じ銀髪、瞳は空色。

シルヴィアは、父親譲りの風貌をしている。

再婚後、屋敷にいる時間が短くなった。


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