第27話 真実は何か
夜会の次の日。
レイモンドは、執務室で机の上に置かれた書類を険しい表情で見ていた。
シルヴィアは、まだ登城してはいない。
手にしていた書類を、バサリと机へ放ると、そのまま背を椅子に預けた。
レイモンドが見ていたのは、シルヴィアの相手を選ぶ為に取り寄せていた数人の釣書である。
「お気に召さないものしか、ありませんでしたか?」
ロータスの言葉に、レイモンドは小さなため息をいた。
「どうしても、粗ばかり目についてね」
そう呟いたレイモンドの様子を、ロータスは見詰めた後、口を開く。
「殿下、不敬を承知で言わせて頂いて宜しいですか?」
「何だ?徐に」
「シルヴィア嬢とご一緒の時の、ご自分のお表情に、ご自覚はおありですか?」
「…………」
ロータスのその言葉に、レイモンドはしばらくじっと彼を見詰めると、視線をそらした。
「ご自覚されておられたのですね
シルヴィア嬢のお相手を探す為に、幾つもの釣書を取り寄せたとしても、これからも殿下のご納得される人物が見付かる事はないと、僕は思います
ご自分のお気持ちを、ご自覚されていたのならば、その理由はおわかりになるでしょう?」
レイモンドは、一つ息を吐くと、机の上に置いていた手を握りしめる。
「装っていたつもりではあったが……
つもりでしかなかったという訳か」
「僕は、殿下とのお付き合いは長いですからね
他のご令嬢に対しての、今までの振る舞い方とは全く違い、シルヴィア嬢には表面的な関わり方をなさっておられない所を見て、もしやと思ったのです」
「そうか……
お前に、そう言葉にされると認めざるを得ないのだろうが……」
レイモンドの浮かべる複雑な表情に、ロータスは何故そんなにその感情を拒むのだろうかと感じた。
「貴族達のくだらない噂を黙らせるのには、かえって良かったのではないですか?
ですが、恐らくシルヴィア嬢は、殿下のその振る舞いを、演技であると信じておられると思います
このままシルヴィア嬢を、本物のパートナーにされれば、何も問題等おこらないのではないですか?
何故、そんなにも頑なに独り身でおられる事を望まれるのですか?」
「私が、人を愛し伴侶を持つ事はしてはならないからだよ
それが、彼女なら尚更だ」
「どうして、そんな事を!?
もう、既に殿下は王位継承権を放棄しているではないですか
貴方様が、謀反を起こそうという気がない事も、意思を示しております
それに、愚かな者の策略に嵌まるような性質でもないでしょう?
ご自分の幸せを捨ててまで、生涯伴侶を持たない事を固持する事など、しなくても良いのではないですか!?」
ロータスの言葉に、何も言葉を返そうとしないレイモンドを、もどかしい気持ちになりながらロータスは見詰める。
その時、レイモンドに面会の者が訪れたと声が掛かった。
レイモンドの執務室は人払いされ、レイモンドともう一人が向き合いながら座る。
先に口を開いたのはレイモンドであった。
「ラウシュ侯爵、忙しい所呼び出して悪かったね」
「いえ……
こちらこそ、昨日は我が屋敷で殿下をご不快にさせてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げた、シルヴィアの父親のラウシュ侯爵を見詰めながら、レイモンドは、静かな声で言葉を掛ける。
「侯爵は、夫人のシルヴィア嬢への仕打ちを知っていて、ずっと黙っていたのか?」
「………言い訳になるかもしれませんが、何度も問い詰めた事はあります
ですが、その度に私自身の目で見ていないという事を出され、有耶無耶になっておりました」
「何故、主である貴方が強く出られないのだ?
何か弱味でも握られているのか!?」
「………………」
その問いに、侯爵のルーカスは黙る。そんな様子にレイモンドは、大きなため息をついた。
「……まあ……今日は、その事を問い詰めない
時間もないし、本来の話に戻す
今日、侯爵を呼んだのは、時間を少し作ってもらいたいと思って、呼んだんだ」
「時間、ですか?」
「ああ
私が、どこまで立ち入っていい話かはわからないが、シルヴィア嬢が、父である侯爵と向き合いたいと話していた
彼女は、自身を変える為、前を向く為に、侯爵と実母である前侯爵夫人に何があったのか真相を知りたいと、話してくれた
だから、彼女に何故婚約破棄までして前侯爵夫人と婚姻を結んだのか、話せる範囲でいいから伝えてあげてくれないか?」
「教える気はありません」
ルーカスは、レイモンドの言葉を短い言葉で否と言った。
「何故?
彼女の母親の事であるんだ
別に全てを話さなくとも、何処で出会って、どう見初めたから娶ったというだけでもいいんだ
今の彼女ならば、それだけでも前向きになれる
このまま、継母に虐げられるのを、自分が全て受け止めるべきだと思わせてはならないだろう!?
何故、親の事情に、子である彼女が被害を被らなければならない?」
「その通りです
シルヴィアを傷つけているのは、元はといえば私が要因であります
ですが、娘であろうとも話す事は出来ないのです」
真っ直ぐ見据えてくるルーカスの瞳をレイモンドはじっと見詰めた後、ポツリと言葉を発する。
「……話せない訳は、この国が揺らぎかねないからか?」
ルーカスの表情が、僅かに揺れた事をレイモンドは見逃さなかった。
レイモンドの鋭い視線に、ルーカスは思わず言葉を溢す。
「殿下は……、どこまでご存知なのですか……?」
「侯爵の想像に任せるよ」
その言葉を残し、レイモンドは気分を変えたいと言葉を残し、執務室を後にした。
回廊を歩くレイモンドに、今の心境とは真逆の暖かい爽やかな風が撫でていく。
様々な感情が、レイモンドの心の中を渦巻いていた。
庭園から、その宮の屋根が僅かに見える。その場所で何があったのか、彼が一番真実を知りたかった。
────今でもあの光景が鮮明に思い出される……
(殆ど足を踏み入れた事がないであろう離宮で、あの日、静かに涙を溢していた存在……
その存在の涙を見たのは、あの日が最初で最後であったかもしれない……)
レイモンドは、自分に近付く存在に気が付き、振り向く。
ちょうど、回廊に通り掛かったのであろう、護衛を伴うその姿に、今思い出していた情景が重なる。
「こんな所でどうしたんだい?」
賢王と呼ばれ、国民から慕われる存在。
髪色は違えども、とても似ている風貌だと、幼いころからよく言われてきた。
厳しく、しかし優しくもあるその存在は、全てにおいて秀でており、レイモンドはずっと尊敬していた。
風貌が似ているのは当たり前だと思い、その事も誇りであった。
「珍しいですね、ここでお会いするなんて」
「ああ、御前会議が始まる前にルーカスと話したい事があってね
レイの執務室にいると聞いたから、会議へ向かう前に寄ろうと思ったのだよ」
この存在から、自分の事をレイと愛称で呼ばれる事が、とても身近に彼を感じ嬉しかった。
「そうでしたか、侯爵を呼び出してしまい申し訳ありませんでした、兄上」
同じ翠眼を持つ兄と、兄弟である事がレイモンドにとっての誇りと感じていたからこそ、何も疑問を持たずにある日まで過ごしてきたのだ。
しかし、今は沢山の疑問ばかりであった。
何故、あの日、父親の愛妾である私の母のいる離宮で、兄は涙を溢していたのだろうかと──
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