第23話 父の気遣い
煌びやかなホール。色とりどりのドレス。思い思いに夜会を楽しんでいる人々。そんな様子をシルヴィアは、壁際でぼんやりと眺めていた。
レイモンドは、飲み物を取りに向かう時に多くの貴族達から話しかけられ、なかなかその場から動けないようだ。
「お姉様!」
「リリア……」
そんなシルヴィアへ、可愛らしく声を掛けたのはリリアであった。
リリアは、キョロキョロと周りを見渡す。
「あら? お姉様お一人なの?
殿下はどちらへ?」
「殿下なら、皆様のお話を伺っているわ
リリアこそ、一人でいるなんて珍しいわね?」
「カルロス様は、何かご用があるらしくて、夜会へ遅れていらっしゃるみたいなの
お母様は、ご気分がすぐれないから来なかったわ
朝は、夜会の準備をなさっていたのに、お母様ったら急にどうしたのかしらね?」
スザンナが夜会を欠席した理由は、シルヴィアとの一件で怒りがおさまらないからなのだろう。
シルヴィアは、夜会の準備をしていたとはいえ同じ屋敷内で、あのようにスザンナが大声を出していた事に、リリアは気がつかなかったのだろうかと思うが、今までもそのような事か多々あり、深くは考えなかった。
そんな事をぼんやりとシルヴィアが考えているとき、リリアの呟いた言葉に妹へ意識を向ける。
「素敵ね」
「え?」
「お姉様のそのドレス、殿下が贈ってくださったのでしょう?
派手な装飾はないけれど、繊細なデザインがとても素敵だわ
出席者の方達が、毎回お姉様のドレスを噂なさってるの
素敵で羨ましいって」
「あ、これは……」
夜会の度にシルヴィアへ贈られるドレス。初めシルヴィアは、レイモンドからのドレスや装飾品の贈り物へ、丁重に断りを入れた。
パートナーを引き受けたとはいえ、偽りの関係であるのにも関わらず、国庫から出費させる訳にはいかないと強く思ったからだ。
しかし、レイモンドは国庫を使っての贈り物ではないと言った。
レイモンドは王族であるのに、個人資産でもあるのだろうかと考えたが、個人資産だとしても、やはり受け取る訳にはいかないと伝える。
『殿下、偽りの関係であるわたくしに、そんなお気遣いは無用ですわ
ですから、不敬は承知でお断りさせて頂きます』
『私が選び、私の名前で贈るドレスだが、その本当の贈り主は、受け取る事を君が遠慮等する必要のない相手であるのだよ』
『どういう事ですか?』
『君の父親である侯爵の提案なんだ
君へ、夜会用のドレスを贈って欲しいというね
君を、あんな環境に置いた罪滅ぼしなのか、それとも先日の婚約解消を気にしてなのかはわからないが、それでも父親として思うところがあったのではないだろうか?』
『………』
『侯爵からは、君へ私がドレスを贈る事に、自分が関わっている事を伝えないで欲しいとはいわれたが、どうしようか悩んでいたのだよ
だが、そこを明確にしないと、君はドレスを受け取る事を了承してくれないと思ったから、伝えさせてもらった
こんな回りくどい事をしないで、家で堂々と自分から渡せばいいものの、まぁ侯爵が板挟みである事は理解はしようかと思って、その案に乗ることにしたんだ
だから、気にせずに受け取って欲しい』────……
レイモンドとのやり取りをシルヴィアは思い出す。
今までドレス一つ作るのも、継母の機嫌を損ねないように、目立たない地味なドレスばかりを選んだ。
元々華美にしたいと思う質ではなかったが、幼い頃はそれなりに憧れるデザインもあった。だが、少しでもリリアよりも目立つようなドレスを選べば、スザンナの機嫌が悪くなる。
しかし、いくらスザンナがシルヴィアの事を目の敵にしているとはいえ、シルヴィアの事を使用人のように扱ったり、あからさまに古い衣服を着せる、食事を与えない、教育を受けさせないという事もなかった。
それは、父の目は勿論、外の目を気にしたのだ。貴族の間では、慈愛に充ちた淑女で通っていたスザンナ。外では、優しい母親でいた彼女が、万が一にでもそのような状態のシルヴィアの姿が周囲へ漏れた事を考え、粗末に扱う事をするわけがなかった。
だがその事と、リリアよりシルヴィアが目立つ事は別であったのだ。
シルヴィア自身も、殆ど家に帰ってこない父親にドレスをねだるなんて気にもならずに、今に至る。
レイモンドが贈ってくれるドレスは、どのドレスもシルヴィアの雰囲気を考えながら、その魅力を最大限に引き立たせるデザインや色合いであった。
そんなドレスを纏う度に、父は何故今になって、散々放っておいた娘を、気に掛けるような事をするのだろうか?と、シルヴィアは思う。
「シルヴィア嬢、待たせてしまったね」
シルヴィアとリリアが話す場へ、戻ってきたレイモンドの声が聞こえると、リリアはクルリと彼へ顔を向け、満面の笑みで淑女の礼をとる。
「レイモンド殿下、お久しぶりです」
「これは、ラウシュ嬢
君も出席していたのだね」
レイモンドは、グラスをシルヴィアへ渡しながら、リリアへ顔を向けた。
「殿下、リリアと名前で呼んでください
姉がいつもお世話になっているのですから、わたしにも余所余所しくしないで欲しいです」
リリアの言葉に、レイモンドは理解に苦しむ。だが、そんな不快感をレイモンドは顔に出す事はしなかった。当たり障りなく、笑みを向けるにとどめる。
そのレイモンドの笑みを、リリアがどう受け止めたのかわからないが、彼女は笑みを深めると上目遣いでレイモンドを見詰めた。
「殿下にお願いがあるのです」
「………何だろうか?」
「今日は、夜会にわたし一人で来たのです
カルロス様もまた到着されていないから、ダンスを踊っていません
いつも、殿下とお姉様の踊るダンスが素敵で、憧れていたんです
お姉様とは、もう踊られたから次のダンスを一曲、わたしと一緒に踊って頂けませんか?」
シルヴィアは、リリアのこの誘いになんて怖いもの知らずなのだろうかと思う。
だが、女性からの誘いを無下に断る事は、紳士道として好ましくはない。何か断る特別な理由がなければ、女性からの誘いを男性が断る事は難しかった。
それでも、周囲の者達は王族のレイモンドへ、自分から声を掛ける事を躊躇する者が今まで多かったのだ。それは、レイモンドの親しみやすい雰囲気とは真逆の、ある一定の距離から近寄ってはいけないと思わずにはいられない、女性をそれ以上近寄らせないような独特の存在感がレイモンドにはあった。そして、誘われそうになる事を察すると、上手くかわしていた事も一つの要因でもある。
リリアの誘いに、断る理由もなく仕方なしにレイモンドは小さく息をもらした。
「ラウシュ嬢を誘いたいという者は、多々いると思うが?」
リリアは、ぷうっと頬を膨らませるような仕草をする。その仕草は、人によれば可愛らしくも映るのだろう。
だが、レイモンドの表情は変わる事はなかった。
「リリアと呼んでくださいと言ったじゃないですか!
そのような方々とのダンスは、今まで沢山踊らせてもらいましたわ
でも、わたしは殿下と踊ってみたいんです」
そうリリアは言うと、すっとレイモンドの腕へ手を添える。
許可なく、王族に触れる事は不敬にあたる。シルヴィアは、リリアを止めようとしたが、レイモンドがそんなシルヴィアを静止した。
会場で目立つ事をして、またシルヴィアへ対して悪い意味での注目を浴びさせたくはないと、レイモンドは考えたのだ。シルヴィアが、リリアを叱咤すれば、リリアが大袈裟に悲しむ事は想像に容易かった。
「一曲だけであるのなら、付き合わさせてもらうよ
ただ、姉君であるシルヴィア嬢を悪目立ちさせないでくれるかな?」
「そんな事、わたしはしてませんわ」
リリアは、自分が礼儀のなってない振る舞いをしている事に気がついていない。
その事に、レイモンドはまたため息をもらす。
そんなレイモンドを引っ張るように、リリアはダンスホールへ足を進めていく姿をシルヴィアは黙って見ていた。
シルヴィアへ、「すぐ戻る」と残し、レイモンドは仕方がないといった表情を浮かべる。
いつも、こんな風に周囲の人間はリリアの自由奔放な振る舞いに巻き込まれながら、彼女を許容していくのだ。
レイモンドの腕に寄り添うリリアの姿に、何故だか無性に嫌悪感をシルヴィアは抱いた。
そんな自分にハッとする。それは、婚約者であったカルロスには抱いた事のない感覚であり、それも合わせて何とも言えない感情を理性で抑え、深く息を吐いた。
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