第17話 守る力
レイモンドは目の前にいるケヴィンへ、普段の穏やかな表情ではなく、射貫くような視線を向けた。
「君は、シルヴィア嬢を婚姻する相手に選んだ上で、ラウシュ家の婿養子に入る事を望んでいる、そうであるよね?
それは、以前から君に対して縁組みの話があった、彼女の妹であるリリア嬢が、ルーベンス公爵子息と婚約を結ぶという結果になる前から、君はシルヴィア嬢との婚姻を、密かに強く望んでいたのだろう?」
「なっ……!?」
ケヴィンは、何故自分のシルヴィアへ寄せる感情を、レイモンドが言い当てたのだろうか?と、疑問と焦りが混ざりあい、訝しげな表情を隠せない。
そんなケヴィンに、レイモンドはフッと乾いた笑みを浮かべた。
「図星であったようだね? その表情は、何故私が、彼女へ向ける君の感情を言い当てたのだろうか?と、感じているのかな?
私はラウシュ家に関する事……、特にシルヴィア嬢に関する事は、以前から色々と知っていてね
そんな事よりも、君は、彼女と婚姻した時に起こると予想される問題に対しては、どう考えているのかな?」
「問題?」
「今までも彼女へ対して、当たりの強い君の母君であるマーブル侯爵夫人に対して、君はどう対応する?
自分の婚姻に、母親は関係ないでは済まされない事は、理解出来ているのかな?
侯爵夫人の君に対しての当たりよりも、彼女へ対しての当たりの方が、今まで以上に強くなる事は確実だ
そんな事が、わからないとは言わせないよ?
君が側にいる時なら未しも、君が留守中の時に、彼女をどう守る?
それに、ラウシュ侯爵夫人への対応は?
夫人から、彼女がどういう扱いを受けていたのか、君は何も知らない訳ではないだろう?」
シルヴィアを取り巻く人間関係を、何故レイモンドが細かく知っているのかと、ケヴィンは再度驚く。
「そんなのは、自分がちゃんと───」
「守れるのかい?
今も、自分の感情だけを彼女へぶつけて、彼女の気持ちを汲もうともしていなかった君が?
あの、混沌とした感情を持ち合わせている人間達から、彼女を本当に守れるのかな?」
「それは……」
レイモンドの言葉に、ケヴィンは即答できない事に、悔しさが沸き起こる。
ケヴィンも、シルヴィアを取り巻く、彼女を蔑み攻撃する存在があることも、その存在に自分が未だ強く出られない事もわかっていた。
そして、そんなケヴィンの感情を逆撫でするような言葉を、レイモンドは重ねてぶつけた。
「私なら、そんな人間から彼女を守る力を持ち合わせている
彼女を守る為に、私の傍へ置いたのだからね」
「……なっ……」
「好意があるから、彼女を手に入れたいと思うだけで、彼女へ想いを伝えているのなら、それはただの自己満足な感情の押し付けだよ?
彼女を本当に守れる自信が持てたのなら、私は君から幾らでも苦言を聞かせてもらおう
だが、今の君は、私にそんな苦言を言える立場なのかな?
好意を寄せる彼女をただ隣に置くだけの私に、不満が多く募る事は、理解出来ない訳ではないけどね
それよりも前に君はもっと、彼女の気持ちを考えるべきなのではないだろうか?」
そうケヴィンへ伝えた後、項垂れる彼を残し、シルヴィアを伴って、その場をレイモンドは離れる。
残されたケヴィンは、悔しさと屈辱から、握りしめていた拳がブルブルと震えていた。
レイモンドとシルヴィアは、夜会を退席する為、エントランスへ向かう。
レイモンドへ物言いたげに、視線を向けるシルヴィアに彼は気が付くと、先程までのピリピリとした雰囲気ではなく、何時ものような柔らかい表情を向けた。
「私に言いたい事が、ありそうな表情だね?」
「あの……、どうして……、ケヴィンへあのように……」
「余計なことであったかな?
君が彼への対応に、困っていたように思ったのだけど?」
「余計とか、そんな事ではないのですが……
何故、殿下があそこまで……」
(あんな言い方……まるで──)
『私なら、そんな人間から彼女を守る力を持ち合わせている
彼女を守る為に、私の傍へ置いたのだからね』
──まるで、愛する者だと言っているような、言葉のようにも感じた……
シルヴィアは、レイモンドとは偽りの関係であるのに、彼がケヴィンへ語るその言葉は、まるで本当の大切な者へ向ける言葉のように感じていた。
何故、レイモンドはそんな言葉を選んで、ケヴィンに対して、あのような表情浮かべながら、語ったのだろうかと……
『万が一にでも私へ恋愛感情を口にした時は、この偽りのパートナーの関係は、終わりにする事を覚えておいてほしい』
(そう仰有られたのは、殿下であるのに……)
何と、次の言葉を表現していいのかわからないシルヴィアへ、レイモンドはポツリと小さな声で、言葉を溢す。
「偽りのパートナーを君へ頼んだ私が、彼の振る舞いや行動を指摘する立場でないと言われれば、その通りなのだがね……」
「殿下……?」
「いや、何でもないよ」
そのレイモンドの言葉が、よく聞き取れなかったシルヴィアは聞き返すが、再度、レイモンドがその言葉を言う事はなかった。
その時、レイモンドを呼び止める声が聞こえる。
「レイモンド殿下、もうお帰りでしょうか?
少しだけ、お話させて頂けませんか?」
その声は、この夜会の主催者であった。レイモンドは、隣にいるシルヴィアの様子を伺うような仕草を、珍しくとる。
その様子にシルヴィアは、大切な話があるのかもしれないと察した。
「殿下、わたくしはエントランスでお待ちしておりますので、気になさらないでお話を伺ってください」
そんなシルヴィアの返しに、レイモンドは苦笑を浮かべる。
「君の察しの良さは、本当に凄いね
まだ夜会が始まってすぐであるし、退席する者も少ない
それにエントランスにはこの屋敷の使用人もいるから、問題はないと思うが……
何か問題があれば、すぐ私を呼ぶのだよ?」
「子どもでないのですから、そんなに心配なさらないでください
大丈夫ですわ」
シルヴィアの物わかりの良さに、レイモンドは苦笑いを深め、彼女の頭を一撫ですると、その場を離れていった。
レイモンドの背を見送り、シルヴィアがエントランスへ向かおうとした時、カツンという足音と彼女を呼び止める声に、シルヴィアの細い肩が揺れる。
その事に、レイモンドは気が付く事はなく、そのままその場から遠ざかっていった。
◇*◇*◇
夜会の主催者と、屋敷の奥へ歩を進めるレイモンドは、己を自嘲する。
(何が……
『私なら、そんな人間から彼女を守る力を持ち合わせている
彼女を守る為に、私の傍へ置いたのだからね』だ……
私も今まで、彼女の置かれている環境を知っていながら、ただ傍観していただけであるのに
そんな言葉がよく吐けたものだ……
だが、マーブル侯爵子息が、幾ら彼女へ想いを寄せていたとしても、あの未熟な者に彼女を任せる事を、絶対に許したくはない……
あの母親から、今のあの者が彼女を守れるとは思わないし、何より──
あの母親の息子に、彼女を託す事などあり得ない……)
「殿下?どうなされましたか?」
考え込むレイモンドへ、主催者が声を掛ける。
「いや、何でもない
彼女を待たせているから、短時間で頼むぞ」
「はい」
屋敷の奥の部屋へ、レイモンドは入っていった。
───あなたであれば、どう思われますか……?
───私のこの思考は、彼女を擁護する為の行動を越えた考えなのだろうか……?
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