第15話 仕事
シルヴィアとリリアの事を、レイモンド自ら王城の馬車寄せまでエスコートし、見送った。
レイモンドの表情は、一見するといつものようだったが、付き合いの長いロータスは、彼の心情を察する。
「何というか……、シルヴィア嬢の今までのご苦労を実感させられました
僕は、あまり社交界には顔を出してはいないので、噂しか知りませんでしたが、あんな噂が流れるようなご令嬢でないことは、この短い期間でもわかりました
何故、シルヴィア嬢ばかりに非難の目が向くのか、理解できません
常識を持っている者が、少し見れば恥ずべき姿に嘲笑を受けるのはどちらなのか、一目瞭然なのに」
ロータスの言葉に、レイモンドは乾いた笑みを浮かべながら言葉を返した。
「あの妹は、人の気をひく事が、上手いのだろう?
彼女は、自分の愛らしさを自然に見せる振る舞いを、意識的なのか、それとも無意識なのかはわからないが、違和感なく出来る
そんな彼女の雰囲気に、関わった者は彼女の常識のない振る舞いを、いつの間にか許容してしまっているのだろう
………あれで、本当に悪気がなく無意識であるのなら、見事なものだね」
「本当に……と、いいますと……?
まさか、意識的に欺いていると……?」
レイモンドは、顔から表情を消す。
「一度話しただけでは、わかりはしないがな……
まあ、それは追々……
それよりも、ここからは気持ちを切り替えろ
今から、『仕事』だ」
レイモンドの言葉に、傍に控えていたロータスとロザンナの表情が鋭くなった。
◇*◇*◇
王城の中でも、より警備の厳しい場所がある。
それは、王族の居住区だ。王族達の私室が並ぶ場にカラカラと手押し車の音が響く。その音とは別に、カツンという靴の音が、その音に重なった。
「いつも、ご苦労だね」
その声に、手押し車を押していた者の身体が、ビクリと大きく揺れた。
手押し車を押していた者は、王城で仕えている女官や侍女よりも、位の低いメイド用の服を着用している。
その者は、自分へ笑みを向ける王弟レイモンドの姿を認識すると、血の気が引いた。
「見慣れない顔だね?
新しく入った者なのかな?」
レイモンドの姿に、そのメイド服の者は震えながら膝を折る。
「はい……
一週間程前に……」
「誰の紹介で?」
「え……、あ、それは……」
レイモンドは、笑みを浮かべたまま彼女へ近付くと、手押し車に乗った水差しに手を伸ばした。
「紹介者の名は言えない?
それでは、君の名は?」
「あの……」
名前をなかなか言い出さないその者へ、レイモンドは笑みを向けているが、その視線は鋭い。
「………ダナン男爵家令嬢の、メアリー嬢……だよね?」
「え……」
自分の名を、レイモンドが言い当てた事に、彼女は驚愕する。
「記憶力はいい方でね、国内の貴族であれば社交界に殆ど出ていなくとも、姿絵と貴族名簿録を見て、顔と名前は殆ど覚えているんだよ
末端ではあるが、ダナン男爵家も歴とした貴族であるし、古くからある家柄だよね?
ただ、城で働く為には貴族であれ、紹介者は必須だ
君を紹介した者の名を、私は知りたいのだけど、教えてくれる気は………、なさそうなのかな?」
ガタガタと震えるその者へ、笑みを向けたままのレイモンドは、手にした水差しの水を、同じく手押し車の上に乗っているグラスへ注ぐ。
「城での仕事が初めてならば、知らないかもしれないが、一つ教えてあげようか?
王族の居住区で仕事をする時は、大なり小なり関係なく、様々な要因から必ず二人以上で、一つの仕事を行わなければいけないのだよ
もし、何か不穏な事を考えている者が紛れ込んでいたならば、大事になってしまうからね?
だから君のように、一人で王族の私室へ水差しを運ぶなんて事は、あり得ないんだ」
水を注ぎ終わったグラスを手にしたレイモンドは、目の笑っていない笑みを彼女へ向けた。
「ちょうど、喉が渇いていたんだよ
我々の私室へ運ぶ為のものならば、もらってもいいかな?」
そう言って手にしたグラスへ口をつけようとするレイモンドを、ロータスは慌てて止めようとした。
「殿下っ!? 何をっ!?
お待ちくださいっ!」
その時、僅かに妙な動きをした目の前の男爵令嬢の腕をレイモンドは掴む。その衝撃でか、彼女の握っていたものが、一つの水差しの中へ落ち、沈んでいった。
「………ぁっ……」
その様子に、真っ青な顔になる男爵令嬢を、レイモンドは表情を消して見据えた。
「ダナン男爵家は、最近資金繰りが上手くいかずに、ある家門から多額の支援を受けている──……そうだね?
この水差しには、水以外に何が入っているのかな?
それに、君の手から落ちたこの小瓶の中身は?
君には、ゆっくり聞きたい事が沢山あるから、覚悟してくれるかな?」
レイモンドの言葉に、崩れ落ちるかのように座り込む男爵令嬢を、奥で隠れるように控えていた、ロザンナではない騎士へ、受け渡す。男爵令嬢が拘束され連れていかれる様子を見送った後、ロータスはレイモンドを諌めた。
「殿下っ!
あれ程、殿下自ら率先して行わないでくださいと、お伝えしましたよね!?
何のために、僕やロザンナが貴方の側についているのか、わかっておいでなのですか!?
毎回、ご自分で全てを行わないでください!」
そんなロータスへ、レイモンドは表情を緩め、困ったような表情をうかべる。
「私が引き受けた件で、毎回お前達の命を危険にさらしたくはないからね
それに、毒だと予測がついているのに、本当に口にしたりはしないよ」
「何を仰有っているのですか!?
殿下のお命が危険にさらされる事が、一大事なんです!
万が一があるかもしれない事を、忘れないでください!
貴方のお命は、失う訳にはいかない、大切なものなのですよ!」
「大切な……もの、ね……?
この命は、そんな大層なものではないよ
それに、命の価値は皆一緒だろう?」
「殿下っ!
そう仰有られるのであれば、無謀な事はなされないでください!」
「わかっているよ
ロータス、お前が本心で私の事を心配している事はわかっている
次はもう少し、対象者には穏やかに問い質すようにする
ほら、陛下へ今回の件の報告へ向かわなければね」
そう言って、レイモンドは踵を返した。
レイモンドと、一歩後ろを歩くロータスは小声で話しながら歩を進めていく。
「今回の『お仕事』で、少しは証拠が増えるでしょうか?」
「どうだろうね……
でも、あまり期待はできないかな?
潰れかけの男爵家の人間を使うぐらいだから、全てをダナン家へ被せようとしていたと考えておいた方が、気落ちも少ないと思うよ?
毒の入手先だけでも手に入れば、御の字じゃないかな?
まあ、毒の入った水差しなんてものを、陛下方の私室に置かれる前に防げて、それだけでも良かったよ
黒の密書が、今回の件に間に合わなかったら、大事になっていただろうね」
ロータスは、レイモンドへ複雑な表情を向ける。
「………殿下は、何故こんな『お仕事』を引き受けたのですか……?
王族への謀反を考えている者を、炙り出す仕事など……
貴方だって、お命を狙われる立場であるのに……」
「……………命を狙われている王族が立ち回る事が、一番手っ取り早いからね
まさか、陛下や王太子のローランドが立ち回る訳にもいかないだろう?
私が、一番の適任者なんだよ
膿を出す為の掃除係なんていう、手を汚す仕事はさ?
ローランドの代になった時には、安心して国を治められるようにしてあげたいしね」
「殿下……」
「まあ、シルヴィア嬢には、この仕事を知らせる封書など、幾ら封をしてあるとはいえ、目には入れさせたくはなかったかな?
人を陥れ、立場、それに最悪命を奪う為の、裏の仕事を私が請け負っている等、彼女だけには知られたくないと、こんな私でも思うのだよ……
さあ、お喋りはここまでだ
居住区を出れば、誰が耳をすましているのかわからない」
「はい……」
珍しく本音を溢したレイモンドの横顔を、ロータスはさらに複雑な心境で見詰めた。
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