第14話 登城した理由
王族へは、最上級の敬意を払わなければいけない。
貴族として、それは当たり前の事であった。
しかしレイモンドへ対して、身近な存在かのように接するリリアの姿に、シルヴィアは妹を窘める。
「リリア、殿下の御前なのよ?
言葉遣いに気を付けて、正式な礼を向けなければ、不敬になるわ」
そんなシルヴィアの声に、リリアはビクリと肩を震わせ、瞳を潤ませていく。
「ごめんなさい、お姉様
私……、手続きを忘れて登城してしまったから、殿下にお会い出来ないと思っていたのに、お会いできたから……感激して……、つい……」
フルフルと身体を震わせるリリアのその姿は、手を差し伸べなければと思わずにはいられないような、姿であった。
それまでの、未熟で礼儀のなっていない振る舞いですら、咎めなくとも構わないと思わせてしまうように。
反対に、そんなリリアを窘めるシルヴィアへ対して、正当な事を伝えているのにも関わらず、慈悲がない、そこまで怒らなくともと、感じるような雰囲気に何故かなる。
シルヴィアは、またいつもと同じだと感じた。
リリアの、貴族令嬢としての振る舞い方の非礼を注意する度、妹のこのような姿は、原因となった妹の恥ずべき姿よりも、指摘しているシルヴィアへ非難の目が何故か向いてしまうのだ。
それでも、レイモンドに対して不敬になるような妹の振る舞いを、シルヴィアは見て見ぬふりをする事はできなかった。
それは、今までもそうであった。
リリアの未熟な振る舞いを見て見ぬふりをすれば、姉の自覚がないのかと、シルヴィアへ非難が集まる。窘めれば、か弱い妹へ対してキツくあたる姉という非難の目が向く。
呪いでもかかっているかのように、どのように対応しても、シルヴィアが悪者になってしまうのだ。
彼女は、そんな事にはもう慣れている。
そして、今もまたこの場にいるレイモンドや、ロータスにロザンナ、数人のメイド達や侍従にそう思われているのだろうと思いながら、レイモンドへ頭を下げた。
「殿下、妹の不敬な振る舞い、申し訳ありませんでした」
レイモンドは、謝るシルヴィアへも、震えて怯えているように見えるリリアに対しても、今の事には触れずに笑みを向ける。
そして、シルヴィア頭をフワリと撫でた。
「大丈夫
シルヴィア嬢、顔を上げてくれるかな?
先ずは、座ろうか」
レイモンドの言葉に、シルヴィアが顔をあげると彼と目が合う。
レイモンドは、どちらを味方するような言葉は何もいわずに、穏やかな笑みをシルヴィアへ向けていた。
シルヴィアの手をレイモンドは取り、応接室用の長椅子までエスコートすると、彼女を先に座らせ、その隣に座る。
そして、漸くリリアへ視線を向けた。
「ラウシュ嬢も、そちらへかけてください」
「え……」
今までの周囲の反応と違うレイモンドの返しに、リリアは反応が遅れる。
そんなリリアへ、側に控えていたロータスが再度、彼女へ声を掛けた。
「ラウシュ嬢
殿下が良いと仰有っておりますので、おかけください」
「あ、はい……
失礼します……」
ロータスに促されて、レイモンドとシルヴィアの向かい側に座ったリリアへ、レイモンドは笑みを浮かべた。
「で?
私に、どんな用で登城したのかな?
それとも、姉君であるシルヴィア嬢への、用であったのだろうか?」
「あ……、私……、お姉様の事が心配で……
それで、いてもたってもいられずに、手続きも忘れて、登城してしまったんです」
「心配……、とは?」
穏やかな口調で言葉を返すレイモンドを、リリアは潤んだ大きな瞳で見詰める。
「お姉様は、周りの人から誤解を受けやすくて……、それで……その……
でも、私にとってはとても大好きで、大切なお姉様なんです!
お城に頻繁に通われているって、噂で聞いた時から心配になって……
殿下に会ってお伝えしなきゃって……思って……」
リリアの言葉に、レイモンドは笑みを深めた。
「ラウシュ嬢は、とてもお姉さん思いなのだね
私とシルヴィア嬢との様子を心配して、城へ来てくれた、という事かな?」
「そうなんです
どんなことを周りから言われても、私にとっては大好きなお姉様ですもの
殿下も、お姉様の事で何かあったら、何でも私に聞いてくださいね」
フワリと可愛らしい笑みを浮かべながら、リリアはそのようにレイモンドへ告げる。
そんなリリアへ、彼は笑みを向けたまま言葉を返した。
「君の姉君が、優しく聡明な女性だという事は、初めて会った時から、彼女の立ち振舞いで、私にはすぐわかったよ
だから、君が心配する必要はない
シルヴィア嬢の事は、私にまかせてくれるかな?」
リリアは、思ってもいないレイモンドの返しに、不思議そうな表情を浮かべた。
「殿下は、お姉様の噂をご存じないのですか?」
「噂……?
ああ、あの不快な噂の事かい?
君も、大切な姉君をあのように侮辱されて悔しいだろう?」
「はい……
私が何を言っても、お姉様が悪いと言われてしまうのです……」
「君の言葉を周囲がそのまま聞いたのなら、そうであるだろうね」
「え……?」
笑みを向けているが、やはり他の者達の反応とは何かが違うレイモンドに、リリアは何ともいえない気持ちを感じる。
その時、あることを思い出し持参していたバスケットから、包みを取り出すと前のテーブルへ置いた。
「あ、あのっ!
私、殿下とお姉様と一緒に食べられればと思って、お菓子を作ってきたんです!」
そんな言葉を言ったリリアに、シルヴィアは愕然とする。
「リリアっ! あなた何を言っているの!?」
青い顔で、自分の事を咎めるシルヴィアに、リリアはビクリと身体を揺らした。
「お……姉様……? 何で、そんな風に急に怒るの?」
「怒るの?って、当たり前でしょう!?
あなたは、王族への献上物の取り決めを学んでいないの!?
手続きをとっていない飲食物を、王族の方々へ無闇に献上できないのよ!?
況してや、素人の手作りを殿下へ差し出すなんて、とんでもないことだわ」
「素人の手作りだなんて、そんな酷い……
私は頑張って作ったのに……」
リリアの瞳は、ウルウルと涙の膜がはっていく。
その様は端からみると、真っ当な事を言っているシルヴィアが、リリアを苛めているようにも見える。
だが、そんな状況は、今までも何度もあった。
その度、周囲はリリアを庇い、正当な事を言っているはずのシルヴィアへ非難の目を向けるのだ。
その時、シルヴィアの隣に座っていたレイモンドは、シルヴィアの手に優しく触れた。
「シルヴィア嬢、大丈夫だよ」
レイモンドの言葉に、シルヴィアはビクッと身体を強張らせ、そして思う。
あんなにも、自分の事を理解してくれようとしていたレイモンドは、このような醜態にどう感じただろうかと……
リリアの常識のなさに、呆れただろうか?
それとも、キツい口調で妹を咎めた自分の姿を目の当たりにして、噂通りの酷い姉と感じたのだろうか?、と………
「殿下……
本当に、申し訳ありません……」
立ち上がり深く頭を下げるシルヴィアの手を、レイモンドはギュッと握る。
「大丈夫
だから、座ろうか」
レイモンドの言葉に、シルヴィアは躊躇しながらも、腰を下ろす。だが、頭をなかなかあげる事ができなかった。
そんな、シルヴィアの手をレイモンドは離さずに、リリアへ視線を向けた。
「ラウシュ嬢
今、シルヴィア嬢が言ったように、王族はむやみに、何でも口に入れる事が難しい立場であるんだ
それは、王族の命を守る為であることは勿論だが、もう一つ理由があるのだよ」
「もう一つの……、理由……?」
リリアは、瞳を潤ませながらレイモンドを見詰める。
「それは、飲食物を献上しようとした者を守る為でもあるんだ
自分の思ってもいない策略に巻き込まれて、身に覚えもないのに、重罪に問われる事が絶対にないとはいえない
そんな、冤罪なんていう不幸な罪をかぶせない為、という、別の理由もあるのだよ」
レイモンドは、リリアの作ってきた菓子に視線を落とし、その次には隣に座る存在へ視線を向ける。そして、握ったままである、シルヴィアの手を握る力を少し強めた。
「シルヴィア嬢は、そんな罪を万が一にでも君がかぶらないように、伝えたかったのだと思うんだ
君の事を、叱りたくて叱った訳ではない
だから、君もそんな姉君の気持ちを理解してあげたらどうかな?
愛情がなければ、知らない者へ物事を伝えたり、間違えを正す為に叱るなんて事はしないからね
人前で恥をかくことを、そのまま傍観していれば済む事だ
好き好んで、自分が悪者になってまで叱ったりはしないよ?」
レイモンドの言葉に、シルヴィアは胸が苦しくなる。
こんなにも、自分の事を理解してくれた存在が、今まで何人いただろうか?
レイモンドが握っている手に、シルヴィアは無意識に、ほんの少しだけ力を入れ握り返した。
その力は、気付くか気付かないかわからない程度のものであったが、レイモンドには伝わっていた。
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