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第12話 感謝

 前日に、カルロスから罵倒され、その夜にはリリアのカルロスについての話に付き合い。

 次の日になっても、気分は浮上する事なく、そんな気持ちに蓋をして、シルヴィアは登城していた。

 本人は、いつも通りに振る舞っているつもりであったが、察しのいい彼には隠す事は出来なかったようだ。


「これからは、城内を歩く時は一人では歩かせないよ」


「え……?」


 レイモンドの執務室で、いつものように雑務を手伝っている時に、その言葉は突然聞こえた。

 シルヴィアが、その声の主へ顔を向けると、訝しげな表情を浮かべたレイモンドが、自分の事をじっと見つめている様子が目に入る。


 レイモンドは、椅子から立ち上がると、シルヴィアの座る応接用の長椅子の向かい側へ座った。


「昨日、回廊で()に会っただけではなかったのだろう?」


「あの……」


 レイモンドの問いに、シルヴィアは戸惑う。

 そんな彼女を見つめながら、レイモンドは言葉を続けた。


「ロータスから少し聞いた」


 その言葉に、シルヴィアがロータスへ顔を向けると彼は申し訳なさそうな表情を返す。


「殿下、わたくしは……」


「ロータスに聞かなくとも、君の昨日の様子、そして今日の様子を見ていたら、確証を持ったよ

 会っただけで、そのような表情にはならないだろう?

 彼から、あの夜会の時のような、酷い言葉を言われたのだね?」


「……………」


 レイモンドの問いに、シルヴィアは何と答えたら良いのかわからず、口ごもる。

 レイモンドは、一つため息をつくと、表情を消し足を組んだ。


「父親である公爵へ伝えても、態度を改めないとはね

 彼が、自身の振る舞い方を改めるためには、私が直接伝えなければ、わからないのだろうか」


 シルヴィアは、レイモンドのその言葉に、カルロスの事を直接咎めるのではないかと思い、思わず言葉を発してしまう。


「殿下、わたくしは大丈夫ですので

 ですから……、その……」


 カルロスからは、衆人環視の中で、あのような酷い扱いを受けたが、それでも先日まで婚約を結んでいた相手だ。

 彼自身の性質がどうであれ、嫡子として日々学びを頑張っていた姿も見てきて、知っている。

 傷付いた心と、カルロスへ僅かにでも持っていた思慕。その二つの感情が、シルヴィアの心の中で複雑に混ざり合う。

 王族であるレイモンドから、正式に直接咎められれば、公爵家嫡男といえども、彼の経歴に傷が付く事は明確だ。

 シルヴィア自身、そんな事まで望んではいない。

 しかし、自分の事を考えてくれての、レイモンドの今の言葉という事も理解している。

 シルヴィアが、そんな複雑な気持ちを、何と言葉にしたら良いのか戸惑っていると、レイモンドは表情を緩めた。


「君は優しいね」


「え……」


「あんなにも、傷付けられた相手だというのに、彼の事も気遣い、そして私の気持ちも尊重しての、その戸惑いなのだろう?」


 シルヴィアは、またもやレイモンドへ自分の考えている事が筒抜けなのは、何故なのだろうかと感じた。


「それは……

 わたくしは、そんなに出来た素晴らしい人間ではありません……」


「だが、普通ならば、あのような仕打ちをされたならば、恨む気持ちこそあれ、そんな相手へそこまで気遣おうとは思えないだろう?」


「あの夜会の事は傷付きましたし、カルロス様の振る舞いが、貴族として正しい振る舞いだったのだろうかとも、疑問もわきましたが……

 それでも、あのような場であのような言葉を言われたのには、カルロス様にもそれなりの理由があったのだろうと、思ったのです」


「理由?」


「婚約を結んでからの日々の中で、わたくしにも非があった事を、わたくしが気付かず、そのままにしていたのかもしれない……

 それが積み上がっての、あの言葉だったのだろうかとも、今は思っているのです

 カルロス様のお気持ちの変化には、かなり前から気付いておりました

 ですが、両家を結ぶ為の婚約でもあったので、その事を問い質す事もせずに、傍観していたのも事実でありますから……」


 シルヴィアは思う。

 自身が、臆病だったが故に、リリアへ心変わりをしてしまったのかと、カルロスへ問う事ができなかった事を。


「彼と君とでは、公爵家と侯爵家という、同じ家格でないことも、君が一歩ひいてしまった理由になったのだろうね

 公爵家というのは、王族に最も近い身分であるから……

 お互いの気持ちを、相手に伝えなかったからの結果と、君は考えるのかもしれないが、それでも彼の振る舞いは、君に対して敬意を持たない振る舞いであったと思う

 それは紳士として、いや、人として、あってはいけない

 何があったにしろ、相手の尊厳も守るべきだと、私は思ったんだ」


「……………」


 シルヴィアが、複雑な表情をより深めた時、レイモンドは声色を変える。


「直接、咎めたりはしないよ」


「え……」


「そんな事をしたら、余計彼のプライドを傷付けて、君に逆恨みしかねないからね

 私に考えがあるから、君がこれ以上気に病むことはない

 それに、君に無茶な頼みばかりして、困らせている私が、彼の態度の事ばかりを指摘するような立場でもないしね」


 レイモンドは、最後の言葉を少しおどけたように言うと、苦笑いを浮かべた。

 その言葉に、シルヴィアが咄嗟に反論する。


「そんな事はありません」


「え?」


「初めは、考えてもいない頼みで戸惑いましたし、驚きました

 ですがわたくしは、殿下の頼みに困っておりませんし、嫌だとも感じておりません」


 シルヴィアの言葉に、レイモンドは柔らかな表情を浮かべる。


「そうか……

 君に笑顔を戻したいと思いながらの行動だったのだが、今さらだが、君の負担にはなっていないかな?」


「ええ

 負担だなんて、そんな事は一つもありません

 むしろ──」


 シルヴィアは、次の言葉を飲み込む。

 そんな彼女に、レイモンドは言葉を急がせる事もなく、笑みを向けたままでいた。


「むしろ?

 その先にある、君の本音が聞きたいが……」


「わたくしは……」


「私と、こうして頻繁に過ごすこの空間は、君にとって我慢したり、辛く苦しい空間ではない事を、私は願っているんだ」


 優しい声色で語りかけるレイモンドに、今までの人生の中では本音を隠す事しかできなかったシルヴィアが、本音をポツリと溢す。


「わたくしは……

 この場に居させて頂ける事を……楽しいと……嬉しいと、感じておりました

 殿下には、感謝しかありません」


「うん……

 少しでも、君の傷付いた心を癒す事が出来ているかな?」


「は……い……

 ここにいらっしゃる皆様は……わたくしの事を受け入れてくださいますから……」


 シルヴィアの言葉に、レイモンドは笑みを深めた。


「そうか、それは良かった」


 シルヴィアは、レイモンドの笑みを見つめながら、ぼんやりと思う事があった。


(この居心地の良い場へ、わたくしを招き入れてくださった殿下には、感謝しかない

 だけど……

 やっぱり疑問ばかりだ

 どうして、そんなにもわたくしに良くしてくださるのですか……?)







ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークもありがとうございます!



◇お知らせ◇

昨日もお知らせしましたが、明日以降(7/21~)から、しばらく不定期更新とさせて頂きます。

申し訳ありません。。。

更新する時は、活動報告でもお知らせ致します。

なるべく、日を空けずに更新できるよう努力しますので宜しくお願い致します。


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