第11話 お菓子
シルヴィアは、王城でカルロスに会い、蔑みを含んだ言葉をかけられた事で、気持ちが落ちたまま帰途についた。
夕食の時間になり食堂には、継母と、異母妹のリリア、そしてシルヴィアの三人が集まる。
今夜も、父親のラウシュ侯爵は、帰りが遅いようだ。
シルヴィアは、普段よりも食が進まなかった。
そんなシルヴィアへ、異母妹のリリアは声を掛ける。
「お姉様は、今日もお出掛けされていたみたいだけれど、何処にいつもいらしてるの?
噂では、頻繁に登城してらっしゃるって聞いたのだけれど
もしかして、レイモンド殿下とお会いになってるの?」
「それは……」
シルヴィアが、レイモンドの政務を手伝っている事は父親の侯爵しか知らない。王城へ通っている事は、執事頭のビル、侍女のサラ、御者のマークにだけ伝えている事であった。
だか、頻繁に登城していれば、様々な貴族達の目にも入る。恐らく、王城でシルヴィアの姿を見た者が、噂をしていたのであろう。
多くの者が、先日の夜会でレイモンドがシルヴィアをエスコートしている姿を見ている事も、その噂を助長させる要因の一つにもなっているのかもしれないと、シルヴィアは思った。
シルヴィアが、リリアの問いに言い淀んでいると、継母のスザンナがシルヴィアを睨み付ける。
「高い身分の相手がいれば、分も弁えずに言い寄るなど、血は争えないわね?
殿下から、優しくされたとしても、勘違いしない方が身のためよ?
貴女は、婚約破棄されたばかりの傷物なのよ
自分の身のほどを知りなさい」
「………っ…………」
スザンナの言葉は、シルヴィアだけでなく、シルヴィアの実母をも蔑む意味合いを含んでいた。
シルヴィアの今は亡き実母の出自は、男爵出である。侯爵家を継ぐ父と、婚姻を結ぶにはかなりの身分差があったのだ。
彼女は、継母からの自分への対しての蔑む言葉よりも、実母の事をこうして侮蔑される事が、より悔しく悲しい気持ちになっていた。
手にしていたナイフとフォークをシルヴィアは静かに置くと、ナフキンで口元を拭い席を立つ。
そんな姉へ、リリアは声を掛けた。
「お姉様、もう食べないの?」
「ええ、少し疲れていて……
お継母様、お食事の途中ですが、失礼致します」
頭を下げて、その場を離れようとするシルヴィアへ、リリアは先程の母親の言葉の意味や、その言葉によって、シルヴィアがどんな気持ちでいるのか、たいして気にする素振りも見せずに、さらに姉へ言葉を掛ける。
「もう、お部屋へ戻られるの?
折角、デザートに私が作ったお菓子を、お姉様にも食べてもらいたかったのよ?」
少し膨れた顔を向けたリリアに、シルヴィアは複雑な心内を顔には出さず、言葉を返した。
「後で、お部屋で頂くわね」
シルヴィアの言葉に、リリアは笑みを向ける。
「じゃあ、食事が終わったら、私がお姉様のお部屋に届けるわね!
楽しみにしていね」
そんなリリアの無邪気さに、より複雑な気持ちになりながら、シルヴィアは食堂を後にした。
暫くして、リリアがシルヴィアの部屋へ訪れる。
リリア付きの侍女のマーサが、先程リリアが言っていた菓子と、茶器などを乗せたワゴンを押し、付き添っていた。
シルヴィアの部屋のテーブルへ、お茶とお菓子をシルヴィアの侍女であるサラも手伝い、準備していく。
「お姉様
今日はね、クッキーを焼いたの」
リリアは、ニコニコと笑みを浮かべながら、姉へ嬉しそうに報告した。
「とても、美味しそうね」
「そうなの!
とっても上手く焼けたのに、今日はカルロス様がお留守だったから、直接渡せなかったのよ」
カルロスという名前に、シルヴィアは心に影を落とす。
「カルロス様へ、お渡しする為のクッキーだったのね」
「カルロス様のお好きなナッツを、沢山入れたのよ
本当なら目の前で、食べて欲しかったのに、お屋敷に伺ったら、登城されているって言われたの
だから、執事にカルロス様へ渡してもらうよう、頼む事しか出来なかったのよ
お姉様も、登城されていたなら、お会いになった?」
「え……、わたくしは……」
シルヴィアはリリアの問いに、王城でカルロスに会った時の事を、また思い出し気持ちが落ちていく事がわかった。
そんな気持ちに、何とか蓋をする。
「きっと、今頃あなたのお菓子を、喜んで食べてくださっているのでは、ないかしら?
今までも、とても嬉しそうに召し上がれていらっしゃったから
次にお会いする時に、カルロス様のご感想を聞ける事を楽しみにしていたら、いいと思うわ」
カルロスに会ったかという問いへの答えは濁し、リリアへ言葉を掛ける。
まだ、シルヴィアと婚約していた頃から、カルロスがラウシュ家を訪れる度に、リリアは趣味で作った菓子を、彼に食べて欲しいと渡していた。
趣味で作ったといっても、殆どが侯爵家の料理人が作り、仕上げにナッツを乗せたり、粉砂糖をかけるなどの、真似事だけであった。
そんなリリアから差し出された菓子を、婚約者であったシルヴィアの目の前で、沢山の賛辞を言葉にしながら口にするカルロスの事を、シルヴィアはいつも黙って見ていたのだった。
カルロスが侯爵家に訪れている時の殆どの時間、彼は婚約者であったシルヴィアではなく、妹のリリアと楽しそうに話し、シルヴィアはそんな様子を同じ場で見せつけられる日々。
以前の、そんな日々の事を思い出したシルヴィアを前に、リリアは特に気にもせず、姉の先程の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうね、いつも美味しいって言ってくださるものね!
今から、お会いするのが楽しみだわ」
自分の気持ちを素直に表現するリリアに対して、シルヴィアは、何ともいえない複雑な感情をしまい、暫く妹の話に付き合った。
リリアが、自分の部屋へ戻った後、シルヴィアは、小さく息を吐く。
そんな彼女へ、彼女付きの侍女であるサラはポツリと言葉を溢す。
「リリア様は、無神経です」
「サラ?」
「シルヴィア様のお気持ちを、何もお考えになっておられません」
そんなサラへ、シルヴィアは困ったような表情を向けた。
「誰が聞いているのかわからないのだから、そんな事を言っては駄目よ?
あの子は、素直なだけなのよ」
「素直だなんて……
ご自分の言葉が、どれだけ相手を傷付けているのか、全く気付かれないで……
それなのに、いつも相手を気遣っておられるシルヴィア様が、反対に悪く言われるなんて、そんなの理不尽です」
「………あの子の、あんな天真爛漫さが、周囲からは好ましく思われるのよ
サラ、ありがとう
私の変わりに、怒ってくれて
私は、サラが居てくれるから、この家で今もこうして過ごせるの
だから、サラはそんな事を外では言葉にしないで、ずっと側にいてね」
「シルヴィア様……」
サラが、未だに侯爵夫人のスザンナからシルヴィアの事を、面と向かって庇わずにいる理由。
それは、幼い頃シルヴィアが涙を浮かべながらサラへ頼んだ事も、一つの理由であった。
スザンナのシルヴィアへ対しての酷い扱いから、彼女を庇おうとした昔からいた使用人達が、次々と解雇されていった。そんな状況に、シルヴィアは自分の味方にならなくてもいいから、ずっと傍に居て欲しいと、心の拠り所を近くにいたサラへ求めた。
その願いを聞き、サラはスザンナへ楯突く事を必死に抑え、今日に至る。
スザンナも、正当な理由もなしにサラを解雇する事ができなかったのだ。
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