第10話 遭遇
レイモンドの政務を手伝うようになった、シルヴィアの手際の良さは、レイモンドやロータスの想像以上であった。彼女へ、頼んだ本人であるレイモンドですら、驚きを隠せない。
シルヴィアへ、レイモンドが頼んだ手伝いとは、書類の仕分け等の整理や、執務室内の整頓である。シルヴィアが、書類を分かりやすいように分類事に纏めて仕分けたり、資料となる書物を前もって選んだりする事で、二人は今までよりも、より仕事に取り掛かりやすくなった。
そんなある日、レイモンドの執務机の横に積み上がっている、資料としていた書物に目を落としたシルヴィアは、レイモンドへ声を掛けた。
「この書物は、もう使わないものですよね?」
「ああ、もう確認が終わっているからね」
「では、書庫室へ戻してまいります」
そう言ったシルヴィアへ、ロータスは言葉を返す。
「シルヴィア嬢重いので、僕が後で返してきますから、大丈夫ですよ」
「ロータス様は、まだお仕事が残っていらっしゃいますよね?
わたくしは、今、手が空いておりますし、この程度の冊数であれば、問題ありません」
「いやいや、ご令嬢に重たい物を持たすなんて、問題です
それであるなら、侍従を呼べば──」
「皆様各々お仕事がありますし、お仕事を増やすよりも、手が空いている者が動く方が、効率が良いと思います
今回はわたくしが、戻してまいります」
「ならば、ロザンナを護衛に──」
「ロザンナ様は、殿下の護衛であります
書庫室までの道のりは、見渡しの良い回廊ですもの、何も危険などないですわ
何より、王城内は警備が行き渡っていますもの
わたくし一人で大丈夫ですので、それまでに、こちらに分けておいた書類の確認とサインを、お二人は終わらせてくださいませ」
シルヴィアはそう言うと、積んであった書物を抱え、執務室を後にする。
二人は、そんな彼女の姿を見送るしかなかった。
「殿下は、シルヴィア嬢のあそこまでの働きを予想していたなんて、凄いですね」
「いや……、さすがに私の想像以上だよ」
「何というか、あそこまでハッキリした物言いは、ぎゃくに気持ちがいいです」
そんなロータスの返しに、レイモンドはフッと笑みを浮かべる。
「さて、早く書類の確認に取り掛からないと、遊んでいたのかと、戻ってきた彼女に叱られるな」
「そうですね!」
◇*◇*◇
書物を抱え、書庫室へ向かっていたシルヴィアは、あまり会いたいとは思っていなかった見知った人物と、王城の回廊で出会し、身体に緊張が走る。
「……シルヴィア」
暖かな風が吹き抜ける回廊で、そんな気候とは相反する冷々とした声が、シルヴィアの足を止めた。
自分に向けられる鋭い視線に、今までそこまで感じなかった書物の重さが、何故かより重く感じる。
「……カルロス様………」
回廊で出会したのは、シルヴィアの元婚約者で、今は異母妹のリリアを婚約者にした、カルロスであった。
カルロスは、シルヴィアの姿を見ると、乾いた笑み浮かべる。
「婚約破棄をされて、城の小間使いにでもなったのか?」
「…………」
カルロスのその言葉は、侯爵令嬢であるにもかかわらず、書物を何冊も抱えている今のシルヴィアの姿を見ての事であろう。
カルロスは、自分の言葉に何も言い返さないシルヴィアに、苛立つ事を隠さず言葉を続けた。
「否定もしないとはな
先日の夜会では、レイモンド殿下の隣にお前が居たのには驚いたが、殿下に何と言って言い寄ったんだ?
本当に、最悪な女だな」
「……………」
「シルヴィア
殿下に、何を言いつけた?」
「何の事でしょうか?」
淡々とした言葉で返すシルヴィアに、カルロスの苛立ちはより深まる。
「惚けたって無駄だ!
殿下から咎められたと、父上から小言を相当言われたんだからな
何故、俺が咎められる? お前が原因であるのにだ!
そうであるのに、殿下が父上を咎めたのは、お前が自分の良いように殿下へ言いつけたとしか、思えないだろう!?」
シルヴィアは、カルロスの自分本位な考え方は、今も変わらないのだなと感じた。
それでも、昔はシルヴィアに対しても、気にかけてくれるような姿もあった。
カルロスがこんなにも、シルヴィアに対して苛立ち、敵意を向けるようになってしまったのは、何故なのだろうか。
シルヴィアは、書物を抱えている自分の指先が震えている事に気が付く。そして、自分へ怒りを向けるカルロスへ言葉を掛けようと思っても、良い言葉が思い浮かばなかった。
彼女が、気が強いように端から見えるのには、目鼻立ちがキツい印象に見える他にも理由があった。
相手の機嫌が悪かったり、相手から怒りを向けられると、彼女は構えてしまうのだ。さらに、相手を穏やかにさせるような、上手な言葉掛けが不得手であり、必要最低限な言葉を掛ける事が、やっとである為だった。
今も、カルロスが自分へ向ける怒りを、どうにか抑えたいと思うが、身体が萎縮し言葉が出てこない。外見からは、カルロスを見据えているような姿のように見える。シルヴィアが、萎縮している状態であると外見からそう見えないのは、良くも悪くも、長年の貴族令嬢としての学びの成果であった。
「自分の都合が悪くなったら、相手を睨み付けるのは、相変わらずだな?
本当に、虫酸が走る女だ!」
「睨み付けてなど、しておりません」
「その目っ!
それが睨み付けていると言わないで、何て言うんだ!?」
「わたくしは───」
「シルヴィア嬢!」
そんな時、シルヴィアを呼ぶ声がした。
彼女を呼び止めたのは、ロータスであった。
「まだ、回廊に居たのですね
急遽、必要な資料があって──
これはルーベンス様、失礼致しました
お二方のお話の間に入ってしまって……」
カルロスに気が付いたロータスは、カルロスへ礼を向ける。その時、シルヴィアの指先が震えているのが彼の目に入った。
ロータスは、ニコリとカルロスへ笑みを向ける。
そんなロータスの事を、訝しげにカルロスは睨み付けた。
「お前は……?」
「自分は、ロータス・ダーレンと申します
レイモンド殿下の補佐をしている者であります
失礼ながらルーベンス様、お二方のお話は、急を要するお話しでしたでしょうか?」
「いや……」
「でしたら、非礼になってしまいますが、シルヴィア嬢を伴っても構いませんか?
レイモンド殿下から、そう命じられているのですよ」
王弟であるレイモンドの名前を出されたならば、カルロスでも異を唱える事はできなかった。
「殿下の命であれば……」
「そうですか、申し訳ございません
では、失礼ですが……
シルヴィア嬢、書庫室へ参りましょう」
ロータスはそう言うと、カルロスへ会釈し、シルヴィアが抱えていた書物を片手で持つ。そして、彼女の背を押しその場を離れた。
カルロスは、ロータスが伴いその場を離れていくシルヴィアの事を、彼女の姿が見えなくなるまで睨み付けていた。
カルロスから離れたシルヴィアとロータスが、書庫室へ向かう途中、彼女へロータスは声を掛ける。
「やはり、初めから僕も伴うべきでしたね」
ロータスの言葉に、シルヴィアは自分が不甲斐ないような気持ちになった。
「あの……、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「僕は何もしていませんよ?」
「あの……、殿下には今の事……」
「……シルヴィア嬢は、お伝えしないつもりなのですか?」
「ご心配を、おかけしてしまうかもしれませんから……
わたくしが、一人で大丈夫と言ったのにも関わらず……ロータス様に、助けていただく始末で……」
「そうですか……
シルヴィア嬢が言わないとされるのなら、僕から言う事ではありませんね
ただ……」
ロータスは、柔らかな笑みをシルヴィアへ向けると言葉を続けた。
「気持ちを切り替える為にも、この後の休憩時間には甘めの菓子を頼みましょうか」
「ロータス様……
ありがとうございます……」
ロータスの気遣いに、シルヴィアは先程まで構えていた気持ちが、少し軽くなっていく事がわかった。
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◇お知らせ◇
活動報告でも月曜日にお知らせ致しましたが、土日、それから祝日は更新をお休みさせて頂きます。平日の更新とさせて頂きます。
宜しくお願い致します。
なので、明日、明後日(17.18日)は更新お休みとなります。申し訳ありません…
ですが、ストック的に更新リズムが、もうはや崩れそうです。。。
執筆頑張りますね!
それにしても、カルロスは良くない性格ですね……
それにも理由があるのですが、それがわかるのはもう少し先であります。




