第1話 婚約破棄
初めましての方も、お久しぶりの方も、一ノ瀬葵と申します。
五作目となる、新しいお話を始めさせて頂きました!
設定の甘さが目についたり、キャラクターの好き嫌いもわかれるかとは思いますが、広いお心で読んで頂けると嬉しいです。
今作も、どうぞ宜しくお願い致します!
「お前との婚約は、今日この場で破棄するっ!!」
情勢も安定している豊かな国、ミルヴォア王国。
そのミルヴォア王国内に数多いる貴族の中でも、最高位に位置する公爵家の一つ、ルーベンス公爵家で催されていた夜会会場で、その声は響き渡った。
周囲を、夜会の出席者が囲む中心にいる人物は三人。
この夜会の、主催者ルーベンス公爵の嫡男であるカルロス。そのカルロスの婚約者で、ラウシュ侯爵家長女シルヴィア。そして、カルロスが抱き寄せている、シルヴィアの妹、リリアの三人である。
そんなリリアのドレスは、赤ワインの染みが広がっていた。
怒りを露にし、自分を睨み付けるカルロスを、シルヴィアは何も言わずに見据えていた───……
シルヴィアとカルロスの婚約は、家同士の繋がりを強固にする為の、云わば政略的なものであった。
初めて二人が出会ったのは、シルヴィアが3歳、カルロスが5歳の時である。
大人しい性格のシルヴィアであったが、幼さも手伝ってか、物語の中から出てきたような、金髪碧眼で整った容姿のカルロスに初めて会った時、「王子様みたい」と、思わず声に出してしまった。
カルロスも、銀糸のようなシルバーの髪色に、紫色の瞳を持つ物静かな目の前の少女を見て、神秘的な姿のように幼心にも感じていた。
そんな彼女が、自分の発した言葉に慌てている様子に、思わずカルロスは笑みを溢す。
二人は、顔合わせから数年は、穏やかな関係性を築いていた。
その関係性が少しずつ歪み、変わっていったのは、カルロスが8歳の時。彼が、初めてラウシュ侯爵家へ訪れた日からであった。
その日、カルロスは初めて、シルヴィアの異母妹と顔を合わせる。
シルヴィアの実母が亡くなった後、すぐ父親のラウシュ侯爵は後妻を娶った。シルヴィアが3歳の時に、その後妻との間にリリアが産まれる。
ラウシュ侯爵家次女のリリアは、母親譲りのフワリとしたブロンドに空色の瞳を持ち、目を引く可愛らしさで有名であった。
初めて会った幼いながらも愛らしいリリアに、カルロスの心は惹き付けられる。人懐っこい性格のリリアも、すぐカルロスを慕うようになった。
次第に距離を縮める二人の姿を、シルヴィアはいつも何も言わずに静かに見ていたのだった───
自分へ、怒りを露にした表情を向けるカルロスと、そんな彼に守られるように、抱き寄せられているリリア。そんな二人の姿を、シルヴィアはいつもと同じように静かに見ていた。
(こんな日が、いつか訪れるのだろうと思ってはいたけれど……
夜会の招待客の前で、このように晒すなんて、わたくしの事は何も考えてくださってはいなかったのね……)
そんな事を心の中でシルヴィアは呟いた。
怯えたような表情のリリアは、震える指先でカルロスの上衣の袖をキュッと握る。
その姿は、誰もが守ってあげたいと思わずにはいられないような、庇護欲をそそる姿であった。
「カルロス様……、私が悪いんです……
お姉様に、突然声を掛けてしまったから……
お姉様は、わざと私にワインをかけた訳ではないんです」
「リリア、もう大丈夫だ
こんな奴を庇わなくていい
こんな仕打ちをされてまで、あんな者を庇おうとするなんて、いじらしい
これ程までに優しいリリアに対して、この振る舞い
今まで、婚約者という立場もあったから黙って見逃していたが、俺はもう黙ってもいないし、お前とのこの関係性も今夜で終らす
シルヴィア、お前との婚約は、この場でなかったものとする」
シルヴィアは、今まで黙ってカルロスの言葉を聞いていたが、漸く口を開く。
「カルロス様のお怒りの訳を、お聞かせ頂けますか?」
「訳だと!?
俺が説明しないと、わからないのか!?
お前のような意地の悪い姉であっても、健気に慕い、気に掛ける心優しいリリアに対して、お前は何をした!?
わざとリリアのドレスが汚れるように、手にしていたワインをかけたんだぞ!?
それに、それだけじゃない
お前が着ているそのドレスに、装飾品!!
それは、お前に贈ったものではないっ!!」
シルヴィアが身に付けていたのは、水色のドレスに、サファイアの石がついた装飾品であった。
それは、カルロスからシルヴィアへ贈られたものだと、先日使用人から渡されたものであった。
「……そうですか
変であるなとは、思っておりました
カルロス様が、わたくしへ貴方様のお色の入ったものを贈られるとは、思ってはおりませんでしたが……
こちらは、わたくしの妹であるリリアへ、贈ったものであったのですね?
手違いで、わたくしが身に付けてしまい、大変ご不快であったでしょう
申し訳ありませんでした」
シルヴィアの言葉に、彼等を囲む夜会の出席者達がざわつく。
カルロスは、まるで自分が婚約者がいるにも関わらず、不義を働いたかのようにも取れる、そのシルヴィアの言葉に、彼の怒りは更に膨れ上がった。
「まるで、俺が悪いとも取れるような言い種であるな!
俺がリリアへ、ドレスを贈る事にしたのも、もとはと言えばお前の酷い振る舞いのせいではないか!
お前が、可愛らしいリリアに嫉妬し、リリアのドレスを奪い取ったと聞いた!
今夜の夜会へ、リリアも招待されている事を知りながら、リリアを虐めるような、そんな振る舞いは俺は許さない!」
シルヴィアは、捲し立てるように怒鳴るカイロスの事を見据える。
「わたくしは、そんな事はしておりません
何故、してもいない事で、カルロス様からこのように糾弾されなければならないのですか?
それに、わたくし達の婚約は、家同士を結ぶ為の婚約でもあります
その婚約を破棄する事を、カルロス様のお父上である、ルーベンス閣下は承諾されたのですか?」
自分の心の中の考え全てを、見透かせれているような、シルヴィアの言葉や視線にカルロスは、一瞬言葉を詰まらせた。
「……っ!
……その目!
貴様の、その可愛げのない冷たい目付きも、人を見下すような振る舞いも、以前から気に入らなかった!
今回の事がなくとも、俺は貴様と婚姻を結ぶつもりは到底ない!
我がルーベンス家とラウシュ家との関係を深めるのであるなら、その相手はお前でなくとも構わないのだからな!」
カルロスのその言葉に、シルヴィアは視線を逸らす事もなく、彼を見詰める。
「それが、カルロス様のご本心であるのですね?」
シルヴィアの的を射るような言葉に、カルロスは声を荒げた。
「……っ!!
どこまでも、可愛げのない奴だっ!
金輪際、俺の目の前に現れるなっ!!」
カルロスの言葉に、シルヴィアはドレスを摘まみ、彼へ淑女の礼を向ける。
「カルロス様のお言葉に、同意致します」
カルロスは、自分が突き付けた突然の婚約破棄を、シルヴィアが思ったよりも素直に、そしてすぐ受け入れた事に、拍子抜けした。
「やけに、素直に受け入れるんだな?」
「……わたくしが、ここで渋り、騒いだところで、カルロス様のお気持ちは変わらないのでしょう?
侯爵家の娘でしかないわたくしが、ルーベンス公爵家嫡男であるカルロス様のご決定には、逆らう事は出来ません
わたくしがこの場にいる事も、カルロス様にとってはご不快でしょうから、今日は退席させて頂きます
わたくし達の、婚約を破棄する為の必要な手続きについては、追ってご連絡くださいませ」
淡々とし、感情を伴わないようなシルヴィアの言葉に、カルロスは蔑むような視線を彼女へ向け、言い捨てるように言葉を発した。
「最後まで、可愛げのない女だ」
そんなカルロスの言葉を背に、シルヴィアは公爵家の大ホールを、夜会の出席者から嘲笑されながら後にする。
そんな彼女を、他の出席者とは違う視線を向けている者がいるとは、この時は彼女が気付く事はなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
◇作者の呟き◇
さて、五作目となる新作のスタートはいかがでしたでしょうか?
なろう様では、珍しくはない姉妹で片方は虐げられて、片方は愛されるお話です。
そして、がっつり、暗い話になります。
そして、主人公のシルヴィアの性格も暗いです…
前作で、あんなに性格作りを後悔したのにも関わらず、懲りることもなくこんなキャラクター設定で申し訳ありません。。。
明るく、笑える、読みやすいお話を求めている方は、かなり読みにくいものになるかもしれません。
それでも、私はハッピーエンドが大好きです!と、宣言しておきます。
今回のお話も伏線をかなり多くはっていく予定なので、どうなることやらであります。
そして、案の定ストックがあまりありません。
プロットは一応エンディングまで出来てはいますが…
更新ペースが乱れる事前提で、スタートさせてしまい申し訳ありません。。。
前作から、かなりの月日がたっているのに、なかなかお話が纏まらなかったのです(言い訳)
こんな、新作スタートですが宜しければお付き合い頂けるとありがたいです!
どうぞ宜しくお願い致します!!
*作者の覚書*
シルヴィア·ラウシュ
ラウシュ侯爵家長女。19歳。銀色の髪色に、紫色の瞳。
目鼻立ちが整っているが、見方によってはキツく見える。
母親を幼い頃に亡くしている。
リリア·ラウシュ
シルヴィアの3歳年下の異母妹。
金髪碧眼の愛らしい容貌をしている。
カルロス·ルーベンス
ルーベンス公爵家嫡男。
シルヴィアの2歳年上で、彼女が3歳の時からの婚約者。
金髪碧眼で整った容貌。
シルヴィアのへ、夜会で婚約破棄を言い渡す。