冒険者ギルドのお役所仕事 〜嵐龍襲来〜
ご無沙汰しております!
二ヶ月半振りの第七作目になります!
連載の『小心貴族と竜の姫』が完結し、沢山の感想にイチオシレビューまでくださった猫らてみるく様にリクエストを伺ったところ、この『冒険者ギルドのお役所仕事』の続編を希望していただきました!
……やっべー。
ネタだけ練ってすっかり忘れてたわー(汗)。
今回はこれまでのシリーズ六作の、名前の付いている登場人物が全て入っています。
未読の方は、この後にでもお読みいただけましたら幸いです。
リクエストのお陰で日の目を見た物語、どうぞお楽しみください!
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「コリグ、緊急です」
「は、はい!」
冒険者ギルドの受付職員コリグは、先輩プリムの声に身を強張らせた。
プリムはいつも冷静沈着。規律を重んじ、様々な事態を規則の中で解決する。
あらゆる法や規則に通じ、常に二手三手先を読んで動いている彼が緊急と言う事態である。
(きっととんでもない事が……!)
コリグの心構えは無駄にならなかった。
この場合は不幸にして、と言うべきだろう。
「嵐龍がこの街に向かっています」
龍。
竜種で千年を生き、莫大な力を得たものの呼称。
その力は龍の意思に関わらず周囲に多大な影響を及ぼす。
その中でも天候に影響し、嵐を起こすものを嵐龍と呼ぶ。
飛ぶだけで甚大な被害を招き、生きた災害とも呼ばれる。
「そ、そんな……!」
「至急この街の全冒険者をギルドに集めてください」
「わ、わかりました!」
取れる対策は二つ。戦うか、逃げるか。
これまでに嵐龍を撃退した例はいくつかある。
しかしそれは城塞都市が大型兵器で攻撃するなど、特殊な場合だ。
(でも、この街には第八階位のヘフティさんがいる! 第五階位だけど実力は第七階位相当のベリアドさんも今街にいる! 第五階位に上がったアーダントさんもいる!)
コリグは震えそうになる身体を抑えるために、必死に冒険者の頼もしい姿を思い浮かべる。
(それにあらゆる討伐事例を知り尽くしているプリム先輩がいる! きっと何とかなるはずだ!)
プリムへの絶対の信頼を頼りに、コリグは街へと駆け出した。
「ら、嵐龍ですってヘフティさん!」
「はっはっは! さすがに嵐龍の相手は初めてだ! アーダント! 緊張してるのは俺も一緒だぞ!」
「しっかし嵐龍か……。旨いのかねぇ……」
「食べる気ですかベリアドさん!」
「……なぁ、アーダント、ヘフティ、ベリアド……。今回ここで会った縁で保険に入らねぇか……?」
「スロピィさん!? 今それどころじゃ……」
「逆だろリブス! 嵐龍が来る今こそ保険の大事さを伝える好機なんだ! あと二十件切ったんだよぉ!」
「はっはっは! さすが保険勧誘の鬼スロピィだな! しかし俺はもう個人でもチームでも入っているからな! 他を当たってくれ!」
「アタシもいらないってのに一口入ったんだから、これ以上は勘弁しとくれ」
「うぅ……、誰かいないかー!? こんな状況でも入れる保険があるんだよぉー! あ! クレフト! ロブ! スティール! 今日こそ保険に入ってくれ!」
「勘弁してくれスロピィ! 俺はようやく資格停止が解けて、金がねぇんだよ!」
「オイラも!」
「……私もだ……!」
「だからこそだろ! 違約金の恐ろしさを考えたらだなぁ!」
多くの冒険者がギルドに集まり、思い思いに話をしている。
そのほとんどが嵐龍という想像もつかない大きな影に、不安と興奮を抱いていた。
「お待たせしました」
プリムがカウンターに現れ、頭を下げる。
さして大きい声ではなかったが、一斉に静まり返るギルド。
冒険者達は知っている。
プリムが考えもなく自分達を呼び集めるはずがない事を。
だからいやが上にも高まるのだ。
大きな仕事、その予感が。
「お知らせの通り、嵐龍がこの街に向かう進路を取っています。このままですと、三日後にこの街の上空に差しかかる事になります」
そうなれば街や近隣の村々にも大きな被害が出るだろう。
ギルド職員のプリムがそれを看過するはずがない。
「なので皆さんには」
誰かの唾を飲み込む音が、プリムの言葉を待つ静寂に響く。
「避難所の開設と住民の避難誘導をお願いします」
時が止まったような沈黙。
そして、
『はあああぁぁぁ!!??』
すさまじい声がギルドに響き渡った。
「……全く肩透かしにも程がありますよね。冒険者全員集めて、やる事が討伐じゃなくて避難だなんて……」
アーダントは避難所への荷物を運びながら不満をこぼすが、その顔には明らかな安堵の色が表れていた。
「まぁパショナちゃんも、避難所で一人よりアーダントが側にいた方が安心だろう! せっかく元気になったんだ! 不安で体調を崩させないようにな!」
「……はい」
妹パショナの病気を治すために求めた幻の薬草の種の件以来、何かと気にかけてくれるヘフティに、アーダントは兄のような敬意と親しさを感じていた。
第六階位に上がったらチームに加えてもらう約束が、アーダントの今の目標だ。
「全く、災害時一斉拠出なんてのがなければ、もっと高値でさばけたものを……。ま、売れ残るよりマシか……」
ぶつぶつ言いながら、部下に物品の納品場所の指示を出すチーエ商会の長ヤーゴ。
以前夢見草の専売を目論み、プリムに煮湯を飲まされている。
しかし損をさせられたわけではないので、不満を持ちつつもギルドとの関係を続けている。
「おー、ヘドマンのじーさん」
「おぉ、ベリアドさん! 避難所の物資を受け取りに来たんじゃが……」
「アタシがボッカ村の避難所担当だから荷物を運ぶぜ!」
「おぉ! 助かるのぉ」
「よっし、ボッカ村の分はこれだな!」
「……すごい食料じゃのう」
「半分はアタシのさ!」
「……」
ボッカ村の村長ヘドマンは、以前村の特産品のレモベリの実のスタンプボーによる食害を訴えたが、駆除の依頼には料金が足りなかった。
それを狩って食べるという形で解決したベリアドは、その胃袋に合わせた大荷物を抱えてにかっと笑う。
「……俺をラナ村に行かせるのは何かの嫌がらせなのか……? 前金報酬はありがたいけど、気まずいってもんじゃねぇぞ……」
「クレフト! なら俺が代わりに行ってやるからその前金で保険に入ろう! な!」
「行ってくる!」
薬鹿の角密猟事件でラナ村の農民を脅し、自身の罪を隠そうとした罰として無料奉仕させられていたクレフト。
しかし冒険者保険の負債を完済するべく、勧誘の鬼と化したスロピィの相手よりはマシだと駆け出して行った。
「避難所開設後は、皆さんもそれぞれの場所で避難していてください。くれぐれも危険な事はせず、身の安全を第一に。住民の方々とあなた方が無事でありさえすれば、何度でもやり直せるのですから」
プリムの言葉に、作業に当たっていた冒険者が苦笑を浮かべる。
そうだ。プリムはこういう男じゃないか。
規則を重んじ、規律を遵守し、冷静かつ合理的に物事を処理する。
博打や大勝負と最も縁遠い存在。
何を期待していたんだ。
これが冒険者を支え守るギルド職員、プリム・スクェアという男なんだ、と。
「それでは四日後の昼、全員無事で会いましょう」
『はい!!』
全員の明るい声が唱和した。
「避難報告書の提出は避難所撤収から七日以内となっていますので、避難した人数などは避難が完了した時点で記入しておいてください」
『……はい……』
全員の暗い声が唱和した。
三日後。
冒険者とギルドの職員は、取れるだけの対応を済ませ、避難所で嵐の訪れを待っていた。
「先輩……。嵐が来ませんね」
「嵐龍の進路が変わったのでしょうか。少し様子を見てきます」
「待ってください先輩! 一緒に行きます!」
プリムとコリグが外に出ると、嵐の気配はなく、穏やかな空。
空を見回す二人の目に、屋根の上で紫電をまとう影が映った。
「ライカさん!?」
『おぉ、プリム殿にコリグと言ったか。元気そうだな』
「なぜこちらに?」
雷を食い、自在に放つ雷角馬ライカが、屋根から軽く跳んで二人の前に降り立つ。
以前他国から討伐対象として追われたライカは、プリムの誘いで住民登録をした縁から親交があった。
『嵐龍がこっちに向かっていたので、奴から雷を食おうとここまで来たのだが、奴め、私に力を吸われるのが嫌と見えて西に進路を変えたのだ』
「え? じゃ、じゃあ嵐龍の危機は去ったんですね! やった! やりましたよプリム先輩!」
「コリグ、馬車の準備を」
飛び上がって喜ぶコリグに、プリムの声は変わらず冷静だ。
「西に進路を変えたという事は、ウエストーンの街に被害が出た可能性があります。ここで使わなかった物資をそちらに回します。私は冒険者の方に協力をお願いして来ますので」
「え? あ、はい!」
コリグに指示を出すと、プリムはライカに深々と頭を下げる。
「ライカさん、この度は街を守ってくださってありがとうございます」
『ん? 何か役に立ったのか』
「はい。大変助かりました。ですがこれから仕事がありますので、後日改めてお礼に伺います」
『ふむ、よくわからないが楽しみにしている』
そう言って住みかの山へと空を駆けていくライカを見送ると、プリムは避難所に戻る。
「皆さん、雷角馬ライカさんのお陰で、嵐龍の進路が西に逸れました」
『おおおぉぉぉーー!!』
避難所に響き渡る歓声。
それが落ち着くのを待って、プリムが続ける。
「そこでウエストーンの街に災害支援を行います。冒険者の皆様、運搬をお願いいたします」
「はぁー!?」
「嵐が来ないなら帰らせてくれよー!」
「ここは酒だろ! 打ち上げだろ!」
不満の声が響く中、プリムは眼鏡を押し上げる。
「災害対策として、皆さんは明日の昼までギルドの指示に従うという事で、前金で報酬をお支払いしております」
全員が一斉に沈黙する。
「皆さん、ご協力お願いいたしますね」
『……はい……』
丁寧な言葉とは裏腹の有無を言わせない眼鏡の輝きに、反抗できる者は一人もいなかった。
読了ありがとうございます!
何か最終回っぽいですが、まだまだネタはありますので続きます。
早期退職とか、転職とか、昇階審査とか……。
今回の件が縁でウエストーンのギルドから、プリムに憧れる女性職員がギルドに来る、なんて話も考えています。
ただオチが、オチが弱くて……。
オチが思い付きましたらこっそり投稿しますので、よろしくお願いいたします。