背中にキス ──ふれんず
自身の「あの一作企画」参加に際しまして、後書きを追加しました。
「おじゃましましたぁ!」
幼なじみの有希の家の広い廊下で少し大きめに声を張り上げる。
「早菜マジ面白かったよ。また来てよ」
「もちろん」
ちらりとリビングのドアの窓を見ると、先ほどの声でスマホから顔を上げた先輩と目が合った。
私は先輩に恋をしている高1の女の子。
その妹とはマブダチだが言えない。
知樹先輩に昔からずっと恋してたなんて。だから同じ高校にいったんだよなんて──。
ソファに座っていた先輩は大きな体を揺すりながら立ち上がり、リビングのドアをちょっとだけ開けて顔を出した。
「よー。早菜ちゃん来てたの?」
「すいません。駅で偶然久しぶりに有希ちゃんに会って。ごめんなさい。うるさかったですか?」
「そんなことないよ。でも大丈夫? 夜遅いんじゃない?」
たしかに。夜の20時30分。
昔はご近所のアパート暮らしだったこのご一家は、先輩が中学に上がる頃に大きな家を建ててお引っ越し。ウチなんかとは比べものにならないほど大きい。
学区は変わらなかったので、有希との付き合いは変わらなかった。
「そーだ。お兄ちゃん、送ってやってよ」
「え? ああ──」
「えー。いいよぉ」
「いーよね。お兄ぃ。ついでにアイス買ってきて」
「なんで俺が自分のバイク出してお前のアイス自費で買わなきゃぁならねーんだよ。いじめか?」
「あの。ホントに大丈夫で……」
うそ。大丈夫なんてうそです。有希ナイス。まさか先輩にバイクで送って貰えるなんてぇ~。しがみついてなきゃダメだよね。うん。役得だわ。萌シチュだわ。
「しゃーねー。どーせヒマだし。行くぞ早菜ちゃん」
「ああ、ありがとうございます! じゃーね、有希。またね」
「うん。気を付けてね」
先輩は下駄箱に置いてあったフルフェイスのヘルメットを片手でとる。
あ、そーだ。ヘルメット……。
浮かれてて気付かなかった。
先輩は車庫から大きなバイクを引き出して後部座席を布で拭き、自分の座る場所を開けると半キャップ型のピンク色のヘルメットを取り出し、渡してきた。
「ほい。彼女の」
あ。──やっぱりそうだよね。
先輩くらいのスペックの人に彼女がいないなんて。
8年の気持ちなんてあっさり。
先輩はバイクのエンジンをかけて私の方を振り返る。そして手を伸ばして顔を近づけてきた。
「ちっちぇ頭。つか彼女の頭が大きいのかなぁ?」
たしかにブカブカ。ヘルメットがズレて目が隠れるほど。その視界が急に良くなる。先輩がヘルメットを上げてくれたからだ。
先輩の顔が近い。あごひもやら、頭の後ろの調整バンドを調節してくれている。
真っ赤な顔をしていると、大きな手を額に当てて熱を測ってくれた。
「熱はねーみてーだけど。大丈夫?」
「あの。大丈夫ッス。多分暖かい家から寒い外に出たからだと思います」
「あ、そーか。じゃあいくか」
「はいです!」
先輩が私のメットをポンポンと二度叩いてツーリングスタート。私はコアラみたいに先輩の茶色い革ジャンに抱き付いてた。
「あの──っ! 先輩。今年最後のバスケットの試合、私見に行ったんです。気付いてましたよね? 先輩、大きな手を振り上げてVサイン送ってくださったの……分かってました」
あの時──。先輩と目があってた。
先輩のVサインとでっかい笑顔。大好きの思いが大きく膨らんだ瞬間だった。
絶対勝つと思ってた試合だったけど、敢えなく敗退。先輩たちが膝を抱えて泣いてる姿も遠くから見てたっけ。
先輩は赤信号でバイクを停めるとヘルメットを外して私の方を振り向いた。
「──ごめん。なんか言ってた? 全然聞こえなくて」
そりゃそうっスよね。バイクの加速音とタイヤが道路にこすれる音。声も風で流されちゃうもんね。
「……なんでもないっスよ~。気持ちいいんで歌歌ってただけっす」
「だろ? そーだ。ちょっとだけ遠回りして帰るか? 海の方」
「いっスね~」
先輩の口が大きく弓のように曲がる笑顔。そう。それが好き。その笑顔がフルフェイスの中に消えていく。
バイクは沿岸部へ向けて加速していく。
私は抱きつく力を強めてしがみついた。
この──。数枚の服だけなのに大きな壁だ。
先輩の肌がすぐそこにあるのに。
私は大きくため息をついた。
少しだけ夢を見る。私は先輩の彼女なんだって。
先輩は私のこと愛し過ぎちゃってて──。
そっと背中に好きとつぶやいて革ジャンにキスをして泣いた。
バイクの加速音が泣き声を隠してくれたので目いっぱい泣いた。
家についてバイクから降りヘルメットを脱ぐついでに涙をさり気なく拭いた。先輩にそれを渡して目いっぱいの笑顔を作る。
「先輩。今日はありがとうございました! 大学受験頑張って下さい!」
私は胸の前で小さくピースサインを構えると、先輩は微笑んで高らかにピースサインを掲げた。
弓のように曲げた大きな笑顔。
──あはっ。やっぱり好き。
笑って別れたが、悔しくて切なくて。
しかし笑顔を思い出して笑って泣いた。
バイクのエンジン音が止まる。早菜を送った兄が帰ってきたらしい。兄はそそくさと二階の自室にいこうとしたので、私はソファから起き上がって階段の中央にいる兄に声をかける。
「お兄ィ、アイスは?」
兄は振り向いたが、忘れてたって顔。やっぱり。でもなんか兄の背中に違和感があった。
「なんか革ジャンに水のシミみたいのあるよ? 雨降ってた?」
兄は、少しはにかみながら答えた。
「ばーか!」
「なによ!」
兄はそのまま階段を駆け上がって部屋の扉を閉める。
「なんなのよ、もう。変なお兄ちゃん……」
私はそのままリビングへと戻っていった。