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ダンスパーティと言ってもアンネワークの練習のためだから堅苦しいものではない。
ついでに言えば十歳にして王家に嫁ぐために必要なことは覚えているし、今では何故か王妃教育まで受けている。
「ヴィリお姉様」
「どうしました?」
「あのね、一人でパーティに参加したときってお友達とお話するのでしょう?」
「そうですね。女同士のお話も大切でございますから」
アンネワークは友人を作る前に婚約者が出来てしまい、王太子妃教育が始まった。
母親に連れられてのお茶会に参加することが無かったため同世代の友人というものが分からない。
「どんなお話をするの?」
「そうですわね。一人で参加をするということは婚約者や恋人がいないということですので、同じようにお一人で参加されている男性のお話でしょうか」
「一人で参加・・・なら今日はシモンお兄様のことをお話するの?」
「そうなりますが」
十歳のアンネワークに女性の生々しい恋愛事情などを赤裸々に話すのは忍びない。
貴族が結婚相手とは別に愛人を持ったりすることは当たり前と言われるくらいに暗黙の了解なのだが、そこまで話せない。
言葉に困ったヴィリシモーネは曖昧に微笑んだ。
「シモンお兄様はね、セロリが苦手なのよ」
「アンネワーク嬢!」
「なぁに? 本当のことでしょ」
「だからってヴィリシモーネ嬢に話さなくても良いだろう」
「あとは・・・」
「アンネワーク、こちらにいらっしゃい」
「なぁに? ジュリー姉様」
ジェラルディーンが引き離してくれて助かったとシモンは安堵の息を吐いた。
ダンスのパーティの練習といいながらも誰も踊っていない。
一応というのかジェラルディーンがアンネワークにダンスへの誘われ方や断り方を教えているが、本番で必要になるとは思えない。
シモンはこれがヴィリシモーネに告白するための場だと感づいた。
「シモン様」
「何でしょうか?」
「先日はお手紙ありがとうございます。とても嬉しかったです」
「そ、そうですか!」
「えぇ、それにわたくしもセロリは苦手ですのよ」
初々しく会話が弾んでいるのを見てジェラルディーンは上手くいくと判断した。
問題は間近で見ようとするアンネワークを押さえることだ。
名目のダンスパーティということでジェラルディーンはニーリアンに相手を頼んだ。
「ねぇニーリアン様」
「なんだい? アンネワーク嬢」
「シモンお兄様が膝をついているわ」
「そのようだね。まるで告白しているようだ」
「もう少し近くで見たいわ」
「それはだめだよ。ジュリーに怒られてしまう」
声が聞こえるが視界には入らない位置にまでアンネワークを連れて下がると、走り出してしまいそうになる肩を押さえてニーリアンは役目を全うした。
自分の意見を通そうとするアンネワークだが、さすがに王族に逆らうつもりはない。
それにニーリアンがだめだと言ったらフーリオンでも覆すことができない。
「ここで大人しくしていようね」
「はぁい」
アンネワークに甘いフーリオンはウォルトルと共に騎士団に入って訓練中だ。
通例では寮に入ってのことなのだが、アンネワークと婚約したばかりという特例で夜は一緒に居られる。
それでも夕食を共にしてお茶を飲むくらいなのだが、アンネワークの年齢では充分だ。
いつ用意したのかシモンはヴィリシモーネの指に合う指輪を嵌めて求婚する。
スカラッタ王国には指輪で求婚するという風習はないのだが、アンネワークが好きな芝居の一幕として何度となく話すため共通認識になってしまった。
指輪に入れる宝石の種類についてもシモンが悩みに悩みつくしたのだが、それは語らない方が幸せだ。
「僕と結婚してください」
「はいっ」
返事を貰ったシモンの手際は早く、すぐにアーベンシー公爵家へ婚約の申し入れの手紙を送った。
どこか有力貴族と縁戚になりたかったエドルドはソロカイテ公爵家からの申し出に一も二もなく飛びつく。
ヴィリシモーネとシモンがすでに恋仲であるとは思っていないエドルドは自分の手腕であると勘違いしていた。
公爵家同士の婚約に社交界はすぐに沸き立ち、二人を招こうと招待状が多数届けられた。
今まで婚約者候補となった令嬢たちはヴィリシモーネに同情の眼差しを送り、公爵家であり婚約者のいないシモンは優良株として狙っていた令嬢も多く嫉妬の眼差しが送られた。
公式な社交界ともなるとアンネワークは参加できないため、どんな状況だったか次の日に聞くしかない。
「ねぇジュリー姉様」
「なに?」
「どうだった?」
「どうもなにも仲睦まじい姿を見せつけてくれて胸やけしたわ」
「胸やけ?」
「お子様にはまだ分からないわよ。それよりもヴィリシモーネのドレスにワインをかけた令嬢がいたわ」
公爵令嬢であるヴィリシモーネに喧嘩を売る真似をする馬鹿な令嬢がいるとは思わなかったジェラルディーンは対応に遅れた。
シモンが友人たちと話す間に離れた隙を狙われ、薄い青のドレスに赤ワインがかかる。
白ワインだったらいいわけではないが、汚れたドレスでパーティに参加し続けることはできない。
「それで、それで」
「それで、シモンはヴィリシモーネを連れて開始二十分で帰ったってわけよ」
「なんだ、つまらない」
「ワインのかけあいをするなんてのは芝居の中だけよ。現実ではできないことを観て楽しむのが芝居でしょ」
「そうね」
この調子で芝居で観たからと再現しようとすればパーティはとんでもないことになる。
ジェラルディーンはアンネワークが社交界デビューしたときのことを考えて頭が痛くなった。
「まぁシモンを狙っていた令嬢たちは当てが外れて残念がってたけどね」
「残念?」
「ヴィリが汚れたドレスでは参加できないって帰るでしょ?」
「うんうん」
「そしたら一緒に来てたシモンが一人になる。二人が一緒にいたら声をかけられなくても一人なら声をかけられるでしょう?」
「うんうん」
「だけどシモンはヴィリを連れて帰ってしまった。シモンに声をかけられなくなって令嬢たちは残念ってことよ」
ジェラルディーンはアンネワークに説明はするが必要以上に子ども扱いはしない。
どうせ本で知識だけは知っていたりするのだから間違った常識を覚えるよりも手元で教えた方が有意義だ。
「ワインをかけた人はどうなったの?」
「シモンが怒って、今期の社交界の参加を自粛させたわ」
「しゅうどういんには行かないの?」
「あの程度で修道院に行ってたら今頃女性の半分は修道女よ」
自粛というのは禁止とは異なり、今回はソロカイテ公爵家およびアーベンシー公爵家が参加するパーティには参加するなというものだ。
あとは貴族の義務である王家主催のパーティは除外されるが、激しく制限されることは間違いない。
「それよりもマカロンはそれで最後にしときなさい」
「えー」
「料理長がローストビーフを焼くと言っていたわ」
「これで最後にするわ」
「夕飯のあとはお母様がドレスのデザインを考えたいからお茶をしましょうと言っていたわ」
「小母様の考えるドレス好きよ」
年の離れた姉妹のような仲の良さを見せる二人に周りの使用人たちは微笑ましく見ていた。
ジェラルディーンが第一王子の婚約者になってから家にいないことが多くなり実の妹たちとはここまで仲の良さを発揮することがない。
仲が悪いわけではないが、どうしても希薄なっている。
「ヴィリシモーネのことはシモンに任せておけば良いわ。くれぐれも邪魔しないように」
「邪魔なんてしないわ」
「どうだか。とにかくアンネワークはフーリオンのことを考えておきなさい。今度、新入隊員の模擬戦があるようだから」
「もぎせん! いつ! いつ!」
「来月よ」
「こうしちゃいられないわ」
「軍服を作るのはだめよ」
「どうして分かったの?」
「・・・模擬戦を見に行くためのドレスは今日の夜にお母様と一緒に考えればいいわ」
フーリオンが騎士団に入ると決まったときにお揃いの軍服を作ろうとして却下された経緯を持つ。
却下されたアンネワークは機会を虎視眈々と狙っていた。
それを食い止めるのもジェラルディーンの役目だ。