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シモンがきれいにまとめた髪を手で崩しながら嘆いた。
貴族としてはあり得ないが、そんなことを問題にする人はここにはいない。
「いったい僕の何がいけないんだ」
「そりゃ発言の全部でしょう。爵位が同じだから君を選んだなんて言えば、自分以外の令嬢の方が相応しいと思って身を引くわよ」
アンネワークからすれば十五歳上の男性なのだが、それをまったく感じさせない。
ジェラルディーンは、昔から押しの弱さとへたれ具合を見ているため今更というのが正直なところだ。
「お手紙を書けば?」
「手紙?」
「お姉様が言っていたのよ。愛を囁く手紙は宝石よりも輝くのですって」
「よし、それだ。便箋を用意しろ」
「ちょっと、勝手にうちの使用人に命令しないでよ」
どうせこのまま家に帰って文面を書けと言っても言葉が思い浮かばないとか色々嘆くのは目に見えている。
それならば一層のこと一緒に考える方が効率的だ。
ここで地雷を踏んでますます婚約しないとなる方が本当に面倒だ。
いざとなれば王族の命令ということもできるが、できることなら当人たちが望んで結婚したということにしたい。
「“愛しのヴィリシモーネ”」
「待ちなさい。それはただの変態よ。婚約者でもない男から愛しのと言われて、ヴィリシモーネが頬を染めるとでも?」
「頬を白くしそうだな」
「殿下まで」
「まずは普通に“ヴィリシモーネ嬢”と書きなさい」
大人しく言うことを聞いているシモンは何がなんでもヴィリシモーネと結婚をしたい。
シモンがヴィリシモーネを見たのは、ヴィリシモーネの社交界デビューのときだ。
歓迎の意味を込めて年上の男性たちがダンスに誘い踊るのだが、他の令嬢に遠慮してヴィリシモーネは壁に控えていた。
貴族令嬢としてはあまり褒められたことではないのかもしれないが、それがシモンには好ましく見えた。
ダンスに誘うと完璧なステップに幅広い知識とシモンにとっては至高の令嬢となった。
それから下の令嬢たちがデビューすると、さり気なくフォローしたりと一歩引いた。
まず自分が目立つか相手を蹴落とすかと二択の中、ヴィリシモーネは珍しいとも言える。
「それから?」
「そうね。まず、貴方は何て書きたいのか言ってみなさい?」
「“その眩いばかりの黒髪に、輝く星のごとく煌めく銀の瞳に、願わくばこの僕を映して欲しい”」
「ヴィリお姉様の髪は金色だし、瞳も緑色よ。誰のことを言っているの?」
「シモンがずれたことを言っているのは今に始まったことではないわ」
この年になるまで婚約者がいないのは愛の言葉の囁き方がずれているからだ。
どうしようもないくらいに壊滅的でセンスがなく、もはやセンスという言葉では説明できない。
「まずは天気の話を書きなさいね」
「えっと“君に会えない間、僕の心には雨が降っている。どうかその暖かな笑顔で晴れにしてもらえないだろうか”」
「誰が詩を作れっていったのよ。普通に“本日はお日柄もよく”とでも無難にしなさい」
「それではヴィリシモーネに愛を囁く有象無象どもと変わらないじゃないか」
拗らせに拗らせた初恋は収拾のつかないものへと変貌を遂げていた。
これなら普通の言葉では社交辞令と考えるヴィリシモーネには丁度いいのかもしれないと思い始めた。
たった数行の挨拶文だけで疲れたとも言う。
「もういいわ。好きに書きなさい。好きに、あとはこっちでどうにかするわ」
「どうにかって、これでヴィリシモーネと結婚できなかったらどう責任を取ってくれるんだ!」
「女の一人くらい真面に口説き落としなさいよ。甲斐性なしはどっちよ」
シモンが熱心に書いた手紙は二十枚にもなり、ちょっとした物語にもなったが他の男たちとの差別化はできた。
それを届けるという段階になってシモンは怖気づいてしまう。
その意気地の無さに堪忍袋の緒が切れたジェラルディーンによって手紙の配達人はアンネワークになってしまった。
当然のごとくフーリオンも一緒だ。
よっぽど親しい友人同士でのやり取りなら別だが、たいていは当主による検閲がある。
だが、今回は王族が手渡しをするということで、あのずれた力作は必ずヴィリシモーネの手に渡る。
明日に届けると約束をしてアンネワークは家に帰った。
手紙自身はフーリオンが預かり、厳重に保管することになった。
あれを他の貴族に万が一にでも見られればソロカイテ公爵家の恥だ。
「まったく、アンネワークがお膳立てしてくれたのに、どうしてこうも見事にできないのよ」
「僕だって失敗したくてしてるわけじゃない」
「そうよ。そうでしょうよ。もしわざとだったら王妃様直々に鉄槌をくだしてくださるわ」
いくら顔見知りでも婚約者でもない男と二人きりというのは外聞が悪い。
だが、それを見逃しているのはジェラルディーンが政略結婚でもニーリアンをきちんと愛しているということと、シモンが昔からヴィリシモーネにしか目を向けていないということだ。
国としてもアーベンシー公爵家を押さえるためにソロカイテ公爵家と婚姻を結んで欲しい。
「アンネワークは貴方がヴィリシモーネに恋をしているのを知らないで、貴方に薦めたんだから、貴方は選ばれたことに感謝しなさいよ」
「分かっているさ」
「本当に分かっているのかしら。不安だわ」
シモンが書いた愛を伝えるための手紙は無事、アンネワークによって届けられた。
約束もなしの訪問だったが、そこはフーリオンがいたことで問題なく通された。
問題はフーリオンが来たことでヴィリシモーネが第一側妃に選ばれたと早合点したことだ。
交友のない伯爵令嬢を入れるなどエドルドが許さないが、その同伴がフーリオンであったことで、手のひらを反すように歓迎した。
このまま晩餐も共にと申し出たが、そこはアンネワークを遅くならない内に送り届けるという理由で断った。
「これ、お手紙なのよ。シモンお兄様からヴィリお姉様への」
「ありがとうございます」
応接室で会うことになり詳しく状況を知りたいエドルドはその手紙を代わりに受け取ろうと手を伸ばす。
アンネワークはヴィリシモーネに直接渡すようにとジェラルディーンから厳命されているため困惑した。
何か言いたげにエドルドを見るが伯爵令嬢が公爵家当主に話しかけることは不敬となるためアンネワークはフーリオンに助けを求める。
爵位が上でも気にせずに話しかけているように見えてアンネワークはきちんと人を選んでいる。
「何か? 娘宛の手紙を父親である私が中を検めても問題ない。そんなことも分からんのか」
「アンネは、ジェラルディーン嬢からの厳命を守っているだけだ。それにこの手紙はヴィリシモーネ嬢に直接渡すようにと私からも願い出ている。それこそ何か問題でも?」
「いえいえ、そのようなことは、ただ娘はいずれは王家に嫁ぐ身、あまり醜聞となることは避けたいという親心ですよ」
「王家に? そのような話は聞いていないが、まぁ手紙を直接ヴィリシモーネ嬢に渡すことは問題ないな」
「はい、問題ございません。殿下」
「それと、席を外してもらえるか? あと手紙の内容は知ってはならないと王妃からの命令だ」
「・・・かしこまりました」
手紙の大まかな内容はジェラルディーンから王妃に伝わっている。
それを知って王妃はエドルドへの命令を発布した。
あれを読んでエドルドがどんな態度になるか予想できないからだ。
ただの恋文だと思わせておけば丸く収まる。
「まぁ」
「このお手紙、シモンお兄様はすっごくすっごく頑張って書いたのよ」
「えぇ、すごく分かりますよ」
「分かるの? ヴィリお姉様」
「黒曜石のような瞳ですって」
「お姉様の瞳は緑色なのに」
ヴィリシモーネの色には似ても似つかないが、受け取った本人は自分のことを褒めてもらっていると思えるようだ。
シモンの過去の婚約者候補たちは、自分の髪の色とも瞳の色とも違う色で褒めそやされることを他人と勘違いしていると思って婚約とまではいかなかった。
アンネワークが心配する必要もなく、シモンの褒め言葉はヴィリシモーネに勘違いされずに伝わる。
「ねぇ、フーリョオン様」
「どうした? アンネ」
「あのね、どうしてヴィリお姉様はあの手紙が自分のことだって分かるの?」
「愛の力だ。アンネも俺が、アメジストを思わせる瞳に恋をした、と言ったら分かるだろう?」
「分かるわ。もちろんよ」
十歳のアンネワークにも分かるように言葉を選んだフーリオンだが、実際は愛の力でも何でもなく感性が似通っていたということだ。
アンネワークの瞳は紫色でも赤みがかった色でもなくどちらかというと深い青色だ。
「ねぇヴィリお姉様」
「何かしら?」
「あのね、今度お城でダンスパーティのレッスンがあるの。お姉様も参加して欲しいの」
「補足させてもらうと、アンネがまだ社交界にデビューしていないし、できる年齢でもない。だが、私の婚約者だと紹介する以上は時間をかけていられない。だからパーティそのものを練習することにしたんだ」
「そういうことでしたら喜んでお手伝いさせていただきます」
今でも伯爵家ということでアンネワークを認めていない貴族は多い。
少しでも付け入る隙を与えたくないというフーリオンの思いとすでにマナーなどの座学は完璧に覚えているアンネワークの思いが一致した結果だ。
アンネワークとしては好きなフーリオンといられるなら何でもいいというのもある。