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今、巷では婚約破棄は流行っていません  作者: 都森 のぉ
世話焼き令嬢のその後
7/13

3

 同じ公爵家でもここまで違うのかと思うような品の良い庭に案内をされてヴィリシモーネは気後れした。

親愛の印である髪飾りをつけているが、これはしっかりと確認をすると王家の紋章が小さく彫られている。

絶対にヴィリシモーネがつけていて良い品ではない。


「ようこそ、ヴィリシモーネ」


「お招きありがとうございます。ジェラルディーン様」


「そう固くならないで、今日は仲良くできたらと思っているのだから、ねぇアンネワーク」


「はい!」


 クッションで嵩増しをした大人用の椅子に座っているアンネワークは元気よく返事をした。

いったい何が目的のお茶会なのか分からずヴィリシモーネは困惑した。


「さぁ座って」


「ありがとうございます」


「お姉様、お姉様」


「えっ、わたし?」


「そうよ。お茶会のときお菓子とってくれてありがとう」


 アンネワークはそれだけを言うと満足したようにお茶を飲む。

呆気にとられているヴィリシモーネにジェラルディーンは苦笑しながら補足した。


「アンネワークが御礼が言いたいって騒いだのだけど」


「騒いでないわ」


「だけどデビューもしてないアンネワークが親族でもない公爵家に手紙を書くことはできないからわたくしが仲介することにしたの」


「騒いでないったら」


「あら城でフーリオン殿下を困らせたのは誰?」


 御礼が言いたいから手紙を書くと言ってフーリオンに強請ったが、さすがに王家の名で出すことはできない。

今でも婚約者として正式に決まってはいるが、少しでも問題ありと見做せば解消という運びになる。

アンネワークの爵位が伯爵令嬢ということもあるが、年齢が十歳というところも大きな要因だ。

これが貴族同士の生まれたときからの約束というなら良いが王家という立場上問題がある令嬢を迎え入れることはできない。


「ジュリー姉様のいじわる」


「いじわるで言っているのではないのよ。怖い小父様たちに小言を言われてしまってもいいの?」


「良くないの」


「ほらアンネワークの好きないちごのマカロンよ」


 アンネワークがお菓子に気を取られている間にジェラルディーンはヴィリシモーネに向き合う。

十歳の令嬢を婚約者とする以上は協力者は必要だ。

しかもアンネワークの家のワフダスマは可もなく不可もない家柄のため力のある家の派閥に入っていない。

今のところジェラルディーンの実家がアンネワークを認める発言をしていることから妨害などはないが、時間の問題でもあった。


「アンネワークは将来、王家にとって至宝になるわ」


「至宝、でございますか?」


「えぇ。だって信じられる? この年で目ぼしい貴族の名前と各領地の特産品を全て覚えているのよ」


「すべて・・・」


「そう。本当に文字通りに全てよ。しかも一度覚えたことは忘れないの。王家としては何としても手に入れたい。そのためには、あの子の後見人が必要なの。それもいればいるだけ良いの」


 ワフダスマ伯爵家ではアンネワークの能力を重要視どころか気づいてもいなかった。

ただただ芝居好きの本好きの子どもとして扱われており、どれだけ稀有な存在か分かってもいない。

記憶力が遺伝ではないとしても当人の使い道はいくらでもある。


「それに今のままだと潰されてしまうわ。あの子が涙に濡れる様は見たくないのよ。協力してくれるかしら?」


「ジェラルディーン様の仰せのままに」


「差し当たっての障害はーー申し訳ないけど貴女の父親ね。少し声を落としていただかなくてはいけないわ」


 まだ婚約者として発表されてから数日しか経っていないにも関わらず、ヴィリシモーネの父親であるエドルドがアンネワークが婚約者となったことに異議を唱えていると噂になっていた。

それだけ声高に言っていれば王家の耳にも入るし、伯爵令嬢が婚約者となったことが面白くない連中に旗印として担ぎ上げられてしまう。

いくら公爵家の中で遠巻きにされているとしても公爵家が言うならと他も出てきてしまうかもしれない。

それだけは今の段階では避けたかった。


「それでこの後だけど芝居を観に行こうと思うのよ」


「芝居ですか?」


「えぇ意気投合した令嬢たちが芝居見物、それに合わせたい人もいるのよ」


「合わせたい人」


「先に言っておくけど、ソロカイテ公爵の息子よ」


 公爵家の中でも一、二を争う資産家で多くの令嬢が夫にしたいと望んでもいる。

エドルドは何とか縁を作ろうとするが上手くいかず歯痒い思いをしている相手の一人であった。

そんな相手と気軽に会おうというのだからヴィリシモーネは卒倒しそうだった。


「そろそろ出発しましょうか。あまり遅いとアンネワークが寝てしまうわ」


「は、はい」


「アンネワーク、お芝居を観に行くわよ」


「はい!」


 ジェラルディーンの名前で帰りが遅くなることはアーベンシー家に伝えられている。

このことはエドルドが予想している第一側妃への道が盤石なものになったと勘違いさせることとなった。


 王都で一番大きな劇場の裏門に着くと事前に知らされていた支配人と身なりのいい青年が出迎えた。

顔見知りのアンネワークは馬車を降りると一目散に駆け寄る。


「支配人、今日はお招きありがとう」


「何をおっしゃいますやら、一番のお得意様の御令嬢をお招きせずに誰をお招きすればいいのか、わたくしめには見当もつきませんよ」


「お上手ね」


 アンネワークは支配人にエスコートされて劇場に入る。

残った青年がジェラルディーンとヴィリシモーネを促す。


「今日は急に申し訳なかったわね、ソロカイテ卿」


「それは父への呼びかけ、今日はシモンとお呼びください」


「紹介するわ、ヴィリシモーネ。彼はシモン・ソロカイテ」


「お見知り置きを、レディ」


「こちらはヴィリシモーネ・アーベンシー。今夜のエスコートをお願いするわ」


「ジェラルディーン様っ」


「言ったでしょう。貴女の御父上を黙らせるって。そのためには王家に匹敵するほどの婚約者が必要よ」


 ここに来てジェラルディーンの目論見が分かり、ヴィリシモーネは踵を返そうとした。

しかし腕を掴まれて叶わない。


「もちろん貴女の意思を尊重するわ。だから彼が気に入らなければ断ってもらっても構わない。だけど、次の婚約者候補を見つけるだけだわ」


「確かにわたくしは公爵家ではありますが、ソロカイテ公爵家とは格が違いすぎます」


「だからよ。王家と比較して価値があると思えば貴女のお父様は乗り換えるでしょう? それに夫となる相手は貴女のお父様に物申せる人じゃないと困るわ」


「ですが、お手を煩わせるわけには」


「今回の顔合わせを願ったのは、わたくしではないのよ。わたくしとしてはラドロイド公爵家を考えていたのだけど、どうしてもという声があったのよ」


 第一王子殿下の婚約者ではあるが、全ての公爵家に言うことを聞かせられるわけではない。

婚約者ではあるが、まだ公爵令嬢という身分が優先される。


「ソロカイテ公爵家に貴女を妻にすればいいと打診したのはアンネワークなのよ」


「アンネワーク様が? なぜでしょうか?」


「とても・・・とても心優しいお姉様が父親に虐げられている。王子様が助けるべきだと・・・力説したのですよ。ヴィリシモーネ嬢は婚約者試験に合格もされているし、公爵令嬢だ。婚姻を結ぶにあたって何の障害もない」


 この婚約者選びは決まるまで続くだろうし、ジェラルディーンは気に入るまで候補を差し出すというが、そう何人もいるとは思えない。

ヴィリシモーネが格が違うと言い切るほどソロカイテ公爵家は格上だ。

そんな家から婚約の話があれば俗物の父親は飛びつくことは目に見えている。


「少し、考えさせていただけませんか?」


「そうね。急な話だもの。今日は芝居でも観てゆっくり考えてちょうだい」


 未婚の女性が婚約者でもない男性と連れ立って歩けば奇異な目で見られるのに誰も気にしない。

今日は支配人の計らいで口の堅い人だけを招いた公演になっていた。

ついでに言えば、婚約者のいるアンネワークが支配人にエスコートされているのだから本当なら社交界の噂になってもおかしくない。


「では、お手を」


「よろしく、お願いします」


「そう緊張なさらずに、アンネワーク嬢のように楽しむといいですよ」


「それは・・・」


 視線を向けるとアンネワークは年配の婦人たちの集団に交じって楽しそうに会話をしている。

おそらく自分の母親よりも年上が相手でも堂々としている様は第二王子の婚約者となるに相応しいと思わせる。

その度胸がヴィリシモーネには無かった。


「個人的にはヴィリシモーネ嬢のことを好ましいと思っていたのですよ」


「えっ?」


「あのお茶会の日、私は騎士団にいましたから遠巻きに護衛をしておりました。だから命令されて嫌々ということはないのです。むしろそれをこれ幸いと利用させていただきました」


「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、やはりわたくしでは分不相応だと思います」


「ゆっくり、考えてみてください。返事は急ぎません」


 芝居の幕が上がるとシモンは幅広い知識でヴィリシモーネを楽しませた。

会話が続かないということもなく、はたから見ると恋人同士のように見える。

彼らの後ろからアンネワークとジェラルディーンが嬉しそうに顔を寄せ合う。


「ジュリー姉様、シモンお兄様が楽しそうよ」


「本当ね。どんな令嬢が話しかけても堅物な反応しかみせないのに、人って変わるものね」


「シモンお兄様ったらヴィリお姉様のことが好きなのね」


「それなのに都合がいいみたいな言い方をするから・・・ヴィリシモーネみたいなタイプは直球で言わないと分からないのよ」


 案の定ヴィリシモーネはシモンの言葉を勘違いし、婚約を断る手紙を書いた。

ジェラルディーンは次の婚約者候補を用意すると言ったが、実際はいない。

そう都合よくエドルドを抑え込めるだけの家格で年齢の釣り合う婚約者など用意できない。


 手紙を読んであからさまに落ち込んでいるシモンをアンネワークは慰めた。

弟にするように頭を優しく撫でている。

ジェラルディーンの家で開かれたお茶会でアンネワークに付き添ってフーリオンもいる。



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